本隊との連絡。
 そして、脱出のための手はずは直ぐに整えられた。
 それでも、問題が残らなかったわけではない。
「……キラさんを、奴らの目を誤魔化しつつどうやってそこまで連れて行くか、ですね」
 この隠れ家の中ならまだいい。
 だが、どうしても町中を移動しなければならないのだ。
「……ニコルさん……僕のことで無理はしないでください」
 彼らに向かってキラはこう声をかけてくる。
 まだあれから三日と経たないが、ニコル達はキラが自分を取り巻く環境全てに諦めているのだ、と理解し始めていた。彼が自分をどうでもいいと思っている言葉を耳にする度に、ニコル達はもどかしい思いに駆られる。
 だが、彼が置かれた状況を考えれば、それも無理はないのだろう。
 自分たちが同じ状況に置かれたとき、そうならないとは言い切れないのだ。
 だから、少しでもキラの傷ついた心をいやせる環境を与えてやりたい。
 さて、どうしようか……と考え込んだニコルが出した結論は、彼にとってもおもしろくないと言えるものだ。だが、逆に言えばそれが一番効果的だろうとも。
 考えてみれば、あの時、自分もあいつらに目撃されているのだ。あるいは、キラと同じように手を回されているかもしれない。
「不本意ですが……それしか方法がないのであれば仕方がありませんね」
 やがて導き出した結論に、ニコルは思わずため息をついてしまう。そのままキラを見つめる。
「ニコルさん?」
 一体どうしたのか、と言うようにキラが問いかけてきた。
「キラさん。一緒に変装しましょうね」
 半ば自棄、と言うようにニコルはこう告げる。
「変装?」
 キラの瞳が不安に揺れた。その影に『自分のことで無理をしないで欲しい』と見え隠れしている。
「えぇ。おそらく、僕の容姿も広まっているかと……なら、それを逆手に取ってしまおうかな、と思いまして。もっとも、キラさんにも不本意だとしか言いようがない変装ですけどね」
 連中の目を誤魔化すためなら仕方がないだろう、とニコルは言う。だが、その声はキラには届いていなかったらしい。
「……ご、めんなさい……僕が……」
 ニコルさんに助けを求めたから……とキラは体を震わせている。
「キラさん! 僕は同胞を助けるためにザフトに入隊したんです。そして、キラさんも僕にとっては大切な同胞です。だから、そんなこと言わないでください!」
 本当に、どうしてキラは……と思わずにいられない。第一世代だからだろうか、とも。
「それに、どうせもうここから逃げ出さないといけない時期でしたし……」
 入り込むときも非合法な手段だったのだから、帰りもそうするのは当然なのだ、とニコルは必死に説明をする。
「ニコル、さん……」
「そう言うわけですので、一緒に女装してくださいね」
 きっぱりと告げられた言葉は、それこそ青天の霹靂だったのだろうか。今までとは違った意味でキラは驚きの表情を作っていた。
「連中が探しているのは、僕らの年代の『少年』です。いくらコーディネイターでもさすがに体格までは変えられませんから……でも、女性なら十分年齢も詐称できるでしょう?」
 本当に不本意ですけどね……とニコルは付け加える。
「そう、ですね」
 ようやくキラにも事態が飲み込めたらしい。ため息と共に頷いて見せた。
「そう言うことですから……服とウィッグ、それにカラーコンタクトを入手してきてください」
 ニコルがそうオロール達に頼む。
「了解。少し時間がかかるが……間に合うように戻ってくる」
 デザインに関しては異議を聞かないからな、とどこか楽しげな口調で答えを返すと、彼らはそのまま隠れ家を出て行く。
「……大丈夫でしょうか……」
 そんな彼らの背中を、キラはどこか不安そうなまなざしで見送った。
「大丈夫です。あの人達は僕よりも先にザフトに入隊していますし……実戦経験も豊富ですから。僕が彼らに指示を出せるのは『紅』を身にまとっているからだけですし」
 彼らの助けがあったからこそ、自分はここでの任務をなんとか終えることができたのだろうと、ニコルはどこか悔しげな口調で告げる。
「……『紅』?」
 意味がわからない、と言うようにキラは小首をかしげて見せた。その菫色の瞳の奧にはまだ不安が見え隠れしている。多分、キラは自分と会話を交わすことによって不安を打ち消そうとしているのではないか、とニコルは判断をした。
「すみません。キラさんにはわかりませんでしたね。ザフトの士官学校に当たる『アカデミー』で、毎年上位から10名だけが紅い色の軍服を身にまとうことが許されるのですよ。そして、僕はMSのパイロットでもありますから……そう言った意味で、彼らが指示に従ってくれる、と言うわけです」
 本当は他にも理由があるのだが、それはキラに知らせなくてもかまわないだろうと思う。
「そう、なんですか……」
 キラがニコルの言葉に頷いて見せた。
「そう言えば……キラさんはおいくつなのですか? あれこれお聞きしているはずなのに個人的なことをまだ知りませんね、お互い」
 今なら、他に誰もいませんし……とニコルはとびきりの笑顔を浮かべながらキラに問いかける。
「僕、ですか? 今年16歳になりました」
 ニコルさんは、とキラは律儀に聞き返してきた。
「キラさんの方が年上だったのですね。僕は15です」
 この答えに、キラは驚いたように目を丸くする。
「15歳で、軍人なのですか?」
 そんなに若いのに……と言うキラに、ニコルは内心苦笑を浮かべた。ザフトだけではなく地球軍でも自分と同じ年代の者が戦場に出ているのだ。だが、キラはオーブの人間。軍隊と縁がない生活を送ってきた――そして、これからも送れるはずだった――彼が、その事実を知らないとしても無理はないだろう。
「えぇ。プラントでは13歳で成人とみなされますから……」
 そんな彼に負い目を感じさせないように、ニコルは柔らかな笑みを深めながら言葉を返した。
「と言っても、まだまだ親元で暮らしている者も多いですし……僕にしても、そうしていたのですが、さすがにあの映像を見ては黙っていられなかった、と言うだけです」
 幸か不幸か、こちらの才能もありましたからとニコルは言葉を重ねる。
「でも、実際に誰かを助けられたのはキラさんが初めてです。だから、最後まで、守らせてくださいね」
 僕のために、とニコルは締めくくった。
「ニコルさんのために?」
「えぇ、僕のために。僕が選んだ道が間違いではなかったと、そう思うために」
 キラの問いかけにニコルはきっぱりと頷いてみせる。
 これがキラの心の中にあった何かを壊すきっかけになったのだろうか。彼は初めて作り物ではない笑みを口元に刻んだ。
「ありがとう」
 そして、こう口にする。
「いえ。それは、無事にここを脱出してから、聞かせてください」
 だから、最後まで諦めないで、と言うニコルに、キラはしっかりと頷き返した。



いつかはさせたかった女装……と言うことですが……実際に着るのは次回ですね(^_^;