久々に戻った自分の執務室は、どこかよそよそしい。 「さて……彼等のことだから心配はないと思うが」 だが、絶対と言うことはない、と言うこともわかっている。それでも、自分は軍人ではないのだから、戦場では何もできることがないのだ。 「まぁ、何かあってもクルーゼがいるから、何があっても対処できるだろう」 彼だけではなく、以前の戦争を経験した者達も多くいる。 なら、自分は自分がなすべきことをしようか、とデュランダルが書類に手を伸ばしたときだ。 「失礼するわよ!」 言葉とともに乱入をしてくるものがいた。 「エザリア様? いかがなさいました?」 どうせ、キラのことを聞きに来たのだろうが、もう少しタイミングを考えて欲しかった……とデュランダルは心の中で呟く。 「本当はシーゲル達も来るはずだったのだけどね。ちょっと、厄介ごと片づかなくて、私だけ来たのよ」 しかし、彼女の言葉は別のものだった。しかもその表情は硬い。 「……緊急事態のようですが……」 「貴方も知っているでしょう? 前の大戦の末期に、一部の軍人達と開発局のものが先走って作ったとんでもない兵器のことを」 破壊もせずに残しておいたのは、あくまでも抑止力のためだ。その事実をデュランダルも忘れてはいない。 「それを使いたがっているバカが出たのよ! もっとも、あれのロックはキラちゃんが作った物だから、そう簡単に解除できるものではないわ」 それでも、パスワードがあれば別だ、と彼女は口にする。 「そのパスワードを欲しがっている……と言うことですか?」 「そういう事よ。もっとも、それを知っているのは今となってはパトリックとシーゲルだけだし、解除できるとすればキラちゃんだけだけど……」 だからこそ、厄介なのだとエザリアは付け加えた。 「キラちゃんの護衛はどうなっているのかしら?」 ザフトの基地にいる以上、そちらにも仲間がいないとは言い切れないのだ、という言葉はもっともなものだろう。 「彼女は、今、アークエンジェルの中にいるはずです。ですから、ご心配なく」 ラクスも一緒にいる以上、そう簡単に近づけないはずだ、とデュランダルは言い返す。 「そう。ならいいわ」 ようやくエザリアも表情を和らげる。 「それなら、バカどもを排除するだけね」 自分たちが勝手に事態を進めていいのか。それとも、デュランダルが行うのか。そう問いかけて来た。 「では、皆様のお手並みを拝見させて頂きましょう。若輩者としては」 自分も同席をした方がいいか、実際に指示を出すのは状況をよく知っている彼等の方がいいのではないか。何よりも、自分たちの失態は自分たちの手で処理をしたいだろう、と判断をしたのだ。 「何を言っているのかしらね」 自分が知っている議長の中で一番喰えない性格のくせに……とエザリアは笑う。そんな彼女に向かってデュランダルは手を差し出す。 「では、ご一緒に」 こう告げれば、彼女は優雅な仕草で手を重ねてきた。 戦争から切り離されている者達は、まだいた。 「俺たちをどうするつもりなんだか」 スティングはこう呟く。 「さぁな」 放っておけばいいものを、どこから入手してきたのか、連中は《ゆりかご》まで用意しているのだ。確かに閉じ込められてはいるが、別段、何をされるわけでもない。 その事実が一番、不安をかき立てるとは考えていないのだろう。 「ステラ、ネオと一緒にいられれば、それでいい」 「お前は単純でいいよな」 彼女の言葉にアウルが苦笑を返している。 「ともかく、殺す気はないようだ。おとなしくしているしかないだろうな」 ネオのこの言葉に、三人は静かに頷いて見せた。 時刻を確認すれば、そろそろ作戦が開始されている頃だ、とわかる。 「本当は、参加したかったんじゃないノ?」 即座にアイシャがこう声をかけてきた。 「ムウもそわそわしていますし……本当に男性陣は困ったものですわね」 苦笑とともにマリューが口を挟んでくる。 「そうネ。一番大切な任務があるでしょうに」 実戦で力を見せたいという欲求を捨てられないのネ……とアイシャがわざとらしいため息をついて見せた。その言葉に、名前を出された二人だけではなく他の者達も苦笑を浮かべるしかない。 「仕方がないだろう……あれだけ大きな作戦なのに、後方で待っているだけ……というのは性に合わないんだから」 キラを守りつつ戦うっていうのは大歓迎だけどな、とフラガが口にした瞬間だ。冷たい視線が女性陣から飛んでくる。 「口で言うくらいいいだろうが……どこぞの困った坊主みたいに実力行使に出ているわけじゃないんだぞ」 第一、キラの前で言っているわけじゃないんだし……と付け加えるところは、とても三十路過ぎの男とは思えない。 「そうだな。言うだけなら勝手だろう?」 さすがに、フラガ一人を矢面に立たせるのは気が引ける。そう考えてバルトフェルドも頷いてみせる。 「どこで踏みとどまるか、それは大きな違いだと思うのだがね」 違うか、という言葉に女性陣は苦笑を浮かべた。 「比較の対象が違いすぎるとは思いますけど」 「まぁ、あのコも困ったものネ。あそこまで、キラちゃんに依存して……完全に拒絶されたらどうなるのかしら」 キラのことだから、突き放しはしないだろうが、周囲は違う。こう言ってアイシャはため息をつく。 「さぁね。うちのオコサマ達のことは責任を持てるが、他の所のオコサマまでは無理だね」 何よりも、あちらに人の話を聞く気がないのであれば……とフラガが口にしたときだ。 「アスランの場合、自分の存在意義の根底がキラですからね。仕方がありませんわ」 ふわりと優しい声がブリッジ内に響く。 「ラクスさん」 「もっとも、そうなった方が、本人も周囲も幸せかもしれませんけど……キラが泣きそうなので実行に移せませんわね」 さりげなく口にされたとんでもないセリフに、さすがのバルトフェルドも頬を引きつらせるしかできない。 「それよりも、キラがお買い物に行きたいそうですの」 ふわりと微笑みながら、彼女は話題を変える。 「でも、そろそろでしょう? まぁ、初産は遅れるって言うけど」 外出してもかまわないのか、とマリューが問いかけた。 「えぇ、ですからどなたかに付き添って頂こうかと。あの三人では、いざというときに役に立たないとフレイさんがおっしゃいますし」 ともかく、万が一の時にキラを安全にアークエンジェルまで連れてこられる人間に一緒に来て欲しい、と彼女が言っていたのだ、とラクスは微笑む。 「体調がよいのであれば、気分転換は必要だろうともおっしゃっておられましたし」 「それについては賛成ネ。でも、うちの男どもは別の方に意識が向いているし……うかつなことを話されても困るワ」 男手は必要だろうが信用できないわね……と付け加えるアイシャに、フラガは盛大に顔をしかめてみせる。 「アイシャ。頼むから、あまりいじめないでくれ。男は女性ほどではないが、それなりに複雑な存在なんだよ」 こう言うときは、自分が動くのが一番確実だろう。そう考えてバルトフェルドは腰を上げた。 「と言うことで、おつきあいをさせて頂きましょう。ここにいると、もっといじめられそうなのでね」 避難するに限る……と付け加えれば、 「あ! ずるいぞ。自分だけ逃げる気かよ」 と即座にフラガが反応をしてくる。 「……あらあら。皆さん、仲がおよろしいですのね」 しかし、やはり最強なのはこの《歌姫》なのかもしれない。この一言でそう認識してしまうバルトフェルドだった。 |