キラを包み込んでいた雰囲気が、ほんの少しだけ変化した。その事実にほっとしていたのはアスランだけではない。初めてあったというのに、他の二人も同じ思いだった。 「……やっぱり、許せねぇな……」 キラの言動があれほどまでに痛々しいのは、間違いなくブルーコスモスのせいだろう。そんな連中にまで慈悲をかけてやりたくない、とディアッカが呟く。 だが、自分よりも一層怒りをかき立てられているのはイザークだったらしい。その感情がびしばしと伝わっていた。むしろ、自分たちのように露わにしないだけ恐ろしいのではないか、とまで思う。 「……トリィ、壊れちゃった……」 キラが幼いとも言えるような口調でこう告げる。 「大丈夫。俺が直ぐに直して上げるから……ね」 そんなキラに『心配いらないから』とアスランが微笑みかけているのがディアッカ達からも見えた。 「トリィの、メモリー……いじっちゃったんだ……ごめん」 「だから、キラ。気にしなくていいって」 一体何をこだわっているのだろうか……とアスランでなくとも思う。彼にとってそれが大切なものだと言うことは、ニコルとアスランの言葉からも十分伝わってきていた。だが、それにしては何か引っかかる。 「……データー……隠したの……」 僕が開発した……と吐息が付け加えた。次の瞬間、キラが口にした言葉に、誰もが息を飲む。 「そんなの、トリィに入れたくなかったんだけど……後、隠せるところがなかったから……」 ごめん、とキラは再び呟く。その瞳にみるみる涙があふれてきた。 「馬鹿……そんなことで、謝るんじゃない」 いくらでも直せることだろう? そう言いながら、アスランはそうっとキラの体を抱き起こす。そして、自分の体に寄りかからせるようにして抱きしめた。 「それに……それがあれば、俺たちが楽になるのも事実だし……ヘリオポリスへの余計な攻撃をしなくてもすむ」 キラがしたことは間違っていない、とアスランはさらに付け加える。 「アスラン……」 それに安心したのだろうか。キラは小さくため息をつくとアスランの肩に自分の頭を預ける。そして、そのままその印象的な瞳を青白いまぶたで隠した。そんなキラの髪を、アスランはそうっと撫でてやる。 「キラ」 「何?」 「パスワードを聞いてかまわないか?」 何の、とアスランは言わない。だが、それでもキラにはわかったらしい。 「……おばさまが好きだった花の花言葉」 キラの唇が、ほんの少しだけためらいながら言葉をつづる。 他の人間が聞いてもわからないそれも、アスランにだけは通じるのだろう。そう、と彼の唇が動く。 「……あいつら、俺たちがいることを忘れているわけじゃないだろうな……」 ぼそりっとイザークが呟いた。 「アスランの方は忘れていないと思うぞ。あれは、ある意味牽制かもな」 キラに手を出すな、と言う……とディアッカが笑いを含んだ声で言葉を返す。 「別段、手を出すつもりはない」 「賛成。守ってやる、と言うことは否定しないけどさ」 保護してやりたいし、今見せつけられたキラの傷を癒してやりたいとも思う。だが、それは――言うなれば兄が弟を守ってやりたいと思う感情に似ているのではないだろうか。 そして、それはある意味、アスランが見せている感情とは似て非なるものだ。 「第一、そういうことはニコルの前でやれよな」 今席を外しているもう一人の年下の同僚は、間違いなくアスランと同じ感情を彼に向けている。その事実にディアッカは気づいていた。 「……とばっちりはごめんだな」 「逃げ込める場所にはなってらないと、まずいんでねぇ?」 でないと、あいつの傷はさらに広がるかもしれない、とディアッカは付け加える。 「少しは抑えればいいものを……」 二人とも、とイザークはため息を吐き出す。 「アスランの方はわかるけどな。話を総合すると、音信不通だったんだろう? かなり仲が良かったにもかかわらず」 だから、最初から飛ばしていても仕方がないんじゃねぇの、とディアッカは一応フォローしてやる。 「ニコルにしても……本人があれじゃ、な。納得できるつうか……俺だって、あいつの立場だったらやばいって」 間違いなく彼らと同じように何においても『キラ』を守ることを優先しただろう、とディアッカは思っていた。 「……キラ、眠いなら寝ていいよ」 そんな二人の会話が耳に届いていないわけではないだろう。だが、気にすることもなくアスランはキラに囁いている。そんなアスランの声に、キラは首を横に振って見せた。 「でも、本当に熱いよ、キラ。安心したからかな?」 ちゃんと治療して貰わないとね……とアスランは小さくため息をつく。 「本当に、キラは直ぐに無理をするんだから」 そしてこう言ったときだ。ニコルがドクターを連れて戻ってきた。 「キラ。ドクターが来たからね」 だから、横になろう……と言いながら、アスランは彼の体を再びシーツに横たる。そして、ドクターのために場所を空けた。 彼が診察のためにキラが身にまとっている治療衣に手をかけたときだ。反射的にキラがそれを拒む。その理由が先ほどキラを診察した彼にはわかったのだろう。 「悪いが、彼を刺激する可能性がある。出て行ってくれたまえ」 きっぱりとした口調でアスラン達に命じる。 他のことであれば、抗議の一つもしたいところだろう。アスランはそんな表情をしている。だが、キラが自分の体を見られたくないのだ、と言うことも彼はわかっていたらしい。 「わかりました……それが終わってからなら面会は可能ですか?」 それでも、キラと離れたくないのだ、と言うかのようにこう問いかける。 「彼の容態次第だが……大丈夫だろう」 この言葉に、アスランだけではなくニコルもほっとしたような表情を作った。 「キラ……また後で顔を出すから」 いい子にしていろ、とアスランが口にすれば、キラは小さく頷いてみせる。 「ゆっくり休んでくださいね」 負けじとニコルも声をかけた。そんな彼に、キラは安心させるように微笑んで見せた。それに満足したのだろう。二人はそのまま医務室を後にする。当然、ディアッカ達もその後を追いかけた。 背後でドアが閉まる。 次の瞬間、アスランの表情が一変した。 「……MSのデーター……か……」 そして、吐き捨てるようにこう告げる。 「キラさんが作らされていた、ですか?」 一人だけその話を耳にしていなかったニコルが問いかければ、 「あぁ……トリィの中に隠した、と言っていた。そんなこと、気にすることないのにな……本当は、側に置くことだっていやなんだろうに」 それでも、自分自身が作ったものを捨てられなかったのか。それとも、最初から《ザフト》に渡すつもりだったのか。キラはそれを持ちだしていた。 「ありがたい、というのは事実だがな。それがあれば、こちらの行動が楽になる」 ディアッカのこの言葉に、アスランの表情がますます不機嫌そうになっていく。 「否定はしない。だが、俺としてはそのせいでキラが苦しんだと思えば、今すぐにでも消去してやりたい気持ちだよ」 もっとも、それではキラの努力が無駄になるから……とアスランは自分に言い聞かせるように告げた。 「……それがあるのでしたら……隊長にお見せした方がいいでしょうね。それで、その機体、奪取するかはかいするかお決めになるでしょうから」 ニコルが穏やかな口調を作りながら言葉を口にする。その言葉の裏に、さっさと物事を終わらせてしまえ、と言う声が聞こえたのはディアッカの気のせいだろうか。 「そうだな。あいつにとって大切なものなんだろ、それ。だったら、さっさと気にくわないデーターを取り出して、それから消去してやれって」 でもって、さっさと直すんだな、とディアッカが提案をする。 「そうするか……だが、隊長には」 「俺が連絡をしておいてやる。お前はさっさと作業に取りかかれ」 アスランに、珍しくもイザークが手助けをしてやると言い切った。それに対し、普段なら一悶着あるところだ。だが、今はその申し出はありがたいと思ったのだろう。 「わかった……データーの吸い出しは直ぐに終わると思う」 それからだな、全ては……と言うアスランの言葉に、4人の体に緊張がみなぎり始めた。 とりあえず、イザークとディアッカは保護者の地位に落ち着きそうですね…… |