まさか、ここにザフトが侵入してくると考えていなかったからだろうか。 それとも、肝心の防衛システムが作動しなかったからか。 あるいは、この地にいたコーディネイター達がザフトに協力をしたからかもしれない。 さほど時を重ねることなく、地球軍はあっさりと白旗を揚げた。それは被害が最低限に抑えられたと言うことと同意語であろう。その事実に、ミゲル達は安堵のため息を漏らしている。 「大丈夫だな?」 「こちらだ」 そして、一般の兵士達は工場らしき建物から次々と同胞達を助け出していく。そんな彼らに付けられた枷は情報通り効力を失っていた。 「……誰の仕業かは知らないが……たいした奴だ」 生命維持関係のシステムには何の支障ももたらさず、彼らの監視システムと防衛システムだけを無力化したなんて……と呟くイザークの声がアスランの耳にも届く。だが、彼の意識はそれよりも助け出された同胞達の方へと向けられていた。 その中に《キラ》がいないかを確認していたのだ。 だが、いくら目をこらしてもその中に記憶の中にある面影を持った者はいない。 「……これで全員なのか?」 微かないらだちと共にアスランは思わずこう口にしてしまった。 「いや……個人の所に預けられている者が、少数だがいるらしい……」 そいつらの一部は、ここにはいない……と言う話だ、とミゲルが言葉を返してくる。その口調には心配がにじみ出ていた。それは《キラ》が今、どのような目に遭っているのかわからないからだろう。 「そっちも……すぐに保護をしなければいけないってことか」 それも、かなり迅速に……とディアッカが口を挟んでくる。 「ですね」 彼らを手元に置いているナチュラルが今回のことの腹いせに何をするかわからない、とニコルも眉をひそめている。 そんな彼らの会話を耳にしているうちに、アスランの中で不安が増幅していった。 許されるなら、今すぐ自分でキラを探しに行きたい、とまで思う。 だが、自分たちの立場であれば、そんな勝手は許されないこともわかっていた。 その事実が歯がゆくてならない。 アスランは無意識のうちに唇をかみしめていた。 「……アスラン……」 そんな彼の様子に気がついたのだろうか。ニコルが気遣うように声をかけてくる。 「……わかっている……」 まずは与えられた任務をこなさなければならない。個人的なことはその後だ、と言うことは……とアスランは言い返した。だが、感情が『今すぐキラを探しに行きたい』と訴えているのだ。それを押し殺すのは訓練を受け、エリートと呼ばれているアスランでもかなり辛いものがある。 その時だった。 「皆、ご苦労だったな」 言葉と共にクルーゼが姿を見せる。 いや、彼だけではない。 その後ろから地球軍の制服を身にまとった男が彼らの前に現れた。その事実に、誰もがとっさに銃口を彼に向ける。 「まぁ、正しい反応だな」 きちんと訓練されているじゃないか……とその相手が笑う。と言うことは、彼が《地球軍》に《潜入》していた相手、なのだろうか。 だが、それ以上に彼の声はアスランを驚愕させた。慌てて視線を向ければ、そこにいたのは確かに記憶の中にいた存在だった。 「……ムウ……さん?」 まさか、と思いながら、アスランは彼に呼びかける。 「覚えていたか、アスラン・ザラ」 丁度良かったぜ、と彼は笑いを返してきた。探す手間が省けた、とも。その言葉の意味がアスランにはわかりかねる。だが、ミゲルから聞いたあれこれと目の前の相手の存在からすぐにある可能性に行き着いてしまった。 「……まさかと思いますが、キラを手元に置いていた相手、というのは……」 自分の誤解であって欲しい……とアスランは願う。だが、その願いはあっさりと打ち砕かれた。 「もちろん、俺だ」 この言葉を耳にした瞬間、アスランの中で一気に怒りが膨れあがる。同時に、思わず彼に殴りかかっていた。 「貴方は!」 どうしてなのか、と言われても困る。 ただ、信頼していた相手に裏切られてしまった……という思いがアスランの内にあったのは言うまでもないだろう。 彼が心の奥でそんなことを考えていたなんて、あの頃の自分はもちろん、キラだって微塵も考えたことがなかったのだ。そして、彼はずっと自分たちの信頼に応えてくれるだろう、とアスランは信じていた。 それを踏みにじられて、冷静でいろと言う方が無理ではないだろうか。 「おいおい」 もっとも、素直に殴られてくれるフラガではない。あっさりと避けると、そのままアスランの腕を掴んだ。 「相変わらず、キラのこととなると我を忘れる奴だな」 そう言うところが気に入っているのだが……とフラガは笑う。 「考えても見ろ。キラはあの年齢だし、男だが可愛い部類だ。俺が手元に置いていなければ、そこいらのヒヒジジィがあいつをそう言う対象として手元に置いていたぞ?」 自分とそんな相手とどちらがマシだ……と聞かれてしまえば、前者だと答えるしかないだろう。 しかし、ともアスランは思う。 「だからといって……何も知らないキラに手を出すことはないでしょうが!」 別れた頃のキラは、その手のことに疎いとしか言いようがない存在だった。自分がわざとその手の話題から遠ざけていた、と言うのも事実。でなければ、あの頃から芽生えつつあった劣情を抑えきれなかったのだ。 そんなアスランの内心を読んだのだろうか。 「それに関しては否定できないが……」 本人が嫌がっていないかったのだからかまわないだろう、とフラガはわざとらしい笑いを浮かべる。 「それは!」 キラがフラガに対する《好意》を完全に捨てきれなかったからだろう。 あるいは、全てを諦めていたのか。 パニックに陥って、状況を判断できなかったのかもしれない、とアスランは思う。キラは昔から、そう言った突発事項に弱かったのだ。 「それに……そう言う状況だからこそ、あいつを支えてやれたんだよな、俺が」 不意にまじめな口調を作るとフラガはこう告げる。それは、間違いなく真実なのだろうが……それが理解できても、アスランの中でわだかまっているものが消えるわけではない。 「……キラが、本当に変わっていないと言うんですか……」 「まぁ、それに関しては自分で確認するんだな。あいつは、今、俺の執務室に隔離してある。ロックをしてきたから、誰も入れないはずだ」 自分はこいつと打ち合わせがある……とフラガはクルーゼを指さす。それは、間違いなく事後処理に関してのことだろう。 「……ですが……」 そう言われても、とアスランは思う。 自分もそれに参加しないわけにはいかないのではないか……と。 「かまわない。行ってくるがいい。どうやら、今回の立役者はその《キラ・ヤマト》のようだからね。我々としてもぜひ保護したい人物だな」 だから、顔見知りのアスランが行って保護してこい、とクルーゼはアスランに命じる。 「これが、キラの居場所とパスだ」 同時に、フラガがアスランの襟元に紙切れを差し込んできた。どうやら最初から用意をしていたらしい。 「礼は……言いませんからね」 今は……とアスランは付け加える。いずれ、全てを感謝する日が来るのかもしれないが、今は無理だ、と。 「わかってるさ……まぁ、がんばるんだな。あいつの性格はよ〜〜く覚えているだろう?」 相変わらず頑固だぞ、と口にしながらフラガはアスランを掴んでいる指の力を抜く。 次の瞬間、アスランは周囲を顧みることなく駆け出していた。 いきなりドアのロックが解除される。 「……少佐?」 キラが言葉と共に視線を向ければ、地球軍のものではないパイロットスーツに身を包んだ人物が立っているのがわかった。だが、相手の意図がわからない。とっさにキラは腰を浮かしかける。 「キラ……」 そんなキラの耳に、聞き覚えがある声が届いた。 記憶の中にあるものよりも落ち着いた響きがある。だが、間違いなくそれは、自分が名前を呼んで欲しいと思っていた相手のものだ。 「……アスラン?」 だが、どうしても信じられない。 自分が覚えている彼は、決して軍になんか入る相手ではないと思っていたのだ。 「キラ……よかった。無事だったんだね」 しかし、こう言いながら彼が浮かべた笑顔は、自分が覚えている《アスラン》のものだ。 「僕は……ムウさんが、守ってくれていたから……」 こう口にしながらも、キラはアスランから視線をそらしてしまう。自分がフラガとどのようなことをしていたのか、思い出してしまったのだ。 「って、ムウさんは?」 まさか……とキラは思う。彼がザフトに掴まったのだろうか。だから、アスランに自分の居場所がばれたのかもしれないと。 「あの人なら無事だ」 だから、心配いらない……といいながら、アスランはゆっくりとキラに歩み寄ってくる。 「俺との再会を喜ぶより、あの人のことを心配する方が優先?」 こう問いかけられて、キラは思わず首を横に振って見せた。アスランと再会できて嬉しいのは間違えようのない事実なのだ。ただ、とキラを思いとどまらせる事柄もある、と言うだけで。 「俺は嬉しいよ。キラが生きていてくれて……あれから、どうしてもキラの行方がわからなくなって……俺は本気で心臓が止まるかと思うくらい心配していたんだ」 だから、ここで会えて嬉しいのだ、と。別れていた間に、どんなことがあったとしてもかまわない、と付け加えながらアスランはキラの体を抱きしめた。 「アスラン……離して……」 お願い……とキラは口にする。自分はもう、こうして抱きしめて貰う権利を失っているのだから、と。 あの頃であれば、どれだけ嬉しいと思ったことなのか、とすら思ってしまう。 だが、腕の中でもがくキラを逃すまいと思ってのことか。アスランはキラの体に回した腕に力を込めた。 「……ムウさんに……全部聞いたよ」 そして、こう囁いてきた。 この言葉に、キラは思わず身を強張らせる。 だが、アスランからは少しも怒りの感情は伝わってこない。 「キラをキラのままでいさせるには仕方がなかったんだって」 そして、それは成功しているよね、とさらに言葉を重ねてきた。 「だから、俺は気にしないよ」 これからずっと、自分の側にいてくれるなら……とアスランは付け加える。 「でも、アスラン……」 彼の父の立場を考えれば、そんなことは出来ないのではないか、と思う。こんな風に地球軍に利用されたとは言え、彼らに不利益を生じさせるようなことをした自分が、プラントの将来を担う彼の側にいることなど許されるはずがないのだ。 「君といられるのなら、他の何を犠牲にしてもかまわない。そう決めたんだ」 例え、父と反目することになろうとかまわない、とアスランは言い切る。 「……でも……」 そんな彼を自分は裏切ってしまったのに……とキラは付け加える。 「いいんだよ、キラ……キラがキラでいてくれれば……」 それに、相手はあの人だし……とアスランは苦笑を浮かべた。 「アスラン……」 この言葉に、キラは泣き出しそうになってしまう。それをどう思ったのだろうか。アスランはふっと何かを考え込むような表情を作った。 「どうしても気になるって言うなら……あの人がキラにしたことと同じことをしてもいい?」 俺が……とアスランはと息だけで耳に直接吹き込んでくる。同時に、彼の腕がある意図を持ってキラの身体の上をはい回り始めた。 それは、体を重ねるときに、フラガが触れてくるときのそれとよく似ている。だが、微妙に異なるそれが、相手がアスランだとキラに教えてくれた。 「……僕は……」 キラの体がゆっくりと熱くなり始める。 「僕は、ずっと、君の側に行きたかったんだ……誰よりも……」 許されないとはわかっていても……とキラはアスランの唇に直接伝えた。それが、アスランの言葉に同意をすることだと彼には伝わったのだろう。彼が微笑んだのが唇越しにも伝わってくる。 「俺もだよ、キラ……だから……」 拒まないで、とアスランも直接唇の中に答えを返してきた。 ここがどこなのか。 今、どのような状況なのか。 これからしなければならないことが山積みなのだ、と言うことを二人はもちろんわかっていた。それでも、自分たちの気持ちを押さえることが出来ない。 アスランの手がキラの衣服をはぎ取っていく。そして、露わになった肌に自分を刻みつけ始めた。 それを受け入れながら、キラもまたアスランの衣服を乱していく。そして、その鼓動を感じようとするかに、彼の胸に掌を押し当てる。 「……早いね、アスラン……」 アスランの鼓動は、自分が抱きしめられたときよりも早く、そして激しくなっていた。それは、自分が彼の腕の中にいるからだろうか、とキラは思う。 実際、自分の鼓動もまた彼に負けないくらい激しくなっている。 フラガとの時は、こんなになったことがないのに……とキラは心の中だけで呟く。 相手がアスランだから…… 間違いなく、そのせいだろう。 彼と触れあうことがこんなに興奮することだとは思わなかった。 「それはお前も同じだろう?」 キラの言葉に、アスランは綺麗に微笑む。それにキラが思わず見とれてしまえば、彼はさらに笑みを深める。そして、そうっと唇を重ねてきた。 「お前にしては、ずいぶんとまた優しいことだな」 本気だったのではないか? とクルーゼに問いかけられて、フラガは唇の端を持ち上げた。 「そりゃ、昔から面倒を見てきたからな」 いろいろと……とフラガは口にする。 そうなのだ。 地球軍の本拠地が別の月面都市にあったことをいいことに、心配性の父親が時々、息子の様子を確認するように命じてきたのだ。そして、さりげなく近づけば、その隣にはあのオコサマがいた。彼らにとってお互いがお互いにとって必要な存在だと言うことも、フラガにはすぐわかってしまった。 お互いがお互いを輝かせるための存在。 だが、その立場は大きく隔たっていた。 それでも、再び出逢う時が来るだろう。 いや、絶対に来るに決まっている。運命が《否》と言っても、自分がそうさせるつもりだった。 だから、あの時、自分は残された《キラ》を守ってやろうと思ったのだ。 「まぁ、それぞれの感情が変わっていたら、遠慮なんかするつもりはなかっったんだが……」 どのような逆境にあっても――それとも、それだからだろうか――キラの中のアスランの存在は絶対的なものになっていった。そして、それはアスランも同じだったらしい。あの時の反応を見れば、そう思うしかないだろう。 「あいつらが変わることなく存在しているんなら、たとえ世界の全てを敵に回したとしても、俺はあいつらの味方でいてやろうと思っただけだ」 珍しくも本心を口にしたフラガに、クルーゼは笑みを作る。 「なるほどな」 そう言う相手を見つけられたのは幸せなのだろうな……と付け加えた彼に、フラガはさらに笑みを深めた…… うちのフラガさんはだいたいおいしいところをさらっていく人間です。後は、最近はミゲルですけどね……ともかく、再録終了です。 以下反転 実は、この話にはおまけがありました。今までの雰囲気を見事にぶちこわしてくれます。それでもかまわない方はこちらからどうぞ |