優しい小鳥の囀りが耳に届く。 でも、ここには小鳥なんていないはずなのに。 それが、今朝、一番最初の思考だった。それに導かれるように、意識が現実へと向けられる。 そうすれば、耳に届いていたのは小鳥の声ではなく、幼なじみが奏でる古い楽器の音色なのだ、と認識できた。 以前、自分が『聞いてみたい』と言っていたのを覚えて、楽器そのものを探し出してくれたのだ。その音色が気に入った、と伝えた瞬間、他の幼なじみ達を巻き込んで目覚ましがわりにもなるこれを作ってくれた。 しかし、と思いながらキラはゆっくりと体を起こす。そして裸足のままの爪先をフローリングへと下ろす。 これをもらった日から今日まで、一度も同じ曲がかかっているのを聞いたことがない。それだけ豊富なレパートリーを彼が持っていると言うことだろう。しかし、それを録音するだけでもかなりの時間がかかったのではないだろうか。そう考えれば、申し訳ない。 そう心の中で呟きながら、キラはゆっくりと立ち上がった。 その瞬間、彼の視界の中に、きちんとたたまれた着替えが飛び込んでくる。これがある、と言うことは、既に彼は出かけたと言うことだろう。 その事実に、少しだけほっとしている自分がいることに、キラは気付いていた。 彼が嫌いなのではない。 むしろ、大好きだ。 でも、今日は彼にいて欲しくない――少なくとも、目的を達するまでは――と考えている。それを彼もわかっているから、自分を起こさずに出かけたのではないか。 ゆっくりと歩きながら、キラはそんなことを考える。 そのまま寝室のドアを開けた。 次の瞬間、圧倒的な光がキラの体を包み込む。 中庭に面したその部屋は、壁の一面と天井の一部が透明な素材でリビングに外からの光をそのまま通しているのだ。 その光に、キラは一瞬、目を細める。 真っ白に染められた室内が、とてもまぶしく感じられたのだ。 しかし、すぐにそれにもなれる。 ゆっくりと目を開けば、テーブルの上に、きちんと用意された朝食が確認できた。それも彼が用意してくれた物だろう。 本当に過保護なんだから、とキラは心の中で呟く。 自分だって、彼ほどではなくても簡単な料理ぐらいは出来る。もっとも、それをする気になるかというとまた別問題なのだが。それがわかっているから、彼はこうして用意しておいてくれたのだろうか。 やっぱり過保護だ。 小さなため息とともにキラはまたそう考える。 それでも、食べないと怒られるだろうな。 この事もわかっている。以前、同じように用意していてくれた食事に手をつけなかったときは、一時間近く小言を言われたのだ。 別に、一回や二回、食事を抜いても倒れることはないのに。 それでも、小さなため息をつく。食べないと余計に心配をかけてしまう。だから、と椅子に手を伸ばした。 その時だ。 テーブルの端に、ひっそりと置かれているものに気づいたのは。 それが何であるのか、中を確認しなくてもわかる。 おそらく、バイオリン。それも、彼が忙しい時間をぬってこつこつと作り上げたものだ。それも、キラ、一人のために。 どうして彼がそんなことをするのか。 その理由もキラにはわかっている。 彼のその気持ちが嬉しい。そして、このバイオリンは彼のそんな気持ちのままの音を奏でてくれる、と言うこともわかっていた。 でも、と少しだけ哀しげな表情を作る。 それではダメなのだ。 自分が欲しいのは、そんな風に優しい音を奏でてくれるバイオリンではない。 あの日、自分の手元に来るはずだったもの。 触れるどころか、目にする前に失われてしまったそれだ。 だって、あれは自分何かのために命を散らしてしまった両親が、自分のために選んでくれたものだから。 それが帰ってこないと言うことは、彼等が自分を許してくれていない、と言うことではないか。 だから、そんなに無理をしないで……アスラン。 そう告げたくても、自分の声は彼の鼓膜を振るわせることはない。 誰もが『しかたがないよ』と言ってくれるその事実。しかし、それがとても哀しいと思える。 ごめんね、とキラは誰にも届かない謝罪を、唇の動きだけで綴った。 |