「……戦力差がありすぎる……」
 モニターに映る状況を見て、アーサーがこう呟く。
 確かに、それは否定できない事実だ。だが、それを指揮官が口に出していいわけではない。いや、してはいけないことだ、とタリアは思う。
「……アーサー」
 低い声で注意を促せば、彼は慌てて口を押さえる。
「あのアークエンジェルは、わずか一機のMSとMAでアラスカまで戦い抜いたのよ?」
 その彼等よりも自分たちは条件がいいのだ、とタリアは告げた。確かに、経験不足は否めないが、それでも……と。
「……そうですが……」
「だったら、しゃんとしなさい! 貴方は男でしょう!」
 第一に、指揮官がそんな風に焦りを見せてどうするのか。タリアはそう告げる。
「……はい……」
 素直なのはいいが、もう少し状況を考えて欲しい……と思いながら、タリアは視線をモニターに戻す。
「艦長!」
 そんな彼女の耳にメイリンの声が届いた。
「何?」
 このときに……とタリアは思う。
「オーブ軍からの入電です。貴艦がオーブ海域内に戻ることは許可できない。また、オーブ海域内への攻撃を感知した場合、我々は自衛行動に出る……だそうです」
 その言葉に、アーサーがまた妙な声を上げる。
 しかし、その言葉を額面どおりに受け止めていいものか。タリアはそう考える。
 この艦には、現在《キラ》が乗り込んでいるのだ。そして、彼女を自分たちに預けたのはオーブの首長家だったはず。
「……メイリン……」
 ふっとあることに気づいて、タリアは彼女の名を呼んだ。
「何でしょうか、艦長」
 即座に彼女は言葉を返してくる。
「その通信、我々だけに送られたもの?」
「いえ……オープン回線での呼びかけでしたので、地球軍にも届いているはずです」
 と言うことは、自分たちにではなくあちらに聞かせたかったのか。
 だとするならば、その意味することはなんだろう……とタリアは考える。
「このまま、オーブ領域ぎりぎりを進んで!」
 やがて、一つの結論を導き出した彼女はこう命じた。
「艦長?」
「領海内に入らずに、彼等に攻撃をしなければ、攻撃はされないのよ?」
 その場合、有利なのは、彼等を背後にしている自分たちだろう。タリアはこう判断していた。逆に、地球軍にしてみれば、自分たちに攻撃をするのは困難だ、といえる。
 もっとも、それはあくまでも艦隊戦としてのことだが。
 MSではどうだろう。
「……レイ達に、出撃の準備をさせておいて」
 彼等の負担は予想以上に大きいかもしれない。そう思いながら、タリアはこう命じていた。

 まるで、ミネルバがオーブ海域を出るのを待ちかまえていたようだ。
 いきなり開始された地球軍の攻撃に、シンはそう思う。
 だが、いったい何故なのだろうか。
 確かに、ミネルバもインパルスも、ザフトの最新鋭機だ。しかし、それだからこそナチュラルに動かせるとは思えない。
「……連中の狙いは、ミネルバか?」
 インパルスには遠慮なく攻撃をしてくるのに、ミネルバはエンジン部分だけをねらっているのだ。
「それとも、ミネルバに乗っている誰かなのか?」
 しかし、ミネルバのクルーのほとんどはプラント生まれだ。例外と言えば、自分だけだろう。
 いや、とシンは心の中で呟く。
 ザフトの軍人ではないが、後二人、かつてオーブ籍だった人間がミネルバには乗り込んでいる。わざわざオーブの代表首長家の人間が保護を頼んできたのだ。あの二人がプラント籍の人間だと言うほかに何か理由があったと考えることの方が普通だろう。
 しかし、キラもフレイも、地球軍にねらわれなければならない理由が思い浮かばない。
「……俺が知らない何かが、あの二人にはあるのか?」
 だが、レイはそれを知っている。
 どうしてかはわからないが、そんな気がしてならない。
「何か、気に入らないな」
 おそらく、それは知られてはいけないと上が判断しているからだろう。だが、何故か気に入らないのだ。
 それがどうしてなのか。シンにはわからない。
 だが、これだけは言える。
「ともかく、あいつらに、二人を……キラさんを奪われるわけにはいかないんだ!」
 自分の大切だった人たちを奪われたように……と。
 あの時の自分は、家族を――妹を守れなかった。
 しかし、今は違う。
 守るための力を手に入れた。
 そして、あの日の怒りをぶつけるためのそれも……
 目の前の相手があの時の相手だとは限らない。いや、その可能性は少ないだろうとはわかっている。
 だが、同じエンブレムをその身につけている以上、シンにとっては同じ事だ。
 それが理不尽な思いでもかまわない。
 その思いがあったからこそ、自分はあの日から一人で生きてこられた。
「……もう、誰も奪わせない!」
 自分の手の中から!
 そう叫ぶと、シンは相手の機体に向けて照準をロックした。