部屋に戻ると同時に、アスランは持ち込んでいた工具を取り出す。そして、ディスクの上に壊れたトリィを置いた。
「アスラン……必要なものはありますか?」
 そんな彼の耳に、一緒について来たニコルの声が届く。
「多分、道具はここにあるだけで足りると思うんだが……あぁ、データーをバックアップするのにメモリーカードが欲しいか。キラのプログラムは一種独特だからな。一体どうなっているか……」
 トリィのメモリーにしてもかなりの容量がある。だが、幼年時代に作ったキラのプログラムを知っているアスランとしては、その中に圧縮されている量がおそらく尋常でないのではないか、と言う予感があった。
「わかりました」
 それをニコルが知っているわけがない。だが、彼は気軽に行動をする。
「……キラが来てから、俺たちの間の空気が微妙に変わってきたような気がする」
 トリィを分解しながらアスランは呟いた。
 ニコルはもちろん、イザークやディアッカも協力的なのだ。
 そんなことは今までになかったと言っていい。これもまた、キラのおかげなのだろうか。
「あいつがあんなに傷ついていたから……だから、だろうな。あいつらも、なんだかんだ言って、弱いものには優しい」
 キラが傷ついた原因に怒ったとして当然なのだ。
「わからないのは、ニコルだな……確かに、あいつはどちらかというと俺と仲が良かったが……」
 間違いなく、彼を動かしているのも《キラ》の存在だ。だが、それはアスランの幼なじみの彼のため、と言うのとは違う。かといって、イザーク達のそれとも違うだろう。
「……要注意、なのか……」
 呟きながら、アスランはトリィの外装を外した。その瞬間、内部の損傷がはっきりとわかる。どうやら、頭の部分にあるメモリー関係は無事なようだが――でなければ、キラの努力が無駄になるだろう――胴体部分にある駆動系はそのほとんどが損傷を受けている。誰かが堅いものでたたきつぶしたのでは、とアスランは思った。
「キラを守ろうとしたのか、お前は」
 俺の代わりに。だから、こんな風に破壊された。そして、キラの心に傷を作ったのかもしれない。そんなことを考えながら、手早くメモリーと自分のパソコンをケーブルでつなぐ。そして、キラが教えてくれたパスワードを打ち込んだ。
 次の瞬間、パソコンのモニターの上をものすごい勢いでデーターが流れていく。
「だったら、お前の努力に報いないとな、俺は……キラは、俺が守る」
 誰にもその役を譲るものか……とそれを見ながら小さな声でアスランは呟く。
「しかし……相変わらず怖いくらいだな、キラのプログラムは」
 その量は、本来であればとてもトリィのメモリーにはいるはずがないものだ。しかも、自分が組み込んだトリィのプログラムはそのまま存在している。つまり、逆に言えばそれだけの大きさに圧縮されていた、と言うことだろう。しかも、パスワードを打ち込めば自動で展開するようにして、だ。それなりの実力がある、と思っているアスランでも、とてもそんなプログラムは組めない。
 だから、キラは……とアスランが小さく嘆息したときだ。
「アスラン、お待たせしました」
 ニコルが戻ってきた。いや、よくよく見ればニコルだけではない。何故かミゲルまで付いてきている。
「何でミゲルも一緒なんだ?」
 アスランの問いかけに、ニコルが苦笑を浮かべた。
「キラさんのデーターに、隊長が興味を示されて……」
「本人は動けないので、代わりに俺が見に来ただけだ」
 それとも、隊長に覗き込まれながら作業をしたいのか、と言われてアスランは別に、と答える。
「と言っても、既に展開は終わっているから……メモリーカードにコピーを取るだけだぞ」
 その前に確認したい、と言う気持ちは同じだが、これだけの量となると……と思わずにいられない。
「……本当にそれだけの量がそのペットロボットのメモリーに入っていたのか?」
 展開し終わったデーターの大きさを確認して、ミゲルが感心したように呟く。
「キラ、でなければ不可能だ」
 子供の頃から、この程度のことは平然としていたのだ、とアスランは彼らに説明をする。
「だから、狙われた……と言うわけですね」
 子供の頃からそれだけの才能を持っていると知られていたから、キラは狙われたのか、とニコルが呟く。その声には怒りが滲んでいる。
「キラさんは、どう見ても戦いに関わるのは向かない方ですのに」
 キラと過ごした数日間の間に、ニコルはしっかりとそれを感じ取っていたらしい。そして、同時にこれはミゲルに対する牽制だろう、とアスランは思った。彼――だけではないだろう――は既に、何とかキラを説得できないか、と考えているようなのだ。
「自分が作ったプログラムが、誰かを傷つける……と考えただけで、生きていることに罪悪感を覚えてしまう性格だからな、キラは」
 キラを戦争から切り離す、その一点においてはニコルの存在は有益だ。それは間違いない、とアスランは心の中で呟く。だが、自分たちの間に割って入ってきそうな彼に、アスランはいらだちを感じてしまう。実際、キラはニコルに信頼感を抱き始めているようなのだ。
 それは、先ほどの彼の様子からも伝わってきている。
 もちろん、純粋な好意や友情までシャットアウトする気はない。そうすれば、結局、キラを拉致したブルーコスモスと同じことを自分がすることになってしまうだろう。だが、キラの中で一番の存在は自分であって欲しいのだ、とアスランは心の中で呟く。そして、その地位を誰にも明け渡せないとも。
「……しかし、連中……これを誰に操縦させるつもりだったんだ?」
 表示されていた部分だけにざっと視線を走らせたミゲルが、あきれたような口調で言葉を吐き出す。
「確かに、ジンやシグーに比べてもかなり扱いやすくなっているが……結局はコーディネイターの反射神経がなければ無理だぞ……それとも、それを持ったナチュラルがいる、とでも言うのか」
 まさかな、と呟かれた言葉に、アスランはようやく意識を目の前の現実に戻す。
「噂で聞く《エンデュミオンの鷹》と言う可能性は?」
「だからといって、5機も使えないだろうが。それに……後3機だろう?」
 キラが作ったらしいOSを搭載された5機の他に、設計図のみの機体が3機分、データー内には存在している。その事実に、ミゲルは眉を寄せた。
「……だが、ナチュラルにこれを使える人間がいて、なおかつ実戦に投入される、となるとかなり、いや思い切り厄介だぞ」
 それぞれの機体が持つ特性。  そして、それらのポテンシャルを最大限にまで引き出せるOS。
 それらを総合すれば、ザフトが開発したそれらよりも高性能である可能性は否定できない。
 何より、ナチュラルのほうがどうしても絶対数が多いのだ。本格的に投入されてしまえば今の膠着状態は簡単に覆されるだろう。
「そうなる前に、貰ってくるか……」
 どう考えても、自分たちのほうが有効に使えるだろう……とミゲルが目を細める。
「キラさんが、悲しみますね」
 結局、自分が作ったもので誰かが傷つくことは変わらないのだから、とニコルが呟きを漏らす。
「キラは……わかっている。多分、ニコルと俺がいなければ、このデーターは隠したままにするつもりだったんだろうな」
 しかし、キラはニコルがそう簡単に誰かを傷つける人間でないと判断したのだろう。そして、ここで自分と再会した。彼が覚えている自分は、戦争を嫌っていたこともまた事実だ。実際、あのことがなければ、父に何を言われようとザフトに入隊することなどなかっただろう、とアスラン自身思っている。
 だが、それを今のキラに伝えることができない。
 事実はあまりにも衝撃が大きすぎるから……
「そうですね……」
 オロール達のこともあるかもしれませんが、とニコルは控えめに口にする。
「ザフトがむやみやたらに他人を傷つけるようなことはしない。そう信じていただけたのだと思います……キラさんを保護してから脱出するまでの間で」
 だから、と付け加えるニコルに、アスランは頷いてみせる。
 だが、同時に、その数日間が恨めしいとも思ってしまう。
 そんな自分に嫌気が生じていたこともまた事実だ。
「ともかく、これを分析に回して……隊長の判断を仰ぐか……その間に、キラの体調も良くなるだろうし、上手く行けば、トリィの修理も終わっているかもしれないからな」
 全てのことは、それが終わってから考えればいい。アスランはそう判断をすると意識を切り替えることにした。



ニコルをライバル認定してしまいましたねぇ、アスラン。でも、まだ理性のほうが強いか(^_^;