「……ですが、やはり僕のことは……」
 しかし、キラは直ぐにこう口にしてくる。
「心配はいりませんって。方法はいくらでもありますし……それに、ブルーコスモスが欲しがるほどのキラさんの能力、プラントでも必要とされるに決まっています」
 むしろ、キラを失う方がマイナスではないか、とニコルは力説をした。
「それに……どうやらキラさんが強要されていたという事が、僕がここに来たことに関係しているようです。ですから、安全な場所でお話を聞かせて頂く必要がある、と言うのも本音ですね」
 今まで、しっぽを掴むことができなかったのだ、とニコルは正直に口にする。
「それは……完全に切り離されているからだよ、施設が……」
 全てが極秘扱いになっているのだ、とキラが口にした。ライフラインが全て異なっているらしいと。
「そんなこと、可能なのですか?」
「……ここを作った企業が……ブルーコスモスだったんだって……」
 キラがさらに言葉を重ねようとする。だが、ニコルがいきなりハンドルを切ったせいで、口の中を噛んでしまったらしい。小さなうめき声が彼の唇からこぼれ落ちた。
「すみません……少しの間でいいので、連中の車を引きはがしてしまいたかったんです」
 この先にちょっと仕掛けをしてあるのだ、とニコルは謝罪混じりにキラに告げる。
「気にしないで、ください」
 僕のせいだから、とキラは直ぐに言葉を返してきた。
「……本当にあなたは……」
 キラのこの性格は、生来のものなのだろうか……とニコルは思う。全てを自分の内に閉じこめ、それらすら自分の罪だと感じているらしいのは。
「ともかく、それからにしましょう。お願いですから、僕を信じてください」
 そうしてもらえなければ、全ては始まらない……とニコルは付け加える。
「……でも……」
 キラがそれにためらいながら言葉を返してきた。
「さっきあったばかりで……僕が、嘘を付いているとは思われないんですか?」
 あなたを騙していると、と言うキラは、自分のことをわかっていないのだろうか、とニコルは思う。
「そうできる人間かできない人間かの区別ぐらいでしたら、僕にでも出来ますから」
 そして、キラは後者だ……とニコルは断言をする。
「あなたは……優しい方ですね」
 キラが泣きたいのかそれとも笑おうとしているのかわからない表情を作るとこう言う。
「違いますよ。僕は……自分の目的のためにあなたを利用しようとしているだけです」
 だから、そんなこと言わなくても……とニコルは言葉を返す。
「そんなことはないよ。本当に僕を利用しようとしているのなら、必要なことを先に聞き出してしまえばいいはずなのに……一緒に逃げようとしてくれるから」
 だから、ニコルは基本的に優しいのだと判断した、とキラは付け加える。彼にそう思ってもらえるのは嬉しいかもしれない、とニコルは心の中で呟く。
「では、そう言うことにさせて頂きます」
 そして、その気持ちを裏切らないようにしようとも。
 そんな彼の前に目的地が見えてきた。
「直ぐに降りられるようにしてください」
 できる限り最短の時間で事を終わらせなければならない。そうすれば、少なくともキラを連れて脱出するための算段を整える時間が稼げるだろう。同時に、キラから必要な情報を聞き出すことができるのではないか――もちろん、それはキラにとって辛いだろうと言うことはわかっているが――と言う考えもある。
 だが、そうすることによって『キラ』を『保護』できる名目になるのだ。
 結局は、自分は『ザフトの一員』としてしか行動できない。それが自分の選んだ結果だとはいえ、こう言うときに多少鬱陶しくなってしまう。
 そんなこととはまったく関係なく、キラを助けてやりたいと思っている自分に気がついてしまったのだ。
「急ブレーキを踏みます」
 しっかりと掴まっていて、と言うと同時に、ニコルは思いきりエレカのブレーキを作動させる。急な制動が、車体を軋ませた。
「……ぁっ……」
 事前に伝えられていたとは言え、これほどまでとは思わなかったのだろう。キラの唇から驚きの声がこぼれ落ちる。だが、さすがにコーディネイターだ。それで体をぶつけると言ったようなことはない。
 そのまま周囲に鳴り響く音と共にエレカが停止をする。
「キラさん!」
 同時にドアを開けたニコルがキラに呼びかけると共に車外へと飛び出した。その後をキラもついて行く。そうしなければ、彼が行おうとしていることの妨げになる、と言うことがわかっていたからだ。
 しかし、ここで別れた方がニコルのためではないか、ともキラは考えている。
 もちろん、そんな彼の考えはニコルにはお見通しだったらしい。
「後を頼みます」
 キラがそのままどこかに行ってしまわないように、とニコルはしっかりと彼の手首を掴んでいた。
「わかりました」
 どこからともなく現れた人物――もちろん、彼も共に進入してきたザフトの一員だ――がこう言いながらも、キラに不審そうなまなざしを向けている。
「ブルーコスモスに狙われていたところを助けてきたんですよ」
「そうですか」
 それだけで彼はとりあえず納得したらしい。
 二人と入れ替わるようにエレカの中に乗り込んでいった。
「キラさん、こちらへ」
 彼が走り出すのを待たずにニコルは移動を開始する。
 いくつかの角を曲がったところに、別のエレカがあった。それは先ほどまで自分たちが乗っていたものとは違い、個人所有のものだ。その事実に気がついたキラは、思わず足を止めようとする。だがそれにかまわずニコルは彼の体をその中に押し込んだ。
「出してください」
 そのまま、自分たちの姿が外から見えないようにと、キラの体を低くさせながら、ニコルはこう命じる。
「了解です」
 それに、先ほどの人物と同じ年代の相手が素直に従う。
 ゆっくりと走り出した事を感覚で認識しながら、キラは小さくため息をつく。
「……多分、大丈夫です。少なくとも、しばらくの間は。その間に、いろいろとお聞きして……ついでにここから逃げ出すための準備をしましょう」
 駄目だと言っても、絶対一緒に連れて行く、とニコルはキラに告げる。
「決して、あなたをもうブルーコスモスになんか利用させません」
 だから、自分一人で抱え込もうとするな、と。
「……ニコルさん……」
 そんな彼に、キラはどうしていいのかわからないと言うようにうつむいた。