何とかして、侵入者の意識をそらすことはできないだろうか。
 ニコルがそう心の中で呟いたときだ。
「だから、さっさとキラに会わせろよ! でなかったら話だけでもいいって言っているだろうが!」
「俺たちが一番知りたいのは、キラが無事かどうかだけなんだって!」
「……わかったら、帰る」
 聞き覚えのある声が通路の反対側から響いてくる。
「キラさんが心配で押しかけてきたんですね」
 まぁ、彼等の場合キラの安否さえ確認できればおとなしくなることはわかりきっていた。だから、安心なのだが……と思ったときだ。
 その声を聞いたせいだろうか。
 目の前の侵入者に隙ができる。
「アスラン!」
「……わかっている」
 この機会を逃せば、次があるかどうかわからない。
 反射的に動きを確認すると、二人は行動を開始する。
「お前ら!」
 その事実に気づいた侵入者が慌てて体制を整えようとした。
 だが、もう遅い。
 人質にしても、二人の動きに気づいて即座に抵抗を始める。それをとどめることは相手には難しいようだ。女性とはいえ、コーディネイターである以上、一般的なナチュラルの男性並みの体力があるからかもしれない。
「くっ!」
 このままでは形勢が不利になると判断したのか。
 侵入者はニコル達に向けて人質を放り出してくる。
「危ない!」
 反射的にニコルはその相手を抱き留めた。しかし、アスランはまったく気にする様子を見せない。そのまままっすぐに侵入者へと向かっていく。
「……アスランらしいと言えば、アスランらしいですけどね……」
 女性と言えども、キラ以外の人間はどうでもいい。それが《ラクス》でも、だ。
 そこまで割り切れると言うことにある意味感心してしまう。
 だが、それがキラを追いつめていると気づいていない彼には怒りすら感じていると言うことも事実だが。でなければ、ここまで彼の邪魔はしない。誰かの立ち会いの下で顔を合わせるぐらいはさせてもいいと思うのだ。
 もっとも、そんなことは死んでも口にできないが。
「てめぇ! 何をしやがる!」
 さすがに、ここで実弾を撃つような愚かな相手ではなかったらしい。ナイフを振り回しながら侵入者がこう叫ぶ。
「……やはり、連合の強化人間ですか」
 その動きを見ながら、ニコルはため息を漏らす。
「彼等の場合、薬が切れれば止まってくれましたが……どうやら、彼は違うようですね」
 さて、どうしますか……と目をすがめる。
「……もっとも、アスランなら自力でどうとでもするでしょうけどね」
 邪魔さえ入らなければ、だが。現状で手出しをできそうな人間がいない以上、大丈夫だろう、とも思う。
「いっそ、麻酔でも打ってやりたいですね……もっとも、効けばの話ですが」
「やめておいた方がいいな」
 ニコルの呟きにこう答えるものがいた。
「オルガ?」
「あいつは、あの時の俺たちと同じだ。どんな薬を使われているのかわからない以上、薬品は命に関わる可能性がある」
 まぁ、アスランが意識を引きつけておいてくれれば安心だがな……と彼は笑う。
 それはどうしてなのか。
 ニコルがそう思ったときだ。
 視界の隅で動いている人影がある。
 それが誰なのか……と思った次の瞬間、彼等は侵入者に向けて飛びかかった。そのまま、相手を床に押し倒す。
「そこまでにしておけ、アウル」
「逆効果」
 それが誰か、と言えばもちろんクロトとシャニだった。
「……余計な手出しを……」
 アスランが忌々しそうにこう呟く。
「何を言っているんですか」
 本当にこの人は、妙にプライドだけは高いとニコルは心の中ではき出す。だからこそ、キラが自分以外の人間を選んだことが気に入らないのかもしれないが。
「誰もケガをしていないんですよ! キラさんが喜ぶでしょうが!」
 それなのに、貴方は……とニコルはアスランをにらみ付ける。
「……そう言うことにしておくか」
 明らかに気にくわないという表情を浮かべながら、アスランはこう口にした。
「と言うことで、彼も先に捕縛した人たちの所に連れて行きましょう。アスラン?」
「いやだね」
ニコルが言葉を口にする前にこんなセリフを言ってくれる。
「……貴方は……」
 本当にこの男は……とニコルは本気で頭が痛くなってきた。
「ここで指揮を執ったのは、あくまでも貴方です! つまり、貴方が責任者でしょう。その貴方が行かなくてどうするんですか!」
 そこまで無責任になったのか! とニコルはアスランに詰め寄る。
「……関係ない」
「関係なくありません!」
 これが自分たちの隊長なのか、とあきれつつも彼をにらみ付けた。
「そもそも、ここにいるのだって、議長の命令に違反しているのですよ! これ以上何かあれば、キラさんの方にとばっちりが行くとは考えないのですか!」
 もちろん、そんなことがあるはずはない。そうは思っていてもこう言うしかない。
「いい加減にしないと、本気で引きずっていきますよ!」
 こう口にした後でさりげなくオルガ達へと視線を向ける。いざとなれば、彼等に手伝ってもらおうと思ったのだ。
「……後で覚えていろよ、ニコル」
 そんな彼に対して、アスランはこう言い返してくる。そのまま彼はきびすを返した。
 どうやら、このまま本部へと彼を連行していくつもりらしい。それに気づいて、ニコルは周囲の者達に合図を出す。
「……今のうちに、キラさんをアークエンジェルへ」
 シャニとクロトには付き合ってもらわなければいけないだろう。だが、彼はどうだろうか。でなければ、誰かへの伝言でもよい、と思う。
「了解」
 それに気づいたのだろう。オルガもにやりと笑い返してきた。