耳の側を銃弾が通り抜けていく。
「連中が素直に渡してくれるとは思っていませんでしたけどね」
 だからといって、自分たちが怪我をするわけにはいかない。そんなことになれば、間違いなくキラが悲しむ。自分と出会ってしまったことを……とニコルは思いながら、手にしていたハンドガンの照準をブルーコスモスの射撃手へと向けた。
 だが、彼が引き金を引くよりも早く、相手の体が後方へとはじき飛ばされる。
「ニコル! お前は早くそれを!」
 そう言いながら、味方の一人が目の前の機体を指さした。
 これに関しては、ミゲルを含めた自分たちにしか扱えない。それ以外の者にパスワードを教えることをクルーゼが許可しなかったからだ。自分たち4人であれば、キラは納得するだろう。そして、自分やオロールが信頼しているミゲルであれば、キラの不安は解消できるだろう、と言うのが彼の判断だったのだ。
 クルーゼまでがそのような配慮を見せるとは思わなかった。
 だが、厳しいだけではない、クルーゼがたまに見せる優しいとも言える配慮が自分たちに彼を信頼させていると言うこともまた事実だ。
「わかっています!」
 彼に叫び返すと、ニコルは意識を敵から彼らが撃っている弾丸の方へと向ける。
 どのような銃であれ、装弾されている弾丸が無制限にあるわけではない。
 それが途切れる一瞬は必ずある。それがどれだけわずかな一瞬でも、コーディネイターである自分たちには十分だ。そして、誰か一人でも機体に辿り着けば、全てが上手く行くだろう。
 ニコルは冷静に、その瞬間を待ち続ける。
 そして、その瞬間は訪れた。
 自分が進むべき方向の弾幕が途切れる。
 意識がそう認識するよりも先に、体のほうが動いてきた。
 ニコルは一気にコクピットまで駆ける。そして、そのままハッチの中に体を滑り込ませた。
 ハッチの周辺に銃弾が集まる。
 それを遮断するかのように、ニコルはハッチを閉じた。
「……これで、時間は稼げますね……と言っても、手早くしないといけないのは事実ですが」
 一機とはいえ、ザフトの兵士が機体に乗り込んだのだ。その分、他の者への攻撃が激しくなるに決まっている。彼らの安全を考えれば、少しでも早くこの機体のOSを立ち上げ、連中に対する威嚇に使わなければならない。
 ニコルはそのための操作を始める。
「キラさんにあらかじめパスワードを教えていただいていなければ……不可能でしたね、これは」
 目の前を流れていく文字を見ながら、ニコルは呟く。
 それだけ、高度なプログラムだと言っていい。
「……それだけ、信用していただいている、と言うことなのでしょうね」
 ロックのためのプログラム――しかも、キラの話では応急的に作ったものらしい――でこれだけのレベルなのだ。かなりの時間をかけて開発されたと思われるOSはどれほどのものなのだろうか。
 それを確認するために、次々と要求されるパスワードを打ち込んでいく。
「これで……最後ですね」
 最後のパスワードを打ち込んだ瞬間、コクピット内に灯りがともる。同時に、全てのシステムが立ち上がった。それは、まさに『目覚めた』と言う表現がふさわしいのではないだろうか。
 目の前に映し出される外部でも、多くの者たちが驚きの表情を作っている。
「OSをチェックさせていただくのは後ですね」
 今はアスラン達が他の機体を無事に奪取できるよう、フォローすることが先決だ。もしOSに不具合が出たとしても、その場で修正を行えばいい。ニコルはそう判断をすると、ゆっくりと機体――ブリッツを起こした。
「まずは……あの方々に退いていただかなければならないですね」
 威嚇をするのには何がいいだろうか。
 キラから見せて貰った機体のデーターを思い出しながら、ニコルは次の行動を決断する。
 頭部に設置されているるイーゲルシュテイン。それをブルーコスモスの者たちがいる場所へ向けて連射をした。その瞬間、男達はバラバラと逃げ出す。
「今のうちに、他の機体も!」
 機体を立ち上がらせながらニコルはそう叫ぶ。
 周囲を確認すれば、どうやらアスラン達も既にコクピット内に乗り込んでいるらしい。ハッチは閉められていた。
「……後は……必要なものを確保して……ここの施設とデーターを破壊すればいいだけですね」
 そうすれば、ブルーコスモスにしても直ぐに次の機体を開発することはできないだろう。データーのバックアップがない、とは思えないが、それでもヘリオポリスからこの工場がなくなればキラの気持ちは楽になるに決まっている。
「早々に終わらせて、帰還しましょう。キラさんを安心させて上げさせるためにも」

 同じ頃、アスランもまた自分に割り当てられた機体の中でOSのロックを外していた。
「……お前は、本当に……」
 どれだけの才能をその細い体の中に秘めているのか……と口の中だけで付け加える。そして、別れてからどれだけ実力を伸ばしたのか、と。
 キラ個人を知るものとしては、ほめるべきことなのだろう。だが、それだからこそ、ブルーコスモスに目をつけられたのか、と思えば腹立たしいとも言える。
「そんなこと、本人には言えないがな」
 言えば、キラのことだ。また自分を責めるに決まっている。そして、その結果、ようやく回復の兆しが見え始めた体調が一気に悪化する可能性すらあるのだ。
 そう言うところは昔から変わらない、と思う。
 全て『自分のせいだ』と思ってしまうのだ、キラは。
「……キラのせいじゃないのにな」
 第一世代に生まれたのも、そして、プログラミングに関して優れた才能を持っているのも。悪いのは、それを本人が望まない形で利用しようとする者たちだ。
「でも、キラは俺の側に戻ってきてくれた……だから、俺が守る」
 それが例え『ザフト』であろうとも、キラが望まないことだけはさせない、とアスランは付け加える。
「キラだけが……俺に残された大切なものなんだ」
 まだ彼に伝えていない。
 自分の母が、あの《血のバレンタイン》で死んだという事実。
 それは、彼女を慕っていたキラにとって耐えられない衝撃であろうと言うことはわかっていた。いずれ伝えなければならないとわかっていても、今は駄目だ。
「キラが落ち着いて、心の傷がもう少し癒されてからでないと……」
 その第一歩が、これらのMSを連中の手から奪還することだろう。これを使わない、とは言い切れない。だが、何の罪もない相手を傷つけることに使わない、と言うことだけは事実だ。そして、それでキラに納得して貰いたいと思う。
「もう誰にもお前を傷つけさせないから……」
 だから許して欲しい、とアスランは心の中で付け加えた。
 その時、OSのロックが外れる。
 同時に、機体が目を覚ました。
「……これで、まだ未完成だ……というのか、キラは」
 ゆっくりと機体――イージスと名付けられたそれを起こしながら信じられないと言うようにアスランは呟く。
 自分たちが今まで使ってきたジンに比べ、反応速度も基本動作も段違いに速い。そして、何よりも扱いやすいと思ってしまう。それなのに、キラはこれがまだ未完成のOSだ、と言っていたのだ。
「あるいは……ナチュラルにとっては……と言うことか?」
 基本的な身体能力がコーディネイターとナチュラルでは違いすぎる。アスラン達コーディネイターにとってこれ以上ないほどのものだとしても、ナチュラルでは扱いきれないという可能性は否定できないだろう。
「だったら、自分たちで作れば良かったんだ……キラを巻き込まずに!」
 ともかく、さっさとここを破壊して、帰還しよう……とアスランは心の中で付け加えた。
 ここの存在はキラにとって苦痛でしかないらしい。
 そして、自分たちの不在がキラに不安を与えていることもまた事実だ。
 その二つを解消してやれば、キラの気持ちは少しは安定するだろう。後は、体に刻みつけられた傷を消してやれば、少なくとも目に見えるものはなくなるはず。
「直ぐに戻るから……」
 だから、待っていてくれ……といいながらアスランは微笑む。
 しかし、直ぐに表情を引き締めるとあらかじめ打ち合わせていたとおりの行動を開始した。



戦闘シーン、苦手なのに……何で書いてしまうのでしょうねぇ。自分でもわかりません。