シン達がブリッジへ向かう途中だった。
 通路のどこからか悲鳴が聞こえてくる。
「……坊主?」
「多分、看護兵の一人だと思いますが……」
 ミネルバは艦長が女性のせいか、クルーにも女性が多い。それでも、パイロットであるルナマリアを除いてそのほとんどは医療クルーかブリッジの人間だ。
 今の声はシンにはなじみの薄いものである。
 そう考えれば、答えは自ずから出てくるのではないか。
 シンはそう考える。
「って事は……あっちにいるってことか」
 侵入者が……とフラガが眉を寄せた。
「で? どうするんだ?」
 自分たちは……と彼はシンに今後の行動を問いかけてくる。
「……キラさんの護衛、の方が優先だと思うけど……」
 居場所がわかったのなら、誰かが何とかするのではないか。それができないようであれば、きっとブリッジまで連れて行くのだろう。
 その時に、その場に自分たちがその場にいれば何とでもできるに決まっている。
「そうだな」
 フラガも同じように考えたのか。あっさりと頷いて見せた。
「だが、ブリッジに行くには声がした方向を通らなければいけないんじゃないのか?」
 だが、すぐにこう問いかけてくる。
「裏ルートがあるんだよ。アークエンジェルにだって、あるだろう?」
 整備用や何かと言った普通は使わないようなルートをいくつか経由していくのが……とシンは言い返した。
「……俺に教えてかまわないのか?」
「仕方がないだろう。非常事態だからな」
 これがアスラン・ザラであれば絶対に教えない。だが、目の前の相手は自分の同僚によく似ているせいか、信頼してもいいような気がするのだ。
「すまんな」
 そうすれば、フラガはこう言って笑う。
「別に。あんたのためじゃねぇもん」
 全ては《キラ》とお腹の中の子供のためだ……とシンは言い返す。そして、そのままさっさと歩き出した。
 その後を、フラガが付いてくる。
 しかし、シンには彼の気配が感じられない。いや、感じていないわけではない。何というか、いきなり希薄になったのだ。
 あるいは、他の者達に気づかれまいとしているのかもしれない。
 それはきっと、自分のためなのではないか。
 シンは意味もなくそう考えた。
 自分では決してそんなことを考えないだろう。だが、相手はそう考えた。そして、今は実際に気配も消している。
 こういう判断ができるのは、きっと彼が今までに重ねてきた経験のせいだろう。
 そして、それは自分にはないものだ。
 それでも……とシンは心の中で呟く。
 いつか、きっと追いついてやる。そして、彼等が今いる場所に割り込んでやろう。そう付け加えた。

 いったい、どうしてやろうか。
 目の前の光景を見つめながら、アスランはこう思う。
「ったく……」
 さっさとキラがいるブリッジに行きたかったのに、どうしてこんなところで侵入者と出会わなければいけないのか。
「アスラン……わかっていますね?」
 そんな彼の耳に、ニコルの言葉が届く。
「ここで下手な行動に出ないでくださいよ」
 この言葉の裏に隠されているのは、自分に対する不信だろう。もっとも、それに関しては文句を言えない立場であることもアスランはわかっていた。
「……一応、気を付けよう」
 だからといって、即座に彼の望むとおりの行動ができるか……というとまったく別問題だ。
 自分にとっての一番は《キラ》という事実は、アスランの中ではもう動かしがたいものである。だから、いくら同胞とはいえ、目の前の相手を切り捨ててもかまわないと思ってしまう。
 もっとも、それは最後の手段だ、と言うこともわかっていた。
 そんなことをすれば、キラが悲しむ。
 彼女のそんな表情は見たくない……と思うのだ。
 第一、そんなことをすればニコルをはじめとした連中が、今まで以上にキラの側に寄ることを邪魔してくれるに決まっている。
 今ですら、自由に会えないという事実が気に入らないのに……とアスランは心の中ではき出した。
「それにしても、どうするべきかな」
 自分たちが手を出してもいい物か……とアスランはこっそりはき出す。
 目の前ではこの艦のクルー達が動いているのだ。だから、見守っていてもいいのではないかと考えられる。
 ただし、それは相手の力量がそれなりの時だけだ。
 どう考えても、目の前の者達は経験不足が表に出ている。
 これでは、人質を助けるよりも早くブリッジに侵入されてしまうのではないか。そう思えるのだ。
 そう言う点では、アークエンジェルのクルーの方が信頼できるかもしれないな、とも心の中で呟いてしまう。だからといって、その存在を認められるわけではない、と言うことも事実だ。
「……指示を出してもかまわないのであれば、そうした方が良さそうですけどね」
 ニコルがこう呟く。
「無事に終われば、後でいくらでも言い訳ができますしね」
 こう言うところが彼の侮れないところだ。
「そうだな」
 自分たちが動くのが一番確実だろう。
 それはわかっているのだが、果たして彼等がどれだけ思い通りに動いてくれるか。それ以前に、自分たちの指示を聞き入れてくれるのか、と考えてしまうのだ。
「こいつ、殺されたくなかったら、さっさとブリッジに案内しろよ!」
 アスランの耳に侵入者のこんな声が届く。
「出なかったら、誰か重要人物でも連れて来な。そうしたら、そいつと引き替えにこいつ、離してやるから」
 もっとも、下手な動きをすれば遠慮なく殺しちゃうけどな〜と相手は続ける。
 その口調は、無邪気だと言っていい。
 それがまた侵入者の異常性を協調しているような気がするのはアスランの錯覚か。
 あんな奴をキラの側に近づけたくないな、とも心の中で呟いていた。