肩に忘れかけていた重みを感じる。 「……大丈夫だよね、トリィ……みんな、無事で帰ってくるよね」 キラはこう呟きながら、そうっとトリィの頭を撫でた。その滑らかな感触が、キラの心に少しだけ温かいものを生み出してくれる。しかし、それ以上に不安が彼の中で満ちあふれているのだ。 「信じていないわけじゃないけど……」 人は些細なことで死に至るのだ。 そして、相手は『コーディネイター』を殺すことに何のためらいも持っていない。その事実をキラはいやと言うほど知っていた。いや、体に刻み込まれていた、と言うべきか。キラが生きているのは、単に、連中にとってまだ自分は利用価値があっただけのことなのだ。 これがアスラン達のように最初から『排除すべき存在』であれば、まったく容赦をしないだろう。 彼らがかなりの実力を持っていることは、アスランのそれからでも想像できる。 「でも、心配なんだ……」 些細なことでも人は死ぬものだ……とキラは知っていた。そして、自分たちが作り上げさせられたシステムについても。それが彼らを傷つけないとは言い切れないのだ。 「覚えている限りのことは教えたけど……あれから後、あいつらが変更しなかったって言い切れないし……」 何よりも、あの機体を連中があっさりと手放すわけはない、とキラは思う。 それを守るために、アスラン達に激しい攻撃を加えるのではないだろうか。 しかも相手はコーディネイターを『人間』とは思っていない。それこそ、害虫を退治するような気持ちであらゆる攻撃をしているだろう。 あるいは…… 「トリィ?」 暗い方向へと向かいかけていたキラの思考を遮ろうとするかのように、トリィが可愛らしい声を上げる。 「そうだね……こんな事を考えていちゃいけないんだよね……」 キラはこう言いながら、トリィへと視線を向けた。キラの視線を感じたトリィは頷くようにくちばしを動かしている。 「アスランがお前を直してくれてよかった……一人じゃ不安で……待っていられなかったかもしれないし……」 下手をしたら、ここを飛び出していたかもしれない、とキラは思う。そうすればアスランやニコルに迷惑をかけるとわかっていてもだ。だから、必死に衝動を抑えている。 「早く、みんな帰ってきてくれればいいのに……そうすれば、きっとこんな気持ち、消えちゃうのにね」 顔を見れば安心できる。 だが、もしもの事態になれば……彼らにあのデーターを渡した自分を殺したくなるのではないだろうか。あれを渡さなければ、彼らはこんな作戦を考えなかっただろうから、と。 「アスラン……ニコルさん……オロールさん達も、無事でいてください……」 祈るように呟くと、キラは瞳を閉じる。 「彼らは皆、無事だそうだよ」 その瞬間だった。今まで耳にしたことがない声がキラの聴覚を刺激してくる。慌てて視線を向けると、そこには顔を半分仮面で隠している男性が立っているのが見えた。 「あ……あの……」 キラは思わず身を縮めてしまう。 「すまない。驚かせたかな?」 そんなキラの反応に唇に苦笑を刻みながら、彼は言葉をつづる。 「まずは自己紹介をさせて貰おうか。私はクルーゼ、だ」 顔は知らなかったが、その名前には聞き覚えがあった。 「……アスラン達の隊長さん……」 確認するように口にすれば、クルーゼはそうだというように頷いてみせる。 「彼らは後少しで帰還してくる。もう心配がいらないようなのでね。君と少し話をさせて貰おうか、と思ったのだよ」 本当はもっと早くそうしたかったのだが、キラの状態が良くなかったようなので遠慮をしていたのだ、と付け加えながら、彼は流れるような仕草で備え付けのいすに腰を下ろした。 「すみません」 それほどまでに自分はこの艦の人々に迷惑をかけていたのか、と思って、キラは謝罪の言葉を口にする。 「謝られると困るな。悪いのは君ではないのだから。責められるべきは、我々を『人間扱い』していない者たちではないのかな?」 そんなキラの態度をどう思っているのか。それでもクルーゼは穏やかな口調でこう問いかけてくる。 「……かも、しれません。でも、今までお待たせしてしまったのは、僕のせいだと思いますから……」 自分がこんなに不安定でなければ、もっと早く、彼は顔を見せただろう。そして、アスラン達にしてもあれに関してもっとあれこれ聞きたいことがあったはずなのだ、とキラは思う。 「本当に君は……確かに皆が庇護欲をかき立てられても仕方がないのかな」 後半は何かを確認しているような口調で彼は言葉を口にする。 「……すみません……」 その言葉の裏に、彼らを責めているような響きを感じ取って、キラは再び謝罪の言葉を口にした。 「謝られても困るな。別段、責めているわけではない。むしろ、この状況ではありがたいかもしれない。ここしばらく、状況は降着していてね。部下達の中にも戦争の意義を見いだせなくなっている者たちがいた。だが、君たちのように、ナチュラルに不当な扱いを受けている人々を助け出せた。これは、皆の志気を高めてくれたからね」 そして、優秀な人材を失わずに住んだことも……とクルーゼは付け加える。 「僕、は……」 彼の言っていることは間違っていないだろう。だが、それだけではない、とキラには伝わってきた。 彼が自分に何を言わせたいのか。 その判断が付かないまま、アスラン達には言えないセリフを口にしていた。 「……でも、僕がしてきたことは……してはいけなかったことです。優秀だと思われなくてもたい。偽りの中でもいいから、僕は種族の違いを感じずに、平和に暮らしたかった……」 両親やナチュラルの友人達と共に……とキラは小声で付け加える。 戦争さえ起きなければ、あるいは可能だったかもしれない希望。あるいは、自分に彼らが欲しがるような才能さえなければ、とキラは瞳を伏せた。 あの場から、無事に帰された者たちもいたのだから、と。 「……それも一種の理想だろう。そして、それを君が望むのは当然だ、と言うこともわかっているつもりだ」 君は第一世代だからね……と彼は付け加える。ナチュラルであるご両親に愛しまれてきた……と。 「それでも、私としては君に協力をして欲しい。君たちが作らされてきたあの機体。そのOSを完璧なものにして欲しいのだよ。アスラン達の命を守るために」 キラにしても、こう言われることは予測できていた。自分が作るプログラムは、昔から『独特だ』と言われ続けてきたのだ。だが、とも思う。 「僕は、ザフトには入れません」 この世界のどこかで生きているであろう両親や友人達を裏切らないためにも、とキラはきっぱりと言い返す。 「わかっている。だから、この艦が本国へ戻る間だけでいい。それに、君にあれ触れて欲しいといわけではないのだよ。我が隊の整備の者たち。彼らが疑問に思うことに答えてくれればいいだけだ」 あるいは、アスラン達の……と言われてしまっては、キラは断るわけにはいかない。 「……その程度でいいのでしたら……」 両親やナチュラルの友人達と同じくらい、彼らも失いたくない存在なのだ。 「かまわないよ。アスラン達が戻ってきてから、整備の者たちを紹介させよう」 クルーゼは柔らかな笑みを口元に浮かべる。 「そう言えば……オロール達が報告をしてきた。君のご両親は、君が行方不明になったとき、即座に捜索願を出していたと……ただ、その後でヘリオポリスから他の地へ移住している。ブルーコスモスの圧力がかかった、と見るべきなのだろうが……なくなられてはいないと思う」 いずれ、探し出せるだろう……そう付け加えながら、クルーゼは腰を上げた。 「その間、少しでも我々が君の傷を癒せる場を提供できればいいのだが」 こう言い残すと、クルーゼはそのまま部屋を出て行く。そんな彼の背を見送りながら、これもまた、指揮官として計算された言動なのだろうか、とキラは思う。 「それでも、嘘だとは思えないし……父さん達が生きているなら……きっと、会えるよね」 希望、がキラの中から『死にたい』と言う気持ちを薄れさせたのは事実だった。 今回はちょっと悪役風味のクルーゼ隊長。やっぱり、最終回近くを見てしまったからでしょうねぇ |