キラの行動に苦笑を浮かべるしかできない人間はミネルバにもいた。
「結局……キラさんがいてくださらなかったら、俺たちは何もできなかったってことか」
 次々と撤退――あるいは機能停止していく地球軍のMSを見ながらレイはこう呟く。
『レイ』
 どうするのか、とルナマリアが問いかけてきた。
「そうだな……取りあえず、このまま待機だろう」
 キラの作ったプログラムのおかげで、機体を使っての攻撃は封じられている。しかし、自暴自棄になった連中は何をしでかすのかわからないのだ。生身での攻撃、という可能性もないわけではないだろう。
 もし、そんな連中に艦内に入られたらどうなることか。
 そう考えれば、気を抜くことはできない。
『わかったわ』
 ルナマリアも同じ結論に達したのだろうか。こう言い返してくる。
「それでも……取りあえず終わった、と言っていいのだろうな」
 少なくとも、大規模な戦闘は行われないだろう。遠ざかっていく地球軍の艦隊を見つめながらレイはそう考える。
 もちろん、それはこの場での話だろうが。
 だが、それでいいと思う。
 少なくとも、大切な人たちを自分の手で守りきることができたのだ。そして、その後のことは全て上層部の判断次第だろう、とも思う。
『後は……シンが暴走しないことを祈るだけね』
 不意にルナマリアがこんなセリフを口にしてくる。
「ルナ?」
『だって、あいつ、地球軍をものすごく憎んでたじゃない。何をしでかすかわかったものじゃないわ』
 確かにそれは事実だ。
 だが、今のシンであれば大丈夫なのではないか、とレイは思う。
 キラと触れあったことで、彼も何かを感じ始めているようなのだ。しかし、それを認めるには、まだ時間がかかるだろう。
「大丈夫だろう。今も動いていないようだしな」
 もし、そのようなことがあっても、シホやハイネが止めてくれるのではないか、とレイはルナマリアに言い返す。
「それよりも……俺は、あいつの方が問題だがな」
 マイクに拾われないぎりぎりの声でこう呟く。
 そのまま視線を向ければ、グフが二機、ミネルバへ着艦しようとしているのがわかる。だが、どうやらタリアが何か理由を付けて拒否したらしい。
「ギルが何とかしてくれるだろうが……」
 この戦闘の後始末で、彼はしばらく手が放せなくなるのではないか。それだけが心配だ、と思うレイだった。

 同じ光景を、デュランダルとラクスもまたモニター越しに見つめていた。
「……また彼女の手を煩わせてしまったようですな」
 デュランダルには、どうして地球軍の機体が一斉に攻撃をやめたのか、想像が付いたのだ。
「どういうことなのですか、議長」
 しかし、他の者達はそうではないらしい。この基地の司令官がこう問いかけてくる。
「地球軍に奪取された三機と、インパルスの基本OSはジュール夫人に作って頂いたのだよ。その際、テスト時にパイロットに万が一のことがあった場合、外部から操作できるようなプログラムを組み込んでもだった、と言うわけだ」
 もっとも、幸い、それは使われることがなかったが……とデュランダルは微笑む。
「それを利用して、地球軍の機体にウイルスを流したのだろうね」
 だからこそ、攻撃能力だけ封印され、人命を救うことが可能だったのだろう。そして、キラの性格を考えれば、それが正しい答えだ、と言うことも彼等にはわかったのではないだろうか。
「……本当にキラは、無理をしますわ」
 ラクスがため息とともにこう呟く。
「お腹の中の子供に悪影響がなければいいのですけど……」
 ストレスが胎児に良くないはずだから……と彼女はさらに付け加えた。
「それを忘れていたね。大至急、彼女を落ち着ける場所に移動させたいのだが……それには誰に行ってもらうのがいいかな?」
 下手な人間であれば、アスランが介入してくるだろう。
 そうなった場合、キラがこの場に戻ってきてくれるかどうかわからないのだ。
「まぁ、しばらくはミネルバにいてもらった方がいいかもしれないがね」
 地球軍が完全に撤退し、残された捕虜をしかるべき所に収容してから……とデュランダルは判断をする。
「そうですわね」
 小さなため息とともにラクスも同意を示した。
「混乱の中では何があるかわかりませんもの」
 残念だが、と彼女は付け加える。その言葉の裏に彼の存在があることは否定できないことだろう。
「すぐにでも宇宙にあがりたかったのだが、これでは無理そうだね」
 それでも、うまくいけば地球軍の現状について情報を得ることができるだろう。そして、アスラン達が掴んできた情報についての確証も、だ。
「クルーゼ隊長に連絡を取ってくれるかね? 状況次第では、アスラン達だけ先に戻ってもらうことになるだろう」
 ともかく、キラと彼を離さなければいけない。
 それだけは間違いのない事実だ。
 もちろん、彼がそのように考えているとわかるのはラクスだけだろう。
「わかりました」
 だが、司令官にしてもデュランダルがクルーゼと連絡を取るのは当然だと考えているらしい。だから、すぐに頷いてみせる。そして、そのまま、彼の部下に手配を命じた。
「……問題はアスランだけだろうな……」
 彼が素直に戻るだろうか。そう考えれば、答えは一つしかないように思える。
 しかし、そうさせなければいけないのだ。
 そして、自分にはそうさせるだけの権力がある。
「さて……少し騒がしくなりそうだね」
「そうですわね」
 それでも、とラクスは微笑む。
「キラはようやく、落ち着いた生活を送れるのではありませんか?」
 少なくとも、同じような状況をこの基地の者達は作り出さないだろう。ジブラルタルも同じだ。ラクスはそう告げる。
「そう思いたいですよ、私も」
 デュランダルもそんな彼女に微笑み返す。
「では、事後処理をはじめようか」
 そのまま彼は指示を出すために動き出した。