キラの言葉は、確かに頷けるものだ。
 しかし……と思う。
 一体どこでそれらを身につけたのだろうか。
 そう思えるほど、彼女の言葉は多彩な事柄にわたっている。それも、一般人が知らないはずのことで、だ。
 あるいはただ知識として知っているのかもしれない。
 MSのOSを構築したというのであれば、その可能性はある……と思う。それに、彼女の夫があの《イザーク・ジュール》なのだとすれば、話題として出たとしてもおかしくはないだろう、とも。
「……そう言えば、キラさんは地球軍のMSにも触れたことがあるのですよね」
 レイが何気なく付け加えた言葉がシンの心の中に封印していた思い出を無理矢理引き出す。
「……ストライクと、フォビドォン、カラミティ、レイダーなら……一応」
「あぁ。そう言えば、ストライクはジュール隊長に投降して、後の三機はバナディーヤで捕縛されたんでしたよね」
 キラの言葉を耳にしたルナマリアが目を輝かせる。
「他にも、デュエルやバスター、ブリッツにイージスも、そうでしょ」
 気に入らないが、あれも地球軍の開発した機体だったじゃない、とフレイが補足を入れた。
「そう言えば、そうだったっけ」
 ザフトの機体だ、という印象があったから……とキラは言い返す。
「そうよね。それはあたしも同じだわ」
 まぁ、操縦していたのがあいつらだし……と言うセリフに、キラが苦笑を浮かべる。どうやら、それに関してフレイが何かした経験があるのだろうか。
「……それだけ触れていれば十分ですよね……」
 というよりも、それだけそろっていた場面を見てみたかった……とルナマリアが呟く。かなり壮観だっただろうとも。
「でも、全部一緒にいたわけじゃないよ。ストライクとかは全部そろったことが……あったかな?」
「あったわよ。ほら、あんたがフリーダムで無理矢理戻ってきたとき。あん時は、本当に驚いたわよ」
 プラントで自宅療養していると聞いていた人間が、いきなりMSで戦場に現れたという話を聞いて……と言うセリフに、シンはかすかに眉を寄せる。
「あんた……MSの操縦ができるわけ?」
 まさか……とは思うものの、こう問いかけた。
「……まぁ、一応……」
 でないと、OSを構築するときに確認できないから……と彼女は口にする。それははっきり言って予想外の返答だった。
「そうなんですか!」
 訓練を受けたわけではないだろうに……とルナマリアも目を丸くしている。
「アカデミーでの訓練は受けた事はありませんけど……昔カレッジで似たような研究をしていましたし、お義父さんも、シミュレーターを使うのは許可してくれましたので」
 もっとも、体調が思わしくなくてあまり触れられなかったが……とキラは苦笑を深めた。
「とりあえず、バグの確認ができる程度ですけど、ね。私の場合」
 その程度というのか、とシンはキラの顔を盗み見る。しかし、どう見ても本心から言っているようにしか思えない。
「それで十分ですよ」
 レイが微笑みと共にこう告げる。しかし、その言葉の裏に、この話題はこれで終わり、と言う意味が隠されているような気がするのは錯覚だろうか。
「それよりも、もうよろしいのですか? 飲み物が必要なら取ってきますが」
 あるいは、自分たちが知らない《何か》を彼は知っているのかもしれない。それが何であるのか、気にかかる、とシンは心の中で呟いていた。

「失礼するわよ!」
 言葉と共に現れた人物を見て、デュランダルは内心小さなため息をつく。
「お久しぶりですね、エザリア様」
 それでも、無視できない相手だ。口元に笑みを作ると彼はこう呼びかける。
「えぇ、そうね」
 言い返す彼女も完璧な笑みを口元に浮かべていた。だが、その瞳はまったく笑っていない。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
 ともかく、話を聞かないうちは対処のしようがない。そう思いながらデュランダルは問いかける。もちろん、席を勧めることも忘れていない。
「決まっているでしょう!」
 優雅と言っていい仕草で腰を下ろしながらも、エザリアはこう言い放つ。
「私の、可愛いキラちゃんのことよ!」
 そのことか、とデュランダルは心の中で呟く。
 それならば、そう難しい案件ではないかもしれないな、とも。
「あの子を保護して欲しいの」
 彼女は今、地球にいるから……とエザリアはかすかに目を細めると告げた。
「キラちゃんのご両親は、本当にいい方だわ。だから、あの方々の元で出産をしたいという気持ちもわかるの。ただし、平時であれば、のことだけど」
 こんな状況になってしまえば、キラをオーブに置いておくことはできない、と彼女は柳眉を寄せる。
「わかっておりますよ、エザリア様」
 その気持ちはデュランダルにしても同じだ。
 彼女の存在を知らされたときから、自分もその命を守るために奔走してきたのだから、と彼は思う。
「なら、さっさと!」
「えぇ。ですから、既に手は打ってありますよ。オーブのアスハ代表と話し合いもすませてあります」
 今頃、キラは安全だと思える場所にいるはずだ……とデュランダルは断言をする。
「どういう事なのかしら?」
 エザリアが真意を確かめようとするかのように問いかけてきた。
「あの国には、今、ミネルバが寄港しています。ミネルバにキラさんとフレイ嬢を保護するよう、手配しておきました。そして、バナディーヤにいるバルトフェルド隊長にも連絡は既に取ってあります」
 キラを保護するために自由に動いていいと。もっとも、彼が使える艦はアークエンジェルだけだが、それで十分だろう、とも考えている。
「本来であれば、ご子息を向かわせたいところですが……現状を考えればそれは不可能ですので、御了承ください」
 イザークの存在は、宇宙にいるザフトに必要なのだ、と。
「それは、仕方がありませんわね」
 エザリアにしても、そこまで無理を通せるとは思っていないらしい。キラ可愛さに目がくらんでいても、まだ、現状を冷静に見つめられる。だからこそ、恐いのだが……とデュランダルは心の中で付け加える。
「彼女の護衛に関しては、クルーゼ隊長が指示を出すでしょう。現状では連絡が取れませんが、ザフトの支配地域にたどり着いた時点で配慮をさせて頂きます」
 それで妥協をしてくれないか、と言外に付け加えれば、エザリアは鷹揚に頷いて見せた。
「議長のご配慮には感謝いたしますわ」
「いえ。私にとっても、プラントにとっても、彼女は失えない存在ですからね」
 いろいろな意味で……とデュランダルが口にした、まさにその時だ。
「失礼をする!」
 言葉と共に、新たな影が二つ執務室に現れる。それが誰であるかを確認した瞬間、デュランダルの口元にまた苦笑が刻まれる。  新たに現れた影はもちろん、パトリック・ザラとシーゲル・クラインだった。そうなれば用件は一つしかないだろう。
「どうやら、同じ用件でいらっしゃったようですな」
 本当にキラは皆に愛されている……と呟くデュランダルに、エザリアもまた苦笑を返した。

「……移動、でありますか?」
 イザークから呼び出されたシホが彼の言葉に思い切り眉を寄せる。
「あぁ。お前が一番適任だ、と俺だけではなくクルーゼ隊長やデュランダル議長も判断されたのでな」
 しかし、彼はきっぱりとこう言い切った。その口調から何故か、あの日のことを思い出してしまう。。
「何故、自分なのでしょうか」
 もっとも、その時、自分にそのことを告げたのはエザリアとアイリーンだったが……と心の中で付け加える。
「……お前にして欲しいことは、主にある人物の護衛だ」
 そして、この言葉もはやり聞き覚えがある。
「キラさん、ですか?」
 思わずこう口にすれば、イザークが一瞬目を丸くした。だが、すぐに視線を彷徨わせる。それが図星を指されたときの彼の態度だと知っている人間はどれだけいるのだろうか。
「……あいつは、今、ミネルバに保護されているはずだ」
 そうなるように、議長とカガリが手配をしていたらしい……と彼は付け加える。その口調に、いつもの迫力がない。むしろ、照れを感じてしまう。
「ミネルバのパイロット達は皆《紅》だそうだが……いかんせん、経験がない」
 それはミネルバのクルー全員に言えることだが……と彼は付け加える。
「恐ろしいことに、あの艦で一番経験を積んでいるのは《キラ》なんだ」
 いろいろな意味で……とイザークが言葉を濁した意味をシホは知っていた。
「つまり、自分はキラさんのストッパーになればいいわけですね?」
 護衛だけならばそのパイロット達だけでも十分だろう。しかし、そんな彼等のフォローをしつつ、キラの動きを制限するものが必要だと判断したのか。そして、その適任として自分に白羽の矢が立ったのか、とシホは考える。
「一応、フレイも一緒にいるはずだがな」
 それに、アークエンジェルも移動を開始しているはずだが……とイザークはため息をつく。
「問題はあいつだ」
 ぼそっとこう呟いた言葉の意味を、シホはすぐに察した。
「あいつが事態に気づいて動き出す前に、何とかしたいというのも事実なんだが……俺は今動けん。そして、ディアッカを行かせるわけにもいかないのでな」
 そんなことになれば、隊の執務が滞ると彼ははき出す。
 本音を言えば、今すぐにでも自分がいきたいのだろう。
 しかし、それでは隊を預かるものとしての責任を果たせないと彼は考えているのか。だから、次善の策として自分をと考えたのだろうとシホは推測をする。
「わかりました」
 だが、逆に言えば自分を信頼してくれたということでもある、と思う。
「自分もまた、キラさんとお会いしたいですしね」
 言葉と共にシホは微笑む。
「すまん」
 そうすれば、イザークが即座にこう口にした。
「いえ。気になさらないでください」
 キラもフレイも、自分にとっては友人なのだ。そんな彼女たちを守る役目を与えられたことは嬉しい、とシホは口にする。
「必要だと思う装備は持っていってかまわん。地上部隊にも、議長名で連絡がいっているはずだ。便宜を図ってくれるだろう」
 だから、頼む……とイザークは言う。
「無事に、キラさんをお守りますよ」
 そんな彼に向かって、シホは姿勢を正すと敬礼を見せた。