小さなため息とともに、キラは体から力を抜く。
「キラさん?」
 大丈夫? とタリアが心配そうに声をかけてきた。
「すみません。少し、気が抜けただけです」
 そんな彼女に向かって、キラは微苦笑とともにこう告げる。
「ようやく、終わったのか……と思ったら、つい」
 何度経験しようと、戦闘を見ているのはいやだから……とキラは心の中で付け加えた。
「そうね。確かに、言われてみればそうだわ」
 ふわりと微笑みを浮かべると、タリアも頷き返す。
「いくら訓練を受けても、やはりこの瞬間の開放感だけは消せないもの」
 ついでに、生き残れた安堵感も、と彼女はこっそりと付け加える。艦を預かるものとしてはいけないのかもしれないが……とも。そんなタリアに向かって、キラは微笑み返す。
「もうしばらく付き合ってくださいね。この混乱が収まらないと、貴方をバルトフェルド隊長の所に安心して届けられないわ」
 本当は、すぐに戻ってもらった方がいいのだろうが……と付け加える彼女に、キラは首を横に振ってみせる。
「私のことは気になさらないでください。それこそ、大丈夫だと判断したら誰かが迎えに来てくれるはずですから」
 その時に移動すればいいだろう、とキラは言葉を返す。
「そうね。それが一番確実だわ。本当なら、家のに送らせたい所なんだけど」
 レイやシンならともかく、一番あれがあてにならないのよね……とため息をつきながらタリアは視線を脇に流した。そこには、襟元をゆるめ、帽子で自分を仰いでいるアーサーの姿がある。
「上がしっかりしていると、下は気を抜きやすくなるんだそうです」
 逆に、上がとんでもない人間だと、下がしっかりするらしい……とキラは苦笑とともに告げた。
「参考までに……誰のセリフかしら?」
「ダコスタ君です。お義父さんの副官の」
 バルトフェルドがああいう人だから……とキラは苦笑を深める。
「……それに関しては、あえてコメントをしない方が良さそうね」
 くすくすと笑いを漏らしながらタリアはこう呟く。それにキラも笑みを返していた。

 誰にも知られず甲板にあがることまではできた。
 だが、問題は艦内に入ってからのことだろう。
「……さて、どうするかな」
 艦内の配置図がわかっているなら問題はない。しかし、これは自分の知らない艦だ。しかも、艦内には多数の人間がいるだろう。そうなれば、見つからずに目標にたどり着ける自信はない。
「一番手っ取り早いのは、人質を取ることだろうな」
 それも、目標まで案内をしてくれる……と呟きながら、アウルは非常用のハッチに手をかける。そして、それを開けると、そのまま体を艦内へと滑り込ませた。

「アスラン!」
 ニコルは取りあえず上官である友人へ向かって声をかける。
「議長から本部に戻るように命令がありましたよ!」
 早く戻らないと……と付け加えた。
 もっとも、そう簡単に彼が耳を貸してくれないだろうと言うこともわかっていた。
 彼がどれだけキラに《執着》をしているのかを一番知っているのは、ここ数年一緒にいた自分だろう。ニコルは心の中でそう呟く。
 そう、執着、だ。
 それが愛情だろうと何だろうと、行きすぎれば相手にとって害にしかならない。
 特に、相手が他の誰かと結ばれている場合は、だ。
「アスラン! 命令に逆らうつもりですか?」
 ともかく、早くこの場から彼を引きはなさかねればいけない。ニコルはそう判断をする。
 しかし、それを不可能にする事態が起こっていたとは、彼も考えてはいなかった。
「アスラン! 聞こえているんですか?」
 ニコルは再度呼びかける。これでダメなら、実力行使か……と心の中で呟いていたことも事実だ。
『……ミネルバに虫が入り込んだ』
 次の瞬間、こんなセリフが返ってくる。
「アスラン?」
 何を言っているのだ、とニコルは思う。
 というよりも、虫の一匹や二匹いても、ここであればおかしくはない。ここは完全に管理されているプラントではなく、地球なのだから。
 しかし、アスランの言葉から判断すれば、それは本物の《虫》ではないのかもしれない。
『まったく……何を考えているんだ、あいつらは』
 この状況で気を抜くか……と彼は付け加える。
 それも、またもっともなセリフだ。もちろん、キラが絡んでいなければ、の話だが。そうでなければ、彼はきれいにこの状況を無視するに決まっているのだ。
「……アスラン、何をする気です?」
 だが、それよりも先に確認しておかなければならないことがある。
「あれは、僕たちの艦じゃないんですよ? わかっていますね?」
 勝手な行動は越権行為だ、とニコルは付け加えた。しかし、アスランからの返答は帰ってこない。
「……これは……かなりまずいですね」
 こういう時のアスランは間違いなく何かをしでかす。それも、最悪に近いことをだ。
「議長にご連絡でしょうか」
 バルトフェルド達に助けを求めるにしても、彼を通してからの方が無難だろう。
「うまくいけば、応援を送ってもらえるかもしれませんからね」
 自分一人ではキレたアスランを止められるかどうかわからない。
 だから、誰かに来てもらいたいのだ、とニコルは心の中で付け加える。
「ディアッカくらい大きければ、一人でも何とかなるのでしょうけど」
 今更どうしようもない。なら、何とかできるように動けばいいだけだ、とニコルは考え直すことにする。
 クルーゼも自分自身が彼を止めることまでニコルに求めていないはずだし、とそう思う。
 そして、そのための行動を開始する。
「……ともかく、キラさんに手を出す前にアスランを止めないといけませんからね」
 この呟きは彼以外の耳にはいることはなかった。