白いシーツの上で、それよりもキラの顔色は白いと感じられる。微かに上下する胸の動きがなければ、あるいは作り物だと言われても信じてしまったかもしれない。
「……それでも、ようやく俺の側に戻ってきてくれたな……」
 愛しげ、とも言える口調で囁かれたアスランの言葉に、ニコルは嫉妬にも似た感情を覚えた。それが、一体どちらに向けられた感情なのか、ニコル自身わからない。
「もう、誰にも傷つけさせたりしない……俺が守るから……」
 だが、この言葉には思い切り同意できる。
「それは、僕も一緒です……キラさんをもう辛い目に遭わせないと……そして、ご希望をかなえるために手助けをすると、お約束しましたから……」
 こう言いながら、ニコルはそう言えば……とあることを思い出す。
「アスランは、キラさんの幼なじみなんですよね?」
「あぁ」
 それがどうしたのか、と言うようにアスランが視線を向けてくる。
「では、これを作られた方をご存じでいらっしゃいますか?」
 先ほど、キラが身にまとっていた服から取り出してきたそれ。キラが自分にとって何よりも大切だ、と言っていた壊れたマイクロユニットを取り出しながら、ニコルは問いかける。
「連中に壊されてしまったのだそうです。できれば、元通りにしてキラさんにお返しして上げたいと思うのですが」
 そう言いながら差し出したそれを見た瞬間、アスランの目が大きく見開かれた。
「アスラン?」
「何だ? どうかしたのか、それ」
 イザーク達が、そんなアスランにこう問いかけている。
「……トリィ……まだ、持っていてくれていたのか……」
 それに答えているのか……それとも、ただ心の中の思いを口にしただけなのか。アスランはこんなセリフを口にする。
「ご存じなのですか?」
 キラは、これを親友から貰ったものだ、と言っていた。
 そして、今までのアスランの、彼らしくない態度。
 この二つを結びつけて考えないのは、馬鹿だけだろう。
「俺が……プラントに戻らなければならなかったとき、キラに渡したものだ……俺の代わりに側に置いておいて欲しくて……」
 そうすれば、キラの淋しさを少しでも解消できるのではないか。そして、自分のことを忘れないでいてくれるのではないか。そう思ったのだ、とアスランは付け加える。
「それだけ、大切な相手だった……というわけか」
 ディアッカが納得した、と言うように頷く。
「何で一緒に……って。そいつは第一世代だったな」
 そして、さらに問いかけようとして、その答えは既に提示されていたことを思い出したらしい。ため息と共に吐き出した。
「それでも、同胞と戦いたくなくて、だからといってナチュラルを敵にすることもできずにオーブに戻った、と。そんなこいつをあの馬鹿共が利用していたわけだ」
 本人の意思を無視して……とイザークが結論を出す。
「話を聞けば聞くほど、許せないな、あの馬鹿共が」
 だから、ナチュラルは……といいながら壁を殴りつける。
「イザーク!」
 馬鹿! と周囲から諫める声が飛ぶ。それに、彼は「何だ」というような表情を作った。
「ドクターから言われただろうが。意識が戻るまで余計な刺激を与えるな、と」
 今にも殴りかかりそうな表情でアスランが言葉を口にする。
「今ので、キラさんに悪影響が出たら、ただですむとは思わないでくださいね」
 裏に何が潜んでいるかわからないさわやかと言っていい笑みをニコルもまたイザークへと向けた。それに、イザークは思わず一歩引いてしまう。
「二人とも……そこまでにしておけって。こいつも悪気があったわけじゃないんだし」
 勘弁してやってくれ、とディアッカが仲裁に入る。
「今回だけだぞ」
「……次はありませんからね」
 本気で言っているとわかる二人の口調に、イザークはただ黙って頷くのが精一杯だった。
「すげぇ過保護……まぁ、気持ちはわかるけどな」
 その場の雰囲気を変えたいと思ったのか、ディアッカが苦笑混じりにこう言う。
「そいつ、もう傷つけさせたくねぇよな、マジで……」
 自分たちとは違う『守りたい』存在。もちろん、プラントにいる者全てそうなのだが……とディアッカは付け加える。
「そうだな……まずは、何をしてやれるんだろう、俺は」
 視線をキラへと戻しながら、アスランが呟く。この豹変ぶりはある意味見事かもしれない、とディアッカは心の中でため息をついていた。同時に、それを知られたら自分もただではすまない、と言うこともわかっている。
「とりあえず、それを直して差し上げればいいのではないですか? キラさんの当面の願いがそうでしたし」
 それなら、直ぐにかなえられるだろう、とニコルが告げた。
「どの程度壊れているか……によるが、いざとなれば最初から作り直すさ」
 キラには悟られないように、とアスランは口にしながら、キラへと手を伸ばす。そして、そうっとその髪に触れた。
「……んっ……」
 それが引き金になったのか。
 キラの唇から小さな声がこぼれ落ちる。
「キラ?」
 柔らかな声で、アスランが彼の名を呼ぶ。そして、その目覚めを少しでも良いものにしようとするかのように、そうっと頬を撫でていた。それは、彼らが離れ離れになる前、いつもしていた行為なのだろうか。  それがうらやましいと、ニコルは思ってしまう。
 だが、その想いも、ゆっくりと開かれていくキラのまぶたの前に消えた。
「起きた?」
 アスランがとびきりの笑顔を作りながら問いかける。そんな彼の顔をキラは不思議そうなまなざしで見つめていた。どうやら、まだ状況が認識できていないらしい。
「……アスラン?」
 どこか夢を見ているような口調でキラが瞳に映っている相手の名を口にする。同時に、細い腕を持ち上げた。
「あぁ。俺だよ、キラ」
 その手を取って自分の頬に触れさせながら、アスランはさらに笑みを深める。
「よかった……また、お前に会えて」
 そして、こう口にする。
「もう、二度と会えないんじゃないか……とまで思っていたんだ」
 だから、嬉しい、とアスランは付け加えた。そんなアスランに、キラは微笑みを返す。
「夢、かな……アスランがいる……」
 キラが幼いとも言える口調でこう呟いた。
「夢、でもいいや……僕も君に会いたかったから……」
 でも、夢なら醒めないで欲しい、とキラは続ける。幸せな夢だから……と。
「馬鹿キラ……俺は夢じゃないよ」
 ちゃんとここにいる、と言うアスランの肩越しに、ニコルがそうっとキラの顔を覗き込んだ。その瞬間、キラの表情が不思議そうなものへと変わっていく。
「……ニコルさん? ここ……」
 呟きと共にキラは何かを思い出そうとするかのような表情を作った。
 一瞬後、キラはアスランから自分の手首を引きはがそうとする。
「どうしたんだ、キラ?」
 そんな彼の仕草に、アスランは眉を寄せた。
「駄目……僕……」
 僕……とキラは何かを口にしようとする。その表情は見ていて辛いとしか言いようがないものだ。
「僕は、もう」
 君に触れる資格がない、とキラは付け加える。自分は綺麗じゃないから、と。その言葉の裏にどれだけの思いが隠されているかアスランにはわかる。
「それは俺だって同じだ、キラ」
 だが、アスランはキラの手を逃そうとはしない。それどころか、許されるならその体を抱きしめたいとすら思ってしまう。だが、今のキラを動かせば、彼の体に痛みを与えることになる、と自制していただけだ。
「俺だって、あの頃のままじゃない。でも、俺は、今のお前に会えて嬉しいんだ……」
 キラはキラだから……とアスランは囁く。
「……アスラン……でも……」
 僕は……とキラはなおも何かを口にしようとする。
「キラ。頼むから、俺の気持ちを否定しないでくれ」
 そんなキラに、アスランはなおも言葉をかけた。
「それとも、お前は俺に再会したことがいやなのか?」
 アスランのこの言葉に、キラは即座に首を横に振って否定をする。
「なら、そんな悲しいことを言うな」
「そうですよ、キラさん。アスランに会いたかったとおっしゃっていたじゃないですか」
 素直に喜んでいいのだ、とニコルもキラに言葉をかけた。その声に、キラはほんの少しだけ表情を変える。だが、直ぐに違うのだ、と言うように首を振って見せた。
「お前がした、と言うことはお前が望んでいたわけではないだろう? なら、そいつらの気持ちもくみ取ってやるんだな」
「そうだよな。どう見たって、お前の様子じゃ、自分から好き好んで戦争に関わったわけじゃないだろうし……そいつらの好意を素直に受け止めておけ」
 でないと、何をしでかすかわからねぇ奴らばかりだし、とイザークとディアッカも口にする。それが珍しいと言える行為だ、と言うことをキラは知らない。だが、アスランとニコルは十分に驚いたようだ。
「……ともかくキラ……少し落ち着いて。お前の体はかなり弱っている。このままじゃ、怖くて口論もできない」
 せめて、その顔色が元に戻るまでは……と言いながら、アスランがキラの手をそうっとシーツの上に戻してやる。その代わりというように、今度は彼の手がキラの頬に添えられた。
「キラ、生きていてくれてありがとう」
 ふわっと口元に浮かんだ微笑みに、微かに悲しげな色が滲んでいる。
「アスラン?」
 ニコル達にはわからない、そんな些細な表情の違いもキラにはわかるのだろう。どうかしたのか、と言うようにアスランの名を呼んだ。
「後で、だ……キラ。ちょっと興奮させすぎたかもしれない」
 熱がある、とアスランは冷静な――だが、優しい――口調で告げる。
「ニコル。悪いが……」
「ドクターを呼んできます」
 心得た、と言うようにニコルは動いた。
「……あの……」
 自分は大丈夫だから、とキラはニコルを止めようとする。その声に、ニコルも動きを止めてしまう。
「キラ。体調が悪いときぐらい余計な気遣いはやめなよ。でないと、ますます体調が悪くなるだろう?」
 その方がドクター達の手を煩わせてしまうよ、とアスランは注意の言葉を口にした。この言葉にキラは反論を試みようと唇を開きかける。
「実際、そう言うことがあっただろう?」
 だが、この言葉に思い当たる節があるのだろう。開きかけた唇からは、仕方がないというようなため息がこぼれ落ちただけだ。
「いい子だね、キラ」
 くすりっと笑いながら、アスランがキラの頬を撫でる。
「……本当に、アレ、アスランか?」
 そんな彼らの――正確にはキラにだろう――耳に入らないように、潜められた声でディアッカがイザークに問いかけた。
「俺に聞くな」
 それにイザークは一言で返す。
「お前と同じで、俺だって信じられないんだぞ」
 目の前の光景が……と付け加えられなくても、ディアッカとニコルにはわかった。
「でも、いつものアスランより、いいかもしれませんね」
 人間らしくて……とニコルは呟くと、改めてドクターを捜しに出て行く。その背を見送るキラの瞳に、浮かんだ光に、彼は気づいただろうか。
「だからといって、キラさんのことでは負ける気はないです」
 呟かれた言葉はアスラン達の耳には届いていないだろう。それはそれでかまわないとニコルは思っていた。今は自分よりもアスランの言葉の方がキラには重いだろうから、と。
 だが、それはこれからの時間で変わっていく可能性はある。そのための努力は惜しむつもりはないし、とニコルは心の中で付け加えていた。
 彼がそんなことを考えているとは思いもしていないのだろうか。
 それとも、今は目の前の相手の方が重要なのか。
 アスランの視線はただキラへと向けられていた。
「……キラ、眠いなら寝ていていい。ここにはお前を傷つける者はいないから」
 その言葉に、キラは首を横に振って見せる。
「アスラン、どうして……」
 その代わりというように、問いかけの言葉を口にした。
 どうしてアスランがザフトに入ったのか。あんなに戦いはいやだと言っていただろう、とキラの瞳が口にされない言葉を告げていた。
「それは後で、と言っただろう?」
 今は、キラの体調の方が重要だ、とアスランは告げる。
「……それに」
「それに?」
「話し合うのであれば、他のことを優先したい。キラの友達、まだ、あそこにいるんだろう?」
 そんなところに、あいつらがいることを許せない……とアスランは囁く。
「アスラン」
「俺たちだって、何も知らない民間人にまで手を出すつもりはない。そして、戦争に巻き込むつもりも」
 例え、キラの『友人』が『ナチュラル』だとしてもね、と微笑む彼に、キラは困ったような微笑みを浮かべた。
「馬鹿だよ、アスランは……僕なんて……そう思ってもらえる資格なんてないのに……」
 それは先ほどもキラの口から出た言葉。だが、その中に含まれる意味はまったく異なっていることに、アスラン達は気がつく。
「お前がここにいて、触れることができる。それ以上に重要なことなんて、俺にはないよ」
 だから、早く元気になってくれ……と告げるアスランに、キラは初めて小さく頷き返して見せた。


キラとアスランの再会&他のメンバーとの顔合わせ第一弾ですね。さて、これからがややこしくなるかも……