久々に見るアークエンジェルは、戦闘へと向かっていないせいかきれいなままだ。
 だが、それはこの艦が特別の任務を帯びているからだろう。
「そう言えば、予定日っていつなのかしら」
 そんなことを考えていたときだ。レイの耳にルナマリアのこんなセリフが届く。
「予定日って、赤ちゃんの?」
「そう。あんた、知っているの?」
 メイリン、とルナマリアは妹に問いかけている。
「よくわからないわ……でも、どうして?」
「何言っているの! その時に一番いいプレゼントを贈れるように、準備しないといけないでしょう!」
 負けてたまるものか……と意味もなく力説をする彼女に、レイは苦笑を浮かべた。
 キラにとって一番のプレゼントは、お金をかければ手に入れられるものではないと知っているのだ。しかも、それは自分たちが逆立ちしても渡せないものだし、と思う。
「……そんなことより、さっさと戦争を終わらせた方が喜んでくれるんじゃねぇの?」
 シンがぼそっとこんなセリフを口にする。
「あんたね」
 それが気に入らなかったのだろうか。ルナマリアが反論を返してきた。
「だが、正論だろう」
 この場合、シンの言葉の方が自分も共感できる、と判断をしてレイは口を開く。
「レイ!」
 そんなこと……とルナマリアが言い返してきた。
「キラさんのそばには、今、ラクス様もいらっしゃるんだぞ。あの方が選ぶプレゼントに勝てるつもりか?」
 この言葉に、ルナマリアはぐっと言葉につまっているのがわかる。
「だったら、ラクス様でもできないことをするしかないだろう」
 シンも即座にこう付け加えた。
「どうせ、明日にはまた出撃なんだ」
 今度の作戦は、ブルーコスモスの本拠地を叩くことだ。そして、その背後にいるであろう連中も同時に叩きつぶす。そうすれば、もうこんなことにはならないのではないか、と彼は主張をする。
「そうかもしれないけど……でも」
 やっぱり、何かをプレゼントして上げたいではないか、とホーク姉妹は口をそろえて訴えてきた。
「それは止めない。ただ、あまり高価なものだと、帰ってキラさんに負担をかけるぞ」
 無理をして高いものを購入するより、心をこめた方がいいだろう……とレイは告げる。
「だよなぁ……たって、できることは限られているけどな」
 取りあえず、キラの負担にならないもので、しかも、実際に使ってもらえるものを考えるか……とシンは呟く。
「まぁ、俺たちが連名で買えば、少しぐらい背伸びはできるだろうけどさ」
 それでも、他の人々と重なっては意味がない。調整をした方がいいのだろうか、と彼は付け加える。
「そうよねぇ。フレイさんなら、教えてくれるかな?」
「聞いてみれば?」
 結局は、そう言うところで話がまとまるのではないだろうか。なら大丈夫だろう、とレイは心の中で呟いていた。

 以前あったときよりもキラのお腹はさらに大きくなっている。
 これがルナマリアのように比較的体格がいい人間だったら気にならないのだが、キラはそうではない。それでも、本人はとても幸せそうに微笑んでいた。
「ずいぶん大きくなりましたね」
 さすがは同性……と言っていいのだろうか。ルナマリアがキラに向かってこう声をかけている。
「そうだね。しかも、元気だし」
 しょっちゅう蹴飛ばしてくれるから、もう大変……とキラは視線を自分のお腹に落とす。そのままそっとなでているその仕草を、別の場所で見たことがあるような気がするのは、シンの錯覚だろうか。
「なら、順調ですね」
「ひょっとして、男の子、ですか?」
 メイリンがこう問いかけている。
「どうだろう。教えないで欲しいって、ドクターには頼んであるの」
 でないと、楽しみが減るような気がするから、とキラは視線を彼女に向けた。
「それに、どっちでもいいし」
 無事に生まれてきてさえくれれば、男でも女でもいいのだ……とキラは付け加える。
「私の場合、特に……いろいろとあったから」
 子供を作る許可も下りなかったし……という言葉にシンはかすかに眉を寄せる。それはどういうことなのだろうか、と思ったのだ。
「仕方がないでしょう。あんたは一時期、ものすごく体調を崩していて……ちょっとしたことであの世に行きかねなかったんだから」
 子供を産む前に、命を落とすようじゃ意味がないじゃない! とフレイが口を挟んでくる。
「そうですわ。キラも赤ちゃんも、どちらも必要だと思いますもの。だから、大丈夫だと思うまで、イザーク様もエザリア様も我慢していらしたのですわ」
 特にエザリアが……とラクスが苦笑混じりに告げた。
「それよりも、皆様、お座りになってくださいませ。キラ、ご紹介してくださいますでしょう?」
 そう言いながら、彼女はシン達を促す。
「そうだね。その方がゆっくりとお話しできるし……みんなも疲れているでしょう?」
 キラも微笑みながら、頷く。
 二人の言葉にシン達がそれぞれ席に座ろうか、と動き始めたときだ。何故かもう一つ影が増えている。
「……って、シャニ、どうしたの?」
 そのまま、キラの足下に座り込んだ彼に、本人がこう問いかけていた。
「何でもない……」
 そう言いながらまるで猫のようにキラの足に甘えている。
「……いつものこととはいえ……いっそ、猫耳でも付けてやろうかしら」
 くすくすと笑いながら、フレイがみんなの前にお茶を置いていく。それを見ながら、キラが何気なくシャニの頭をなでてやっていた。その指の動きを、シャニは気持ちよさそうに受け止めている。
 その仕草を見ていて、シンは何故、自分がキラの仕草に既視感を覚えたのか、ようやくわかった。
 妹が生まれるとき、自分はすぐ側で母が同じようなことをしていた場面を何度も見たのだ。そして、その時に彼女の足にまとわりつけば、苦笑とともに優しくなでてくれた。
 それは、キラとシャニの関係とよく似ている。
 自分が失った関係がそこにあった。
 懐かしくてうらやましい光景。
 シンはそれから視線を離すことができなくなってしまった。