本来であれば、戦闘の様子をキラが見ることはできないはずだった。 しかし、たまたまMSデッキにいたキラは自室に戻るよりもエイブス達と一緒にいた方が安全だろう。そう判断された結果、控え室へと案内されていた。 「我々は仕事をしておりますが……何かあれば、声をかけてください」 礼儀正しくエイブスがこう告げる。 「ご心配なく。このような状況は、初めてではありませんから」 前の戦いの時に何度も経験している、とキラは微笑んだ。 「そうでしたな」 家の若い者よりも落ち着いていらっしゃる……と彼は苦笑混じりに口にする。 本当にいつまで経ってもなれない連中だ、と彼が愚痴りたくなるのはまだ、彼等の間にどこか実戦に出ているという認識が希薄だからかもしれない。キラはそう思う。 確かに、MSを相手にしていなければ、自分が戦っている存在が《生身の人間》だとはわからないのかもしれない。 だが、軍人である以上、それではいけないのではないか。 少なくとも、彼等は自分が戦っている相手が《人間》だと認識していたし……と心の中で付け加える。だが、それを目の前の相手に告げても意味はないだろう。 「今まで平和の中で暮らしていたのですから、仕方がないのではありませんか?」 それに……とキラは呟く。 「この艦は……まだ、それほど被害を受けておられないように、思いますから……」 身近な仲間の死を経験していないからこそ、どこか現実味をもてないのかもしれない。実際に戦闘を行っているパイロットはまた別なのだろうが……と。 「……その可能性は、否定できませんな」 幸か不幸か、パイロット達は優秀だ。それだからこそ、彼等は皆、機体を傷つけても自分が傷つくようなことはない。 それがまた、若い連中の気を緩める結果になっているのではないか。エイブスもキラの意見に同意らしい。 「ただ、それが悪いとは言い切れませんけどね」 「そうですな」 味方に被害がない方がいいのだ、とエイブスは頷く。 「では、私はあちらに戻りますので」 そのまま、彼はこう口にした。 「お手数をおかけして申し訳ありません」 自分がいなければ、彼にそんなことをさせることはないだろう。そう考えて、キラはこう告げた。 「十分、気を付けてくださいね」 何があるかわからないから……とキラは付け加える。 「確かに、そうですな。注意はしすぎていけないことはない」 特に、自分たちは……と彼は笑う。そのまま軽く頭を下げると、彼はデッキの方へと戻っていった。 「何もないと、いいんだけど……」 その後ろ姿を見送りながら、キラはこう呟く。 今までの戦闘で大きな被害を受けなかった。それだからこそ心配なのだ。 自分たちは大丈夫。 そう信じ始めたとき、そこに隙ができる。そう言うときに何か被害が出れば、それだけで心がバランスを崩す可能性があるのだ。 小さな狂いが次第に大きくなり、最終的に大きな建物すら崩壊に導く。人の精神だって同じ事だろう。 「……フレイには怒られるかもしれないけど……」 ここで黙っているのも不安だから……とキラは呟くとモニターに手を伸ばす。 「僕に、何か助言できることがあるかもしれないしね」 正規の訓練を受けていない以上、そのようなことができるとは思わない。それでも、機体についてなら何か助言できるかもしれない……思ったのだ。 だが、目の前に現れた光景に、キラは信じられないと目を丸くした。 「……あれは、MA?」 それともMSなのか。 あまりに巨大なそれに、何を考えているのかとまで思ってしまう。それとも、大きければ強いとでも考えているのか。 「ダメだ、あれじゃ!」 そのマニピュレーターにインパルスが捕らえられている。そのまま振り回されれば、パイロットが無事ですむわけがない。 しかし、あのマニピュレーターから逃れるにはどうすればいいのか。 いくつか方法は考えられるが、どれも機体に多大な影響を与えかねない。 そこまで考えたときだ。 以前見たことがあるインパルスのデーターが不意に脳裏によみがえる。 「そう言えば、インパルスは……」 自分たちが今まで扱ったことがあるどの機体とも違う特性を持っていたはず。それを利用すれば、あるいは……とキラは判断をする。 しかし、それを指示する権限は自分にはない。 それはできるとすれば、ただ一人だろう。 「でも……僕の話を聞いてくれるかな」 普段であればともかく、今は戦闘中なのだ。そのような時に、自分の提案なんかに耳を貸してくれるだろうか。 「でも、早くしないと……」 誰かの命が失われてしまうかもしれない。 いや、既に地球軍の誰かの命は失われているはずだ。だが、見知らぬ誰かよりも、今のキラには顔見知りの少年達の方が重要だった。 「僕からじゃなく、エイブスさんからなら、大丈夫かな」 彼も忙しいだろう。しかし、艦長である彼女よりはまだ余裕があるのではないか。 キラはそう判断をして腰を上げる。 そして、そのままデッキの方へと足を進めた。 「エイブスさん!」 入り口のところで彼に声をかける。 「どうかしましたか?」 「……あれからインパルスを解放する方法を考えてみたのですが……実際に可能なのかどうか、わからないので」 インパルスに関しては、データーを見ただけだし……とキラが口にしたときだ。 「是非とも、聞かせてください!」 彼の方からこう言ってくる。 そんな彼に向かって、キラは自分の考えを口にし始めた。 シンが捉えられている状況では、ミネルバの砲で撃ち落とすわけにはいかない。 しかし、このままでは……とタリアが唇をかんだときだ。 彼女の耳に呼び出し音が届く。 「こんな時に……」 しかし、エイブスからのそれである以上、無視をすることもできない。 「何?」 いらだたしさを隠しきれないという口調でタリアはモニターに映し出されている彼に向かって問いかけた。 『インパルスの脱出方法を。こちらでシミュレーションをした結果、十分可能ではないかという結論に達したのですが』 勝手に進めるわけにはいかないだろう、とエイブスは続ける。 「聞かせてちょうだい。手短にね」 この状況を打破できる可能性があるのであれば、誰からの提案でも聞く。タリアは言外にこう付け加えた。 手短に、と言われたからだろう。 『簡潔に言います。一度、インパルスのシルエットシステムを解除します。その後、予備のレッグフライヤーを射出すれば、自由に動けるようになるか、と』 パーツは惜しいが、後でいくらでも取り戻せる。それよりも、今はシンの命の方が優先だろう。 それに、地球軍はそこまでインパルスのデーターを入手していないはずだ。だから相手の動きを止めることも可能かもしれない。その間にこちらの体制を整えることも可能だろう。 しかし、整備畑を歩いてきたエイブスがこのような作戦を考えつくものだろうか。 もちろん、彼の経験を疑っているわけではない。しかし、誰にでも適正というものがあるのだ。 『ジュール夫人の提案でしたが……どうやら、有効なようですな』 その答えは彼の口からあっさりと与えられた。 「そう……」 キラであれば納得だ。 だが、同時に彼女に余計な心配をさせてしまったのか、とも思う。 「わかったわ。キラさんには後のことは心配いらないと伝えて」 ここから後は自分たちの仕事だ、とタリアは付け加える。 『了解です』 ご心配なく……と言い残すと彼はモニターから姿を消した。この切り替えの早さは、間違いなく彼の経験からのものだろう。だからこそ、彼は信頼できるのだ。 「……メイリン!」 タリアは意識を切り替えると、部下の名を呼ぶ。 「はい! インパルスとの回線を開きます」 どうやら、自分たちの会話を耳にして状況を掴んでいたらしい。彼女はこう言い返してきた。 「開いたら、即座に、シルエットシステムを解除。その後、射出されたレッグフライヤーと合体するように伝えて!」 それと、レイとルナマリアには、それを援護するように、とタリアは指示を出す。 即座にメイリンが動き出した。 「……自分でも考えつかなかったのに……」 これも経験の差なのかなぁ……と呟くアーサーの言葉がタリアの緊張を殺いでくれる。だが、それをしかりつける余裕は彼女にはなかった。 |