目の前にある巨大なトンネル……と言っていいのだろうか。 「……あれが、なんだって?」 ディアッカが首を左右にかしげながらこう口にする。 「貴様……作戦会議の時に何を聞いていたんだ?」 同席していただろうが、とイザークは彼をにらみ付けた。 「あれはビーム偏向ステーションだ、と言う話だ。あれを経由すれば、月の裏側からだろうと、プラント本国をねらえる」 それでは、ユニウスセブンの悲劇の二の舞だ……とイザークは付け加える。 「そう言えば、そうだったな……あれの他に、後二つあるんだったか?」 自分たちが破壊を命じられたのは、そのうちの一つだ。 後の二つはそれぞれ別の隊が向かっている。そして、クルーゼが指揮をする部隊が、大本を叩くことになっていた。 「そうだ」 それにタイミングを合わせて地球でも大規模な作戦を行うことになっている。 「これで、終わればいいんだが……」 そうすれば、キラを心配させるようなことはなくなるだろう。何よりも、自分が大手を振って彼女の側に行けるはずだ。 「ってか……終わらせるんだろう?」 で、さっさとキラの所に行かないと、本気でエザリアがしびれを切らすぞ……とディアッカはとんでもないセリフを口にしてくれる。 「俺も、久々にあれをからかって遊びたいしな」 きゃんきゃん吼えるお嬢様を……という言葉で、彼が誰のことを指しているのかはわかった。しかし、その言葉の内容は何なのか、としかいいようがない。 「下手に手出しをするな。その分、キラに矛先が行くぞ」 「そりゃないだろう。特に今は、な」 だから、安心してちょっかいをかけられるんだ、とディアッカは笑う。 「……故意犯め」 「ほめ言葉と受け取っておこう」 あっさりとイザークの言葉を受け流すと、彼は表情を引き締めた。 「しかし、でかいな……あれを破壊するとなると、大仕事だぞ」 そして、まじめな口調でこう告げる。 「コロニーの外壁を利用しているそうだからな……」 多少の攻撃で壊れるはずがない。それがわかっているからこそ、地球軍はそれを利用したのだろう。 「こうなると、フリーダムとジャスティスの封印を解いて欲しくなるよな」 あの二機であれば、それぞれ単体だけであれを破壊することは可能なのではないか。ディアッカの言葉に、イザークは頷きかけてやめる。 「核を搭載した機体はもう使わないと条約で決めたからな。あのバカどもが条約をやぶったからと言って、我々まで同レベルに落ちることはあるまい」 違うのか、と聞き返せば、ディアッカは苦笑を返してくる。 「そりゃそうだ」 そう言うところは、間違いなくイザークだよなぁ……と彼は付け加えた。 「何が言いたい?」 「成長したようで、実は変わってなかったんだなぁって安心しただけだ」 ディアッカの言葉に、イザークは怒りを覚える。 「貴様!」 反射的に殴ろうと振り下ろした腕を、ディアッカはきれいによけた。それがさらにイザークの怒りを煽ってくれる。 「ディアッカ! 貴様、そこに直れ!」 イザークの怒鳴り声が周囲に響いた。 各基地を警護するごく少数の兵力を除いた戦力が、全てここに集められている。 「ヘブンズ・ゲート……天国の門、か」 ずいぶんと仰々しい名前を付けたものだな……とシンは思う。しかも、その門の先にある《天国》は一部の者達のためだけのものだろう。 そんなの、認められるか! とシンが心の中で呟いたときだ。 「天国、か」 不意にレイの声が耳に届く。 「レイ?」 「それよりも、俺としては、今目の前にある楽園を守る方が優先だな」 違うのか……と言われても、シンにはすぐに返事をすることができない。彼の言う《楽園》が何のことなのか、すぐに思い浮かばなかったのだ。 「特に、新しく生まれてくる存在に、あれは必要はない」 だが、ここまで言われればシンにも彼が何を言いたいのかわかった。 確かに、キラの側は《楽園》と言えるような優しい空気に満ちあふれている。そして、その中に自分たちもまた足を踏み入れることが許されているらしい、と言うこともわかっていた。 「そうだな」 確かに、とシンはきっぱりと頷く。 「あいつらに俺たちの《楽園》だけじゃなく、他の人たちのだって奪う権利はないんだ!」 そして、自分たちだけ天国に憩うだなんておこがましい、と付け加える。 「だから……もう二度と、そんなことができないようにしてやる!」 自分の家族のような存在を、二度と生み出させないように。 そして、自分たちの未来に手出しをさせないために。 何よりも、世界を戦争から解放するために、自分たちは目の前の相手を叩きつぶさなければいけないのだ。 そのためなら、この手を血に染めることも厭わない。 これもまた、シンの本音だ。 「そう力むな。お前一人じゃないんだぞ、ここにいるのは」 自分たちも一緒にいる。だから、一人だけ先走るな……とレイの瞳が告げていた。 「あぁ。みんなで、キラさんの赤ちゃんを見にいかないとな」 その瞬間に立ち会えれば、きっと、自分の中でキラに対する思いに結論が出るのではないか。シンはそう思う。 ただ、これだけは確実に言える。 もう彼女を含めた《元》地球軍の軍人に対する憎しみはない。家族のことは、彼等とは関係がないことなのだから……と。 だが、連中に関しては違う。 「きっと、可愛いだろうな」 そんなシンの心情に気づいているのか。レイは穏やかな微笑みとともにこう言ってくる。 「と言うところで、そろそろ時間だ」 ブリーフィングルームに行くぞ……という彼にシンはしっかりと頷いて見せた。 「いいな! 決してブルーコスモスとその関係者はオーブに立ち入らせるな!」 カガリのこの言葉に、オーブ軍の軍人達は皆頷いてみせる。 「オーブはどちらにも荷担しない。我々はあくまでも中立を保つ」 心情的に言えば、プラントに協力をしたい。だが、それでは避難してこようとする者達にとって安心できないのではないか。 何よりも、オーブの理念に反する。 自分たちが自分たちでいるためには、それを違えるわけにはいかないのだ、とカガリは考えている。 「わかっております」 即座にキサカがこう言ってきた。 「ですから、肩から力を抜いてください」 カガリがそれでは他の者達も不安になる。指揮官である以上、冷静さも必要だ、と彼は忠告をしてきた。 「わかっている」 そんな彼に向かって、カガリは頷き返す。 「これを、最後の戦いにしなければいけない。そうだろう?」 「もちろんです。我々が望むのは、二つの種族が共に手を取り合って歩める未来ですから」 それもまた、オーブの理念の一つだ。 だから、自分たちはそれも守らなければいけない。 カガリの言葉に誰もが頷いてみせる。 「……お前の子供を、抱いてみたいからな、私も」 そんな彼等に微笑みを向けながら、カガリは小さな声でこう呟く。 「なぁ、キラ」 だが、次の瞬間、彼女は表情を引き締めていた。 「避難民は、一時的に施設に収容するよう、指示を出せ。避難所の準備も急がせろ」 まずは、自分でなければできないことをしよう。 彼女のことを考えるのはそれからだ、とカガリは自分に言い聞かせる。 「わかりました」 自分が出す指示が、彼等を動かしているのだから。そう心の中で付け加えていた。 |