ブルーコスモスが開発したMSの奪取は、即座に決定された。もちろん、それを行うのは自分たちだ。 それを完遂できるだけの自信もある。 「でも、キラさんにはお辛いだけかもしれませんね」 ようやく落ち着きを取り戻し始めた彼に顔を見せるために、艦内を移動しながらニコルは呟く。 「悪い情報ばかり、と言うわけでもないのですけど……」 オロール達から先ほど連絡があったのだ。キラと共に拉致された者たちを数名、保護したと。自分たちがMSの奪取を行うと同時に、彼らも救出をする手はずになっていた。 「……キラさんは喜んでくれるでしょうか」 数名とはいえ、仲間達が生きていたことを……とニコルは口にする。彼なら絶対よろこぶだろうとわかっていたのに、こう呟いてしまうのは、自分がキラの喜んだ表情を見たいからかもしれない、と心の中で付け加えた。 「まぁ、そう思っているのは僕だけじゃないようですし」 勤務の合間に、アスランはもちろん、他の二人までちょくちょくキラのもとへと顔を出していることをニコルは知っている。だが、人見知りが激しいのか、キラが笑みを見せるのは今のところにこるとアスランの前だけだ。それが誇らしいというわけではない。だが、幼なじみのアスランだけではなく自分にも心を開いてくれていることは純粋に嬉しい、とニコルは思う。 そんなことを考えながら、ニコルはキラがいる部屋の前へと辿り着いた。 「キラさん、お邪魔します」 端末から断りの言葉をかければ、直ぐにキラの声が返ってくる。それを耳にしてから、ニコルはドアを開けた。 「……来ていたんですか、アスラン」 その瞬間、視界の中に飛び込んできた同僚の姿に、ニコルは思わずこう呟いてしまう。 「いけなかったか?」 微かに刺を含んだ声が返された。 「アスラン!」 即座にキラが彼をたしなめるかのように彼の名を呼ぶ。 「違います……単に、忙しいかと」 思っていたのだ、とニコルはニコルで告げた。 「そうなの?」 この言葉に、キラも心配そうな口調で問いかけてくる。 「作戦前だからね……でも、今はニコルと同じで休憩時間だから安心していいよ、キラ」 ふわっと微笑むと、アスランは言葉を口にした。 「それに、トリィが直ったからね。キラも、直ぐに会いたかったかな、っと思ったんだよ」 違うの、と問いかけるアスランにキラは一瞬困ったような表情を作る。それでアスランの仕事に支障が出ればまずいと思ったのかもしれない。だが、直ぐに思い直したかのように微笑むと頷いて見せた。 そんなキラの前に、アスランは制服の下からトリィを取り出すと差し出す。 『トリィ』 キラの顔を認めた瞬間、それは可愛らしい声を上げた。同時に、キラの微笑みが深くなる。 細い指が差し上げられれば、トリィがアスランの手から舞い上がった。そのままキラの指に留まると、再び可愛らしい声を上げる。 「……で、ニコルはどうしたんだ?」 そんなキラの笑顔に目を奪われているニコルの耳にアスランの声が届いた。 「あぁ、そうでした。さっき、オロール達から連絡がありまして……キラさんと一緒に逃げ出された方々を数名、保護したそうです」 慌てて、ニコルはここに来た目的を口にする。 「本当ですか?」 ニコルが予想していたとおり、キラの声に喜びが滲んだ。 「はい。彼らが帰還するときに一緒にこちらに……ですから、明日にはお会いになれますよ」 ニコルはそんなキラに微笑みを向けると頷いてみせる。 「……よかった……生きていてくれた人がいて……」 キラの瞳に涙が浮かび上がった。 「キラ、泣くんじゃない」 それに気づいたアスランが慌てて手を差し伸べると、それをぬぐってやろうとする。 「だって、嬉しいんだもん」 トリィも帰ってきたし、生きてきてくれた人たちもいたから……とキラは付け加えた。その口調は、どこか幼げだ。 「キラさん、その涙は皆さんがこちらにおいでになるまでとっておいて上げたほうがよろしいのでは?」 それもまたキラの心に付けられた傷のせいなのだろうか、と思いながら、ニコルはこう声をかける。 「そうだぞ、キラ。ちょっと興奮させすぎたか? もう、休んだ方がいい」 言葉と共にアスランはキラの体をそうっとシーツの上に横たえた。 「トリィが一緒にいれば安心だろう? ゆっくり眠れ。そうすれば、明日はもっと体調が良くなっているだろうし、他にもいろいろと終わっているよ」 そうすれば、キラを苦しめるものはなくなる……とアスランが何気なく付け加えたときだ。 「ヘリオポリスをどうするの?」 だが、それは逆効果だったらしい。キラは体を起こそうとしながらこう問いかけてくる。慌ててアスランがキラの肩を押さえた。 「落ち着いて、キラ!」 「大丈夫ですよ、キラさん。民間人の方々が住む場所には何もしません。ただ、ブルーコスモスの基地をそのままにして置くわけにはいきませんでしょう? それだけです」 そして、キラ達が作らされたMSも……と言う言葉をニコルは飲み込む。 「俺が、何かをすると思ったのか?」 アスランが苦笑を滲ませながらキラの顔を覗き込んだ。 「民間人には決して被害を出さない。ニコルも保証してくれるよ、それに関しては」 な、と言いながら、アスランはニコルへと視線を移す。その瞳の奧にニコルは『キラに余計なことを言うな』と言う意思を見いだす。 「アスランの言うとおりですよ。心配なさらないでください」 それに答えたわけではない。だが、キラを心配させたくないと思うのもまた事実……ニコルはさらに笑みを深めるとアスランが望んでいると思われる言葉を口にした。 「本当?」 それでもまだ信じられないのか、キラはさらに問いかけてくる。 「えぇ。もし、アスラン達が何かをしようとしても、ちゃんと僕が止めますから」 信用してください、とニコルがさらに言葉を重ねれば、ようやくキラは納得したようだ。 「……キラ……俺よりニコルを信用するわけ?」 むっとしたような口調でアスランがぼやく。 「だって……昔から、アスラン、僕のこととなると暴走するじゃない。大丈夫だっていっても、仕返しに行ったり、とか」 だから、心配だっただけ……とキラに言い返された瞬間、アスランが明後日の方向を向いた。どうやら、彼にも覚えがあるらしい、とニコルはそんなアスランの表情から推測をする。 「本当にアスランは……キラさんのこととなるといきなり人間らしくなりますね。見ていて安心します」 そして、ついこんなセリフを口にしてしまう。 「ニコル!」 アスランがそんなニコルを怒鳴りつける。 「……アスランってば……本当に昔と変わっていないんだ……喜ぶべきなのかな、僕」 だが、キラのこの言葉でアスランは怒りを持続させられなくなってしまったらしい。 「悪かったね……でも、キラのことだからだよ」 だから、これ以上心配させないでくれ……とアスランに言われて、キラは素直に頷いた。 「キラさん、ゆっくりお休みくださいね。作戦が終わって、時間が取れるようになったら、リクエストしていただいたとおり、曲を弾いて差し上げますから」 ニコルが微笑みかければ、キラは微笑み返す。そして、そのままゆっくりと瞳を閉じた。 「お休み、キラ……また後で顔を出すから」 そんなキラの髪をアスランはそうっと撫でる。それに答えるかのように、キラの唇から大きなため息がこぼれ落ちた。 「ニコル?」 「えぇ」 アスランの促しに頷くとニコルは部屋から出る。その後をアスランも付いてきた。 「……作戦、成功させないとな……それで、キラの気持ちが少しでも楽になるなら……」 「そうですね。キラさんにはもっと笑っていただきたいですし」 その想いだけは間違いない。その後のことはその後で考えよう、とニコルは心の中で付け加えた。 とりあえず協力をすることに決定らしいですね。もっとも、内心はどうだか(^_^; |