アスランの声に、ニコルが顔を上げる。
 いや、彼だけではない。その腕の中にいたキラも、うっすらと瞳を開いた。
「どうして、お前がここに……それよりも、どうしたんだ、その怪我は……」
 直ぐ側まで近寄ってきたアスランが次々とキラに疑問をぶつける。だが、それに答える余裕はキラになかった。そして、ニコル達も初めて見る彼の姿に目を丸くするしかない。
「アスラン、落ち着いてください! キラさんを、まず、ドクターに診せないと」
 このままでは命に関わるかもしれない、とニコルは彼に言葉を返す。
「僕のミスです……キラさんを先に避難させるべきだったのに……僕をかばって、撃たれたんです。多分、キラさんを探しに来たブルーコスモスに」
 そう言いながら、ニコルはキラの体に震動を与えないように抱き上げる。そして、慌ててやってきた医療兵へとその体を預けた。
「……ブルーコスモス、だと?」
 さすがにこの言葉に反応を返さないわけにはいかなかったらしい。イザークが忌々しさを隠せないという口調で問いかけてきた。
「詳しい話は後で……今は、キラさんのお命を救う方が大切です」
 だが、ニコルは彼の言葉をこの一言で遮断する。
「だけど、そいつ、コーディネイターなわけ?」
 あちらのスパイと言うことはないのか、とディアッカが口にした。
「キラは……オーブ籍の第一世代だ」
 その疑問に答えを返したのはニコルではなくアスランだった。その瞬間、彼らは二人が知り合いだったと判断をする。同時に、ニコルの中では『あるいは』と言う思いも生まれた。だが、それを確認するには後でもできるだろう。
 それよりもキラを……
 どうやらそれはアスランも同じだったらしい。
「……聞きたいことはいろいろあるし、お前らにしてもそうだろうが……キラが死んでしまっては意味がない」
 言葉と共に視線を医療兵へと向けた。それにうながされたかのように、彼らは慌ててキラを医務室へと運んでいく。
「……ニコル……」
 その後を追いかけようとしたアスランが、何かを思い出した、と言うように彼の名を呼んだ。
「先に行っていてください。着替えたら追いかけます」
 そこで、情報を交換し合おうとニコルは口にする。
「わかった」
 アスランはあっさりと頷くと、医療兵たちの後を追いかけていく。
 その後ろ姿を見送りながら、ニコルは小さくため息をついた。同時に『偶然』と言うものに恐怖すら感じてしまう。
 アスランが探しに行きたいと言っていた『幼なじみ』とキラのそれがまさか……と思ったのだ。そして、彼らの心を占めているお互いの存在の大きさも、ニコルは聞かされていた。
「アスランにとってのキラさんと、キラさんにとってのアスラン……どちらがより重いのでしょうね」
 小さく呟くと、とりあえず着替えようかと床を蹴った……はずだったのに、何故か彼の体は逆に向かう。
「何ですか、ディアッカ」
 いろいろとしなければならないことがあるのだ、とニコルは言外に滲ませながら問いかける。
「オロール達は?」
「まだあちらです……キラさんと同じ状況に置かれた方が生き残っていらっしゃる可能性があるので、確認と保護に。彼らはジンが使えますから」
 そして、自分たちが再びあそこに潜入するときの陽動の役目をになう必要もある……とニコルは口にした。
「そう言う状況なわけ?」
 さすがに興味を引かれたのだろう。ディアッカがさらに情報を聞き出そうとしてくる。
「詳しいことは、隊長の前で説明します。そして、それにはキラさんの証言も必要なんです」
 そして、自分には彼を保護してきた責任がある、とニコルはきっぱりと言い切った。その瞳に浮かんだ断固とした光に、ディアッカも今はこれ以上追及しても無駄だ、と判断したらしい。大人しく掴んだ手を離す。
「……あいつの、あの体の傷、今さっきついたものではないな」
 ぼそりっとイザークが呟く。
「……ブルーコスモスがコーディネイターをどう扱っているか……と言うことですよ」
 彼の目に留まった、というのであれば間違いなくアスランも気づいただろう。一瞬だけ見せた彼の感情。それが怒りに転じたらどうなるか、とニコルは思ってしまう。だが、それも今は考えられない。
「なるほどな。だいたい想像が付いた」
 ディアッカが頷いてみせる。
「当たっているかどうかは後で確認させて貰うとして……ともかく着替えてこい。似合ってないととは言わないが……さすがにここじゃ悪目立ちしすぎる。そうだな。医務室の前で待ち合わせればいいか。あいつもいることだしな」
 この言葉の裏に、協力させたければ報告前に説明しろ、と言う意味が隠れていた。そして、彼はそうしなければ言葉通り協力をしないだろう。
「わかりました」
 不本意だが仕方がない。
 どう考えても、彼の――彼らの協力は必要なのだ。最低限の被害で最大の効果を上げるためには。
「ただ、被害者であるキラさんを追いつめない、と約束してくださるのでしたら、ですが」
 でなければ、クルーゼから命令という形で協力させるしかないだろう。
 中まである二人より、今はキラの存在の方がニコルの中で重みを持っているのだ。
「……お前は俺たちを何だと思っているんだ?」
 ナチュラルであればともかく、同胞をいじめる趣味はない、と言うイザークの声が動き始めたニコルの背に届く。
 だが、ニコルはそれを聞かないことにした。
 それよりも心配なのはやはりキラのこと。
「……一応、応急手当はしたのですが……」
 問題はキラの『意識』の方だ。どんな些細な怪我でも、本人に生きようと言う意識がなければ死に至るのではないだろうか。
「キラさんに、今、死んで欲しくないのは……僕だけじゃないでしょうし」
 アスランも、そしてオロール達も同じ気持ちだろう。だから、とニコルは思いながら控え室の自分のロッカーから、しばらく身にまとっていなかった制服を取り出す。そして、手早く着替え始めた。
「……隊長への報告をすませてから、でないと医務室に行けませんね」
 さすがに、といいながらニコルは襟元を指で直す。
「義務ですから、仕方がないのでしょうが」
 こう言うときはたまに鬱陶しくなる、と思う。だが、それも自分が選んだことだから、と無理矢理納得する。
 同時に、必要なことさえ報告してしまえば、しばらくは煩わせられないだろうとも。クルーゼは無慈悲な上官ではないから、とも心の中で付け加えた。
「そうですね。そうすればゆっくりと時間が取れるでしょうし……キラさんとアスランが知り合いなのであれば、任せても大丈夫ですしね」
 アスランならば、間違いなくキラを守るはずだ。先ほどの様子では、安心していいだろう。そう判断をすると、ニコルはブリッジへと向かう。
「あの二人も、医務室の前でアスランとケンカをすることはないでしょうし」
 義務だけは果たしてしまおう、と再度自分に言い聞かせると、ニコルはスピードを上げた。



まだ泥沼には行けません、さすがに。と言いつつ、残りの二人も興味津々ですね、キラに。