「キラ……どうして」 目の前のドアを睨み付けながら、アスランは小さく呟く。 誰よりも大切で、誰よりも側にいて欲しかった相手。そんな彼との再会が嬉しくないわけではない。だが、今のキラの様子ではそれを素直に喜ぶこともできないのもまた事実だ。 「……誰よりも綺麗な肌だったのに……」 日系人特有の、象牙のような微妙な色彩の肌の色は、アスランのお気に入りだった。 それなのに、襟首から見えたその肌に、無惨とも癒える傷が付けられていた。一体誰が、と思えばアスランの心を怒りが支配し始める。あんな事をした相手を許せるわけがないだろうとも。 だが、怒りのまま行動をすればキラが悲しむ。 自分が覚えているままの彼であれば、どんなときでも『自分』のために『誰か』が傷つくことを悲しむはずなのだ。 「ともかく、状況を聞いてから、だな」 どうして《キラ》が《ニコル》に助けられたのか。 そして、ブルーコスモスに撃たれるようなことになった理由は…… それ以上に気になるのは、キラの命が助かるのかどうか、だった。 「……頼むから……」 母を失って、さらにキラまで……となったら、果たして自分は正気でいられるだろうか。アスラン自身、それはわからない。 「お前まで、俺をおいていくな」 呟きは祈り。 そのまま、瞳を閉じる。 「……まだ、治療が終わっていないのか?」 そんな彼の耳に、今は聞きたくないと思ってしまう声が届いた。 「思ったよりも出血が多いのかもしれないぞ」 あるいは、何かで体調を崩していたか……と続けられた声に、アスランは少しだけ安堵してしまう。気に入らないのは、積極的に関わり合いたくないのはイザークと同じだが、ディアッカがそれでも話が通じる。彼が一緒であれば面倒なことにはならないだろうと思ったのだ。 それに、直ぐにニコルも来るだろう。 「お前がニコルと出会ったことは……幸いなんだろうな、キラ」 少なくとも、こうして側にいることだけは確認できるのだから……とアスランは付け加える。 どんなに傷ついていたとしても、癒えない傷なんてないだろう。そして、お互いの存在を側に感じていれば、心の傷も癒すことができるはずだ、とアスランは自分に言い聞かせる。 「……キラ……」 呟きと共に、祈るようにアスランは瞳を閉じた。 そのまま額を壁に押し当てる。 早く、目を覚まして欲しい。そして、自分を安心させてくれ、とアスランは心の中で何度も繰り返す。 「アスラン」 そのままどれだけの時を過ごしていたのか。一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった、アスランの時間を動かしたのは、ニコルの声だった。 「……まだ、終わっていないのですね……無理もないのかもしれませんが……」 ため息と共に吐き出された、辛そうな声。 「肩の傷だけではなく、キラさんの体はかなり弱っておられましたから」 そのために体力が落ちているのかもしれない、とニコルは付け加える。 「……そうなった原因を、お前は知っているんだろう? 話せ」 側に寄ってきていたイザークが、まるで命令するようにこういった。どうやら、今まで大人しくしてやっていたのだから、と言うのがその理由らしい。 「僕にしても……キラさんからお聞きしたことしか知らないのですが……」 ニコルはこう前置きをすると言葉を口にし始める。 ヘリオポリス建設時から秘密裏に作られてきたブルーコスモスの拠点。 プラントと地球軍の戦争が始まる直前から進められてきた戦争の準備。 そして、それに巻き込まれる形で拉致され、道具扱いをされてきたキラを始めとしたコーディネイター達の存在。 同胞を傷つけることに耐えきれず、死を覚悟して、それでも最後に自由を手にしようと行動をした彼ら。 そんなキラとニコルが出逢ったのは、本当に不幸中の幸いだったとしか言いようがないだろう。 「……キラさんは、僕たちに心配をかけないとしたのでしょうか……できるだけ普通に振る舞っていらっしゃいましたが、その仕草の端々からお体の調子が悪いと言うことが伝わってきていました。でも、それを口にすれば、ますますキラさんが無理をなさるのではないかと……」 そうすれば、あるいは彼の命が危ういのではないか。そう思わせるものがあって、誰も見て見ぬふりをしていたのだ、とニコルは吐き出した。もちろん、倒れることがあれば、即座に対処できるように、細心の注意ははらっていたのだが……と。 だが、あと一息で無事に脱出できると思った瞬間、無意識のうちに気を抜いてしまったのだ。そのせいで、ブルーコスモスが脱出ポットも監視していた、と言う可能性を脳裏から排除してしまったのだ。その結果で、キラを傷つけるような結果になってしまった……とニコルは視線を伏せる。 「……キラにしてみれば、自分の目の前で誰かが傷つくよりも、自分が傷つく方がいい……と思っただけなんだろうが……」 その性格、本気で直して欲しい……と思うのは自分だけか、とアスランはため息をつく。 「昔からそうなんだ、あいつは……貧乏くじを引くとわかっていても、知り合った相手を見捨てられないのも」 だから、相手がニコルでなかったとしてもかばっただろう、キラは。だから、気にするな……とニコルに声をかけながら、アスランは湧き上がってくる怒りを押し殺すのに必死だった。 「だから、あいつをそんな目に遭わせた連中を、許せないが……」 クルーゼの許可さえ出れば、今すぐにでもそいつらを全滅させてやる、とアスランは思う。それも、できる限り苦痛を長引かせる方法で、とまで考えていた。だが、それを押しとどめる声もないわけではない。そうすれば、ヘリオポリスの民間人を巻き込む可能性があるのだ。 「……その前に、キラの無事を確認したい、というのは事実だな」 そうすれば、少しはこの怒りが収まるのだろうか。あそこには、キラが大切にしていた人がまだ生きているかもしれないのだから。そして、そんな彼らの『死』がキラの心を壊すかもしれない。 「ですね……僕は、キラさんにお礼を言わないといけませんし……」 謝罪しても、キラは困るだけだろうから……とニコルはため息をつく。 「まだまだ聞かなければならないことが残っています……キラさんは、開発途中のMSのOSをロックしてきた、とおっしゃっていました。それを奪取してくるには、パスワードをお聞きして、ロックを外さないと……」 それができなければ、全て破壊するしかない。それでは、ヘリオポリスへの負担が大きすぎるだろう。クルーゼだけではなく本国もそう判断をしたのだ。 あそこには、まだ多数の同胞がいる。ナチュラルにしても、自分たちと同じ空気の下で何が行われているか、まったく知らないのだから、彼らに責はないだろうと。 責を負うべきなのは、それを容認した者だけ。 それをあぶり出すのはザフトではなくオーブの役目だろう。コーディネイターとは言え、自国の民間人をそんな目に遭わされたのだ。彼らが黙っていないだろうと言うことは目に見えていた。 だがそれ以上に気になるのは、ニコルが口にした一言。 「MS、だと?」 黙ってアスランとニコルの会話を聞いていたイザークが、初めて口を挟んでくる。 「完成し、起動直前まで言っている機体が5機……そして、設計段階の機体が3機有るそうです。キラさんが関わるよう強制されていたのは、前者だそうですが……」 そのデーターをブルーコスモスに渡すわけにはいかないだろう。 同時に、だから《キラ》が狙われたのか、とアスランは理解した。 「キラにとって、コーディネイターもナチュラルも、どちらもどちらも大切なものだったのに……同胞を傷つけさせるような行為を強制するなんて……」 どれだけあの優しい心は傷ついたのだろう。 唇をかみしめながら、アスランは医務室へと視線を向ける。 まさしくその瞬間、固く閉じられていた天の岩戸が開いた。 「ドクター!」 「キラさんは?」 医師の白衣が見えた。そう認識した瞬間、アスランとニコルは彼に向かってこう詰め寄る。 「大丈夫だ。命は取り留めたが……ただ、しばらくは安静が必要だろう」 かなり体が弱っている、と普段冷静な彼にしては珍しく、眉間にしわを寄せながら言葉を返してきた。 「……その他の事柄については、彼の体調が万全になってからだな」 この言葉から、彼がキラの体に付けられた傷について憤っているのだ、とわかる。 「会えますか?」 アスランができるだけ冷静な口調を作りながら、こう問いかけた。 「顔を見るだけなら可能だが……話は無理だ。まだ意識が戻っていない」 即座に彼はこう返してくる。 「それでもかまいません。私と彼は、幼なじみですし……目覚めたとき、彼が安心するのではないかと……」 だから許可して欲しい、とアスランはドクターに訴えた。 「そう言うことであれば……かまわないだろう。ただし、余計な刺激は与えないように」 「ありがとうございます」 アスランはほっとしたような口調で彼に礼を告げる。そして、そのまま医務室へと滑り込む。その後を、当然のようにニコル達も追いかけた。 そろそろ『キラ馬鹿』アスランがかいま見えてきていますね。でも、まだまだです(^_^; |