「お前、本国に着いたらどうするんだ?」
 珍しくも全員がそろったパイロット控え室。
 そこで、各メンバーにOSの確認をしていたキラの耳に、ミゲルのこんな問いかけが届いた。
「どうする……と言われましても……」
 キラは困ったようなまなざしを向けながら言葉を口にする。
「……まだ、何も……」
 決まっていないのだ、実際。
 アスランを始めとした者たちからは『家に来ればいい』とは言われていることは事実。だがその好意に甘えていいものか、まだわからないのだ。
 強要されてたとは言え、自分がしてきたことは許されないことではないのか、と思う気持ちを打ち消せないと言うのも、その理由の一つだろう。
「いっそ、このままここに残らないか?」
 そんなキラに向かって、ミゲルがアスラン達が言いたくて、言ってはいけないと思っているセリフを口にした。
「ミゲル!」
「……何て言うことを……」
 アスラン達が慌てて彼の口を封じる。
 だが、キラの耳に彼の声はしっかりと届いてしまう。
「僕……」
 そうして欲しい、と彼らが思っていることには気づいていた。だが、それはまた自分が作ったプログラムが誰かを傷つけると言うことだろう。
 もちろん、今していることだってそうだ。だが、同時にそれはアスランやニコルを守るためでもある。だから、なんとかキラの中では妥協することができていたこともまた事実だった。
 しかし……と思う。
 今回はたまたま航海中に戦闘はなかった。
 だが、次に出撃するときは間違いなく『誰かが死ぬ』のだ。
「キラさん!」
 ニコルの腕が体を支えてくれるために回されたとき、キラは自分が震えているのだ、とわかる。
「気にしなくていいんです。家の両親は、キラさんが来てくださることを希望していますし……僕の代わりにいてくださると、僕も安心できますから」
 だから、ミゲルの言葉なんて、気にしなくて言い、とニコルは付け加えた。
「ニコル! 抜け駆けをするんじゃない!」
 次の瞬間、アスランがニコルを怒鳴りつける。
「そうだぞ! それなら、家の親だってかまわないって言っているからな」
「家もそうだな」
 それだけではない。ディアッカやイザークまでこう言ってきた。
「……ミゲル……お前なぁ……そのオコサマが戦争に耐えられる精神をしていると思っているのか?」
 マシューがあきれたようにこう言えば、
「なんなら、家でもかまわないぞ。家のガキは、お兄ちゃんが欲しいっていつも言っていたからな」
 とオロールまでこう言ってくる。
「あ……あの……」
 一変した周囲の雰囲気に、キラは思わず目を白黒してしまう。
 アスランやニコルに関しては、今まで同じようなセリフをいつも聞かされていた。だから、ある意味免疫ができていたと言っていい。しかし、イザーク達までこう言ってくるとは思わなかったのだ。
「と、みんなで言っているんです。ですから、誰に何を言われようとも、キラさんがザフトに入隊をする必要はありません」
 だから、そんなに震えるな、とニコルは囁いてくる。
「そうだぞ、キラ。今でもかなり無理をしているんだ」
 まずは心と体の傷を治すことが先決だ、とアスランも囁いてきた。
「……でも……」
「キラ……そうして無理をして……ドクターストップかけて欲しい? ミゲルの馬鹿の言うことに耳を貸さなくていい。それに、キラは今までに十分以上、ザフトに貢献しているんだ。誰も文句を言わない」
 それに、誰にも言わせない……と付け加えるアスランに、ニコルだけではなく、普段彼と反発しているイザーク達まで大きく頷いている。それに、キラはますます困ったような表情を作った。
「と言うわけで、キラは休憩しようね」
 なんの脈絡もなくアスランがこういう。
「アスラン?」
「いいから、いいから」
 言葉と共に、アスランはキラを引きずるようにしてパイロット控え室を出て行く。
「でも、アスラン」
 本当にいいのか、と問いかけるキラの耳に、ミゲルのものらしい悲鳴が聞こえたような気がしたのは気のせいだったであろうか。だが、キラにはそれを確かめることはできなかった。

「アスラン……おばさまは?」
 そう言えば、彼から彼女の話を聞いたことがない、とキラは問いかけてくる。それを耳にした瞬間、アスランは来るべきものが来たのか、と言うようにため息をついた。
 いずれ、この話題が出るとは思っていた。
 彼女の存在を思い出した、と言うことはキラの気持ちがかなり落ち着いてきたのだろうと。
 だが、真実を耳にした瞬間、キラはまた傷つくのではないかと不安でならない。
 それでも、いつまでも誤魔化すわけにはいかないだろう。他の誰かが何かの拍子でキラの耳にそれを吹き込まないとは限らないのだ。
「……キラ……何を聞いても、冷静でいられる?」
 それなら自分の口から、と思いつつも、それでも不安を隠しきれない。だから、追考問いかけてしまった。
「アスラン?」
 それでキラは、何か彼女にあったのではないか、と推測したらしい。その表情がこわばる。
「それを聞いた後、また食事を食べられなくなるとか、なんか、というのであれば教えられない。でも、現状を維持できる、というのであれば……」
 教えてあげる、とアスランは付け加えた。
「……知らないより、教えて貰った方がいいよね……」
 こう言いながら、キラはアスランの腕にすがりついてくる。その指が細かく震えていることにアスランはしっかりと気がついていた。だから、彼の言葉がある意味強がりだ、と言うこともアスランはわかっている。
「……約束だよ? でなければ、今していることを全てやめさせるからね」
 そして、そのままこの部屋に閉じこめるから、とアスランは言い切った。
「……わかった……約束する」
 これが宿題のこととか何かと言ったことなら、キラの言葉は信用できない。だが、重大だとわかっていることに関しての約束を、キラは破ったことはないのだ。だから、信用していいだろう、とアスランは思う。
「落ち着いて聞いてね」
 それでも、さらに念を押してしまうのは、この事実がキラにとって間違いなく衝撃だ、とわかっているからだ。
「……うん……」
 キラは小さく頷く。
 その体をアスランはさらに自分の方に引き寄せる。そして、キラの耳を心臓の所へと押し当てた。自分の鼓動が彼を落ち着かせてくれるのではないか、と思ったのだ。
「母上は……亡くなられた……あの日、ユニウスセブンにいたんだ」
 ゆっくりと冷静な口調を作ってアスランは真実を告げる。
 同時に、アスランはキラが大きく息を飲んだのがわかった。視線を落とせば、菫色の瞳が信じられないと言うように大きく見開かれている。
「だから、俺はザフトに入った……ナチュラルの全てが悪いとは思っていない。そんなことをしたらおじさま達まで悪い、と言うことになってしまうからね。でも、あの日、核を使った地球軍は許せない。だから……」
 そう言いながらも、アスランはキラの表情を観察していた。もし少しでもおかしい様子が見えたら、即座にこの話題は打ち切ろうと思ってのことだ。
 そのせいだろうか。
 あの日のことを思い出すたびに浮かんでくるあの耐え難い怒りが、今は感じられない。
「地球軍は徹底的に叩く……そして、ブルーコスモスも」
 もう二度と、あんな悲劇を繰り返さないために……
 そして、キラと同じような人間を作らないために、とアスランは囁く。
「アスラン……」
 キラの手がアスランの頬に触れてきた。
「ごめんね……その時、側にいて上げられなくて……」
 その唇がつづった言葉は、アスランが予想していないものだった。
「キラ?」
「一緒に泣いてあげられなくて、ごめんね」
 おばさまのために、とキラは付け加える。
「……馬鹿……」
 どう見ても、自分よりも彼の方が傷ついているはずなのに、とアスランは思う。
 考えてみれば、その時期はもう、キラは連中に拉致され、無理矢理協力をさせられていたはずだ。それなのに、キラは自分と一緒に悲しんであげられなかったと言うことを気に病んでいる。
 それがキラの性格だ、とはわかっていても、アスランはこう言わずにはいられない。
「だって……」
 キラが何かを言いかけた。
「でも、キラがそう思ってくれたと知れば、母上がよろこぶよ」
 自分のことをまだ忘れないでくれたと知れば……とアスランは口にして、キラの言葉を遮る。
「……戦争が終わってからでいい……一緒に、母上の墓に行ってくれるよね?」
 そして港付け加えれば、キラはしっかりと頷いて見せた。
「その日までに、キラはしっかりと体を治さないと駄目だよ」
 でないと、母上に怒られるから……とアスランは笑う。
「そうだね……おばさまに心配をかけちゃうものね」
「あぁ……そうだ。おじさま達も探さないと……」
 だから、未来だけを見つめて欲しい……と。こう囁きながら、アスランはキラの髪をそうっと撫でてやった。



アスラン、ワンポイントリードか。まだ、キラの方は幼なじみモードです。アスランは下心ありありだけど