変装が功を奏しているのか。 二人は誰にも見とがめられることはなく目的地へと進んでいく。その事実に、キラだけではなくニコルもほっとしていた。 だが、まだ気を抜くのは早いと言うこともわかっている。 できるだけ自然な仕草を装いながら周囲への警戒も怠らない。 「オロールさん達は?」 自分たちだけ、と言うことに不安を感じたのか――それとも彼らを心配しているのか――キラがこう問いかけてくる。その声も、周囲をはばかって潜められたものだ。 「大丈夫です。彼らは別ルートで脱出をします」 計画通りだから、とニコルは微笑んでみせる。 「なら、僕が口を出すことではありませんね……」 キラはほっとしたような表情でこう呟く。 「いえ。キラさんが心配してくださったと知ったら、みんな喜びます」 そんなキラに、ニコルは優しい笑みを返した。 「みんな、キラさんのことが気に入ったようですから」 もちろん、自分もだ……とニコルは言いながら、キラの手をそうっと握る。 「だから、絶対にここから脱出しましょう。そして、みんなでゆっくりとお話しをさせてください」 ね、といいながら、視線を合わせれば、キラは小さいがしっかりと頷いた。それにようやくニコルはほっとする。どうやら、ようやくキラはその気になってくれたらしい。前向きな気持ちになってくれたのだろう、と。今までは、心のどこかでまだためらいが残っていたのだ、彼は。 「では、急ぎましょう。でも、目立たないように」 別の意味で目立ってしまっていますから、僕たち……とニコルは苦笑を浮かべる。 「そう言えば……どうしてでしょう」 どうやら自分たちが注目を浴びていることにはキラも気づいていたらしい。だが、その理由までは思い浮かばないのか。こんな疑問を返してくる。 「そりゃ、キラさんが美人だからですよ」 苦笑を深めながらニコルがこう言い返せば、 「それはニコルさんの方でしょう?」 キラが真顔で口にした。 「キラさんの方です。なんなら、後でみんなに聞いてみますか?」 みんなキラだと言うから、とニコルが断言をする。 「そんなことないのに……」 だが、キラは納得できないようだ。 ここまで自己否定をしてしまうのは、やはりブルーコスモスの連中に拉致され、その人権を否定されたからなのか。それとも、もっと他に理由があるのか。 「キラさんは綺麗ですよ。外見だけではなく、お心も。だから、自信を持ってください」 でなけば、自分はここまで彼を助けたいとは思わなかっただろう、とニコルは思う。同時に、あれだけ辛い目にあったのに本質をゆがめることがなかったキラは強いとも。 「僕には……ニコルさん達の方が綺麗だと思えるのですが……」 みんな、自分のなすべき事をしっかりと持っているから……とキラは付け加える。 「それも、これから探していけばいいんですよ」 失った時間は取り返せないが、それでもまだまだキラには時間が残されているのだから、とニコルは声をかけた。 「そうですね……」 もう何も強要されることはないのですね、とキラは囁くように口にする。その口調から、ニコルは彼がどれだけ苦しんできたのかを悟った。そして、二度と彼がそんな目に遭わないようにして上げようとも。 「ともかく、ここから脱出したら、まず何をしたいか考えていてください。ご両親のことはもちろんですけど」 他に何かされたいことはないのですか? と言いながら、ニコルはキラを促して交差点を曲がっていく。 「そうですね……僕は、この後、プラントに行くのでしょうか」 それとも、別の場所に? とキラは話しかけてくる。 「プラントに行っていただくことになるかと。ご心配なく。いざとなったら家に来ていただけばいいだけのことです。母は、キラさんと話が合うと思いますので」 それに、そうしていただければ母もよろこぶでしょうし……とニコルは言葉を返した。 「それが何か?」 「……プラントに、親友がいるはずなんです。ここに来る前は、月にいましたから」 そのころ、一緒に過ごしていた彼はプラントに行ったので……とキラは目を伏せる。だから、プラントに行けば彼に会えるのではないかと思ったのだ、とどこか懐かしむような口調で言葉を口にした。 「そうですか。でも、プラントにいらっしゃるのでしたら、直ぐに見つかりますよ」 IDさえわかれば、これから行く自分たちの母艦からでも検索ができるから、とニコルはキラに声をかける。 「でも、彼が覚えていてくれるかどうか……」 忘れられていなければいいのだが、とキラは口にした。 「それに……彼から貰ったトリィを壊されちゃったし……」 辛そうにこう言いながら、キラはそっとポケットのあたりを手で押さえる。 「トリィ……というのが、あのマイクロユニットの名前なのですか?」 そこにキラが逃げ出すときにも忘れずに持ってきたペットロボットが入っていることをニコルは知っていた。彼がとても大切にしていたのだろうとも。 「えぇ……別れるときに、彼がくれたんです。自分の代わりにこれがいるから、って」 本当は別れたくなかったのだけど、あの時は仕方がなかったのだから……とキラは寂しげな微笑みを口元に浮かべた。その表情だけで、キラがどれだけその相手とトリィを大切に思っていたのか、ニコルにもわかった。 「僕の仲間に、そう言う工作が得意な人もいますから……彼に頼めば直してもらえると思います。プラントに着くまで、それで我慢してくださいね」 その瞬間、何故か心の中に浮かんだ痛みを無視して、ニコルはキラを励ます。 「でも、そこまでご迷惑は……自分で何とかしますから」 本当は苦手なんだけど、とキラは微笑みに苦いものを混ぜながら言い返してきた。 「そうですか?」 遠慮なさらないでくださいね、とニコルはしっかりとキラに告げる。自分がそうしてやりたいのだから、と。 「ありがとうございます」 そんなニコルに返されたのは、謝罪ではなくお礼の言葉。 最初の頃に比べると、キラの口調に親しげな色が浮かんでいるような気がする。それは、彼が少しとは言え自分に心を開いてくれているからだろうか、とニコルは思う。同時にそうであれば嬉しいとも。 ふっとニコルは立ち止まった。そして、周囲を見回す。 「……確か、この側に非常用ポットがあったと思うのですが」 呟かれた言葉に、キラはようやく彼がどうやってここから逃げ出そうとしているのか理解をした。 「小型の、でいいのですよね?」 数十人が乗れるようなシェルターでは、警報情報が最大レベルにならなければ射出できない。だが、小型のそれなら、いざというとき手動でどうにかなるはず、とキラは判断する。 「そうです。ご存じですか?」 「場所は知りませんが、目印はわかっていますので……もっとも、変更されていなければ、の話ですけど……」 言葉と共にキラは周囲を見回す。 そして、何かを見つけたのだろう。ある方向へ向けて歩き出した。 「ありましたか?」 「えぇ」 ここです、と言いながら、キラは地面を指さす。そこの地面にはうっすらと切れ目が入っていた。 「そうですか。でも、どうやって……」 「ここを操作します」 そう言いながら、キラは少し離れた場所にある端末らしきものを操作する。そうすれば、ゆっくりとそこがせり上がってきた。 同時に、どこからか足音が響いてくる。 「しまった……連中が監視していたのか」 急ぎましょう、とニコルはキラを促す。そして、そのまままだ完全にせり上がっていない入口へと身を滑り込ませようとした。 キラがそんなニコルの側に駆け寄ってくる。 「キラさん!」 そうニコルが認識した瞬間、周囲に銃声が鳴り響いた。 |