照明が落とされた展望室。
 そこからは珍しくも月が見える。
「ずいぶんと、遠いな……」
 強化ガラスに手をつきながらアスランは小さく呟く。
 あそこは間違いなく自分にとって最良の時間を過ごしていた場所なのだ。それなのに、今はもう足を踏み入れることすらできない。
「……せめて、お前の居場所だけでもわかればいいんだけどな……」
 まだあそこにいるとは思えない。
 だが、一体どこにいるのか……
 その想いと共に脳裏に思い描いたのは、誰よりも大切にしていた面影。
 ずっと探し続けてきたのに、その居場所はこの3年というもの、手がかりさえ掴めなかった。あの思い出すのも厭わしい事件で命を落とした母も、彼らの居場所を必死に探していた、というのにだ。
「無事だってわかれば、それだけで」
 安心できるのだ……と呟く。
 その時だった。
「アスラン!」
 聞き慣れた声が彼の耳に届く。
「ミゲル?」
 どうかしたのか……と問いかけながら、アスランは年上の同僚へと視線を向ける。
「ニコルから連絡が来た。これから脱出するそうだ」
 そうしたら、忙しくなるぞ……と彼は笑う。
「そうか……で、出迎えは?」
「命令があり次第、俺が行くから。オロール達と合流をする必要もあるしな」
 ミゲルが何かを思い出した、と言うように苦笑を浮かべる。
「お前らでも十分こなせる任務だろうが、あの二人じゃ不安だからな」
 宇宙空間でケンカされたら厄介だ、と言う言葉の意味がわからないアスランではない。
「あの二人にしても、任務に私情を挟むことはないと……」
 ない、と言いかけてアスランは言葉を途切れさせる。そう断言できるほど、自分は彼らを知っているわけではないのだ。あるいは知ろうとしなかった、と言うべきなのか。自分でもそのどちらが正しいのかわからない。
「……だといいんだがな……」
 ため息と共にミゲルがこう口にした。
「それに、あそこはあくまでも『オーブ』の領海内だ。できるだけ、あちらを刺激したくない……例え、あそこにブルーコスモスが巣くっていようともな。何も知らない民間人まで巻き込むわけにはいかないだろう? 少ないとは言え、あそこにも同胞がいる」
 コーディネイターは絶対数が少ないのだから……とミゲルが言う言葉に、アスランも頷く。
「そうだな。どちらに与することもできず、中立を選んだとしても、同胞は同胞だ」
 彼らの立場が悪くなるようなことだけは避けておいた方がいいか、とアスランが口にすれば、
「お前だけだよ、そう言ってくれるのは。あいつらじゃなぁ……」
 知らないことも罪だ、ぐらいはいいそうだ……とミゲルは大きくため息をついて見せた。
「まぁ、いい。ニコルの報告次第ではお前らにも出撃命令が出るかもしれん。とりあえず、待機していてくれ」
 ただし、あいつらとケンカはしているなよ……と、苦笑を浮かべるとミゲルはアスランの肩を叩く。
「わかっている」
 そこまで馬鹿ではない、とアスランは言い返す。
「普段からそうしていればいいものを」
 そうすれば、俺の胃薬の量は半分になる、とミゲルがワザとらしい口調で口にした。
「……好きに言ってくれ」
 あちらが勝手に突っかかってくるだけだ、とアスランは心の中で付け加える。自分は目的があって、そのための力を得るためにアカデミーでがんばったのだ。その結果の主席であり、今身にまとっている『紅』なのに、そのせいで目の敵にされても煩わしいだけだ、と思う。第一、自分にとって彼らはどうでもいいとまでは言わなくても、任務を離れてまで交流したい相手ではない。
「ニコルならまだしも、あいつらとなれ合うのはごめんだ」
 ぼそっと呟く声はミゲルの耳に届かなかったのか――それとも単に無視されただけか――彼は振り向くことなく前を進んでいく。
「ニコルが戻ってくるなら、少しは楽になるか」
 少なくとも、連中を彼が止めてくれるだろう。でなければ、自分たちの間に入ってくれる。彼には悪いと思うが、その方がミゲル達のためになるか、とアスランは苦笑を口元に浮かべた。
 その表情のまま、二人はパイロット控え室のドアをくぐる。
 同時に、先にこの場にいた二人の視線が自分たちへと投げつけられた。だが、事前に何か言われていたのか、口を開くようなことはない。それをいいことに、アスランは彼らを丁寧に無視をする。
「……お前らなぁ……」
 控え室内に広がり始めた剣呑な空気にため息をつきつつ、ミゲルは言葉を吐き出した。
「せめて、俺が戻ってくるまで何もするんじゃねぇぞ」
 何かしていやがったら、隊長付きの従卒を交代で勤めさせるからな、と、ミゲルは口にしながら手早くパイロットスーツに着替えていく。
「……それって、懲罰なのか?」
 ぼそっとアスランがミゲルに言い返す。
「24時間、隊長と一緒に過ごす自信があるなら、好きにするんだな」
 この言葉に、アスランは脳裏でその状況を思い浮かべてみる。確かに、ちょっと息が詰まるかもしれない。だが、それでも自分の父親と過ごすよりはマシではないか、と思うこともまた事実だ。
「……俺としては願い下げだな、そんな状況」
「お前に同意するのは不本意だが、俺もごめんだな」
 だが、彼ら二人はミゲルと同じ意見だったらしい。こんな会話が耳に届いた。では、ニコルはどうなのか、とアスランはほんの少しだけ興味を覚える。
「そう思うなら、大人しくしていろよ」
 ヘルメットを手にしたミゲルが振り向くとこう言ってきた。
「でないと、本気でやらせるからな」
 言葉を残すと、彼はそのまま控え室を出て行く。控え室の窓から、デッキ内をジンへと向かっていく彼の姿が見えた。
 とたんにデッキ内が慌ただしくなる。
「しかし、ニコルの奴……ちゃんと情報を仕入れたんだろうな」
 あいつらしいと言えばあいつらしい作戦だがな、とどこか馬鹿にしたような口調でイザークが口にした。
「さぁな。だが、期待するしかないだろうが」
 でないと待機していた時間が無駄になるだろうとディアッカも答える。
「いっそ、全員で乗り込めば良かったんだ。そうすりゃ、一発で終わるぞ」
 もっとも、あそこも無事だったかどうかはわからないが、と続けられた言葉に、アスランは眉を寄せる。そんなことをしたくないから、ニコル達は危険を冒してまであそこに潜入したのに。だが、それを言い返す事はミゲルの心配を実現に移すことだろう。
 ミゲルが乗ったジンがゆっくりとデッキ内を移動していった。
「一応、あそこは中立だぞ」
「地球軍に与した奴らが馬鹿なのさ」
 あるいはそんな上層部がいると言うことに気づかない連中がな、とどこかあざけるような口調でイザークが言うのが耳に届いた。それはアスランの精神を逆撫でしてくれる。
 アスランは二人の会話から意識をそらすために、再び今は行方がわからない『幼なじみ』の事を脳裏に思い描く。
 あの笑顔を再び見ることができれば、自分のこのささくれだった心は癒されるのだろうか。
 彼の命が失われていないとは限らない。
 それでも、自分は探し続けるだろう、とアスランは心の中で呟く。
 彼が生きていると思うことが、今の自分を支えている事実なのだから、と。
 あの笑顔を思い出すだけで、こんなに心が温かくなる。
 だから、とアスランは記憶の中の面影にすがりついていた。
 それからどれだけの時間が経っただろう。出撃していったミゲル達が戻ってくる。彼が操縦するジンの腕には、個人用の脱出ポットが掴まれていた。
「……なんか、おかしくないか?」
 同時に、周囲が慌ただしくなる。
「ニコルがドジったのか?」
 可能性は低いが、ないとは言い切れない。だとしたら、あそこには一体何があったのか。その想いは他の二人も同じだったのだろう。控え室から飛び出していく。
「……無事ならいいんだが」
 こう呟きながら、アスランも後を追いかけた。
 彼らがその場に辿り着くときには、ポットのハッチが開けられていた。そして、中からニコルともう一人の姿が……
「誰だ、アレ……」
 知らない顔だぞ、と言うディアッカの言葉にイザークも頷いている気配が伝わってくる。だが、アスランはそれに同意できない。どころか、自分の目が信じられなかった。
 何かの理由があったのだろうか。その体を包んでいるのは女性用のワンピースだ。そして、その瞳は固く閉じられている。だがその特徴的な瞳の色を確認できなくても、アスランが相手を見間違えるわけはない。
「キラ!」
 彼の声が、周囲にこだました。



と言うわけで、アスラン登場……このまま三角関係か(苦笑)