「キラ!」
 クルーゼの訪問から1時間と経たないうちに、アスラン達4人がそろって顔を見せた。
「アスラン! ニコルさん、それにイザークさんとディアッカさんも……無事でよかった」
 キラがほっとしたようにこう呟けば、
「当たり前だろう? 俺たちがキラを悲しませるわけ、ないだろうが」
 即座にアスランがこう言い返してくる。
「そうですよ」
 ニコルも即座に言葉を続けた。
「他の方々も、今、診察を受けていただいていますが……ドクターの許可が出れば、直ぐにお会いできるよう、取りはからいますから」
 だから、何も心配することはないのだ……と言う彼に、キラは小さく頷いてみせる。
「これから早々に本国に帰還する。そうなれば、誰もお前らに手出しできないな」
 俺たちがさせない、と付け加えてきたのはイザークだ。その高慢とも取れる口調も、キラを安心させようとしているように思える。
「ありがとうございます」
 だからキラは微笑みを作るとこういった。
「キラ……心配させないと思うのはわかるけどな……それは逆効果だって」
 無理しているってわかるよ……とアスランがため息をつく。
「……アスラン……」
 その言葉に、キラが困ったような表情になる。
「そうやって本心を見せて貰った方が安心するんだよ、俺たちは」
 だが、アスランの方はそんなキラの表情の方がうれしいとはっきりと口にした。そうなのだろうか、とキラは思う。今までは、何を言われても我慢しなければならなかったのに……と。
「そっちの方が俺もいいと思うな」
 不安を色濃く映し出した瞳のまま、助けを求めるかのように視線をさまよわせれば、ディアッカが笑いながらこう言ってくる。
「でないと、俺たちにしてもお前が何を考えているのか、わからないからな」
 この言葉に、キラはさらに困ったような表情を作った。
「キラさん。ここにいるのはみんな、キラさんの味方です。何をしても怒るような人はいませんよ。無理を強いる人も」
 だから、本心を隠すことはないのだ、とニコルも声をかける。
「そうだな。多少のことなら、そこにいる二人が喜々として叶えてやるつもりらしいしな」
 イザークにまで言われては、キラは納得するしかないのだろう。だが、そんな彼らの言動とクルーゼのそれが微妙に異なっているような気がするのは気のせいだろうか。彼は、キラにOSを完成させるようにと、強要とは言わないが仕向けたのだ。
 一体、そのどちらが『ザフト』と言う組織の本質なのだろうか、とも思う。
 だからといって、目の前にいる者たちを信用できないわけではない。彼らを信用できなければ、誰を信用すればいいのか、とも思うのだ。
「……覚えておく……」
 キラはほとんどため息のような声でこう口にする。
「と言うことで、引っ越ししようね、キラ」
 次の瞬間、アスランが唐突にこんなセリフを言い出す。
「引っ越し?」
 どこに、とキラはアスランの顔を覗き込んだ。
「そう、俺の部屋。その方がキラもいいだろう?」
「すみません。本当はこのままここにいていただいた方がいいのでしょうが……保護してきた中に女の方がいらっしゃいましたので……」
 さすがに彼女を男性と一緒の部屋に入れるわけにはいかないだろう、とニコルが謝ってくる。
「そう言うことなら……」
 確かに、それは当然だろうとキラも思う。
 そして、頷きながら立ち上がろうとした。しかし、そのままバランスを崩すとアスランの腕に支えられてしまう。この部屋は治療の関係で弱いながらも重力がある。それすらも耐えられなくなっていたのか、とキラは愕然としてしまった。
「ほらほら。怪我の方はふさがったけど、まだ体力が戻っていないんだから無理をしないの」
 くすくすと笑いながら、アスランがキラの体を抱え上げる。
「アスラン!」
「大丈夫だよ。今のキラならニコルにだって抱えられるって」
 この言葉にキラは頬に血が上るのを感じてしまう。アスランはともかく、ニコルは自分とそう変わらない体格にしか見えないのだ。そんな彼にまで抱えられてしまうと言うのは、恥ずかしいとも思ってしまう。
「キラさんでしたら、大丈夫ですよ」
 さらにニコルがそれに追い打ちをかけてくれる。
「……僕……」
「いやなら、もう少し体重を増やすんだな」
 ニコルより軽いぞ、とイザークも笑う。
「ちょーっと喰わな過ぎだもんな、お前は」
 まぁ、当分出撃することはないだろうから、しっかりと喰わせるけどな……とディアッカも口にした。
「……お前ら……キラが困っているだろう?」
 そちらに関してはあまり無理させるな、と言われているだろう……と言いながら、アスランがため息をつく。
「食べた方がいいのは事実だけどな。でも、無理に食べて戻したら意味がないだろう?」
 ゆっくりと増やしていけばいい……とキラに微笑みかけるとアスランは移動を開始した。その後を、ニコルが付いてくる。彼の肩にはトリィが留まっていた。
「アスラン……あの……」
 通路には重力がない。ならば、今の自分でも移動ができるのではないだろうか、とキラは口にしようとした。
「気にするな。俺がこうしたいんだから」
 アスランのこの言葉の影に別の意図が見え隠れしているような気がしたのはキラの気のせいだろうか。だが、間違いなく彼は自分を話してくれる気はないらしい、と言うことはキラにもわかる。
「そういうことは、女の子にして上げればいいのに」
 ぼそっとキラが呟く。
 その瞬間、アスランだけではなくその場にいた者全員が複雑な表情を作った。
「何?」
 自分は何か変なことを言ってしまったのだろうか、と言うようにキラが小首をかしげる。
「……何でもない。気にするな……」
 アスランが一瞬の間を置いてこう言い返してきた。それはどこか彼にしては不自然な口調だと言っていい。その事実に、キラはますます困惑したように小首をかしげてみせる。
「気にするなって……」
「言うと、ふてくされるとわかっているのに、言えるか」
 さらにこう言われて、キラは今度はむっとしたような表情を作った。
「……さすが幼なじみ……」
 感心しているのかからかっているのかわからないディアッカの声がキラの耳に届く。
「少し悔しいですけどね。僕たちでは、キラさんにあんな表情をしていただけませんから」
 そして、どこか残念そうなニコルの声も。
「何なんだろう、本当に……僕の百面相なんか見てもつまんないと思うんだけど」
 小さなため息と共にキラはこう呟く。
「俺は楽しいけどね。昔みたいで」
 それにアスランは柔らかい微笑みと共に言葉を返してくる。だから、もっと見せて欲しいとも。
「他の連中には見せなくてもいいからね」
 だが、彼がこう付け加えた瞬間、非難の声が背後から飛んできたのは事実だった。
 それがどういう意味を持っているのか。キラだけがわからないという表情を作っていた。



アスランのキラ馬鹿ぶりと心の狭さが……いつものことですか、そう言えば(^_^;