あれは、約一年前だった…… キラはニコル達に問いかけられるままに言葉をつづり出す。 この地でもブルーコスモスの大規模なデモがあったのだと。そして、そんな者たちから守るため、と称してヘリオポリスに住まうコーディネイター達が集められたのだ。 もちろん、直ぐに解放してもらえるはずだった。単に、何かあったときのために使える防犯システムの端末を渡すだけだったのだから。 そして、大多数の者たちはその通りだったのだ。 だが……キラを始めとする数名はその中にいなかった。 システムを渡され、説明を受けようとした瞬間、キラは自分の顔に何かガスがかけられたと認識した。同時に、それが最後の意識だった。 そして、気がついたときにはブルーコスモスが秘密裏に製造していた工場にいた。 一緒に拉致されてきた者たちの顔ぶれからして、間違いなく連中は自分たちを最初から選別していたのだろう。そう思わせるほど、各方面でそれなりに名が知られていた者だけがその場にいたのだ。 同時にキラたちは名前を呼ばれることはなかった。 その代わりに与えられたのは、番号だけ。 まさしく、それはキラ達を道具としてみていることと同意語だった。 その中で彼らに強要されたのは、自分たちと同じ『コーディネイター』を傷つけるための道具を作ること。 キラのように、第一世代だから……と言うことでオーブにいる者もいる。 戦争に関わることがいやでここにきた者もいる。 だが、そんな個人の事情など連中にはまったく関係がなかったのだ。 奴らが気にしていたのは、キラ達が自分たちにとって使えるかどうか。 逆らったり、あるいは体の不調や精神的なそれで使い物にならないと連中に判断されれば、その姿は二度と目にすることができなかった。 だから、生き残るためには協力をするしかなく…… しかし、自分たちがしていることに納得できるわけもなく…… キラ達はこっそりとこの場から逃げ出すために準備を進めていたのだ。 例え自分たちの命がその結果失われたとしても、かまわないと……そう思わせる事実を連中がキラ達に教えた結果だ。 そして、つい先日、キラ達はそれを実行に移した。 「だから、今、誰が無事にいるかなんてわからない……多分、あそこから逃げ出して直ぐに自分の命を絶った人もいるだろうし……さっきの僕みたいに、連中に見つかって……連れ戻されるか処分された人もいるだろうから」 キラは眉を寄せるとさらに言葉を口にする。 「僕も、もっと早く決断すれば良かったんだ……でも、最後に一目だけでいいから父さんと母さんの顔が見たくて……閉じこめられる前にすんでいた場所に行ったら、もうそこにと父さん達はいなくて……」 その代わりに連中に見つかったのだ、と言う言葉はキラの唇から出ることはない。だが、ニコル達にはそれでもしっかりと届いた。 「そう、ですか」 つまり、ブルーコスモスの者たちはキラの行動を予測していた、と言うことだろう。これがただ、家の前で待っていた、と言うだけならいい。そして、キラの両親も何かの都合で引っ越したというのであれば。だが、あるいは……とニコルは心の中で最悪のパターンを考えてしまう。 「……僕、父さん達に捨てられたのかな……」 キラが小さな声でこう呟く。 「違います! そんなことはありませんよ、絶対」 その声が本当に悲しそうで、ニコルは反射的に怒鳴るように否定の言葉を口にする。 「そうだな……相手はブルーコスモスだ。何かの手段を使ってこのコロニーから他の地に行くように仕向けたのかもしれないぞ」 ニコルの言葉に続けるようにして、一緒に潜入していたオロールがこう付け加えた。 「ここから無事に脱出したら、直ぐにでもさがして差し上げますから」 だから、そんな悲しいことは言わないでくれ、とニコルは口にする。 しかし、キラは小さく首を横に振って彼の言葉を否定した。 「そこまでご迷惑は……」 「気にしないでください。僕個人として、探して差し上げたいのですから」 そうすれば、彼の瞳はもっと明るくなるのだろうか。あの悲しげな表情を消すことができるなら、少々の無理でも通してみせる、とニコルは思ってしまう。だが、それは彼だけではなくオロール達も同じだったらしい。ニコルの脇で彼らも頷いて見せている。 「悪いのはあいつらだ。そして、君は被害者であり、我々に協力してくれる。その代償……というわけではないが、探すための手はず整えるぐらいはさせて貰いたい」 君は巻き込まれただけなのだから、と言われて、キラは納得したのだろうか。小さく頷いて見せた。 「……申し訳ありません。思い出したくないことかもしれませんが……キラさん達が協力させられてきた内容についてお聞きしてかまいませんか?」 一段落付いた、と判断してニコルはこう問いかける。 「他の人に関しては……詳しい内容はわかりません。あいつらは、僕たちが会話を交わすことを快く思っていなかったので……」 ごめんなさい、とキラは体を縮めた。 「だから、どうしてそこで謝るのですか……」 ニコルは思わずため息をついてしまう。それとも、キラのこのような態度もブルーコスモスの監視下で生きてこなければならなかったからなのだろうか。だとしたら、本気で許せないと思う。 「……で、キラさんは何を?」 怒りを押し殺しながらこう問いかける。 「……MSの……OSを」 だが、震える声でキラが告げた内容は、彼らの怒りすら吹き飛ばしてしまうものだったと言っていい。 「MS?」 「ナチュラルが?」 「……まさか……」 信じられない、とニコル達は口々にこう呟く。 「ザフトの、ジン……でしたっけ。あれを元に、機体を作って……でも、OSができなかったらしくて……僕の他に数人……」 でも、最終的には自分一人になったのだ、とキラは付け加える。その瞬間、キラは大きく体を震わせた。 「キラさん、大丈夫ですから」 もう、誰にも傷つけさせたりしない、とニコルは口にしながらキラに告げる。 「……それに関しては、直ぐにでも確認しないと……だが、連中がそれを起動しないとも限らないな」 と言うことは、本隊に連絡をして……とオロールが呟く。 「それは、ありません……僕が、逃げ出すときにOSにロックをかけてきたので……」 ニコルの腕の中からキラが言葉を吐き出す。だから、起動することは難しいだろうとも。 あの様子からすれば、ロックを外すことができないのかもしれない、とニコルは思う。だから、キラを処分するのではなく連れ戻そうとしていたのではないだろうか。 「……と言うことは、キラさんを意地でもここから連れ出して……それから、それを奪取しないとけないわけですね」 これ以上、奴らに余計な力をつけさせないために、とニコルは口にした。 「とりあえず、ここから宇宙に出られればなんとでもなるんですから」 キラに言い聞かせるように、ニコルは付け加える。だから心配するな、と。 「早速、そのための準備をしましょう」 ニコルのこの一言で、すべての者が動き出した。 |