キラはようやく指の動きを止める。
「……グラディス艦長?」
 そのまま、彼女はタリアへと視線を向けた。
「お願いするわ」
 キラの視線を受けて、彼女は頷く。その視線に頷き返すと、キラは最後のキーを叩いた。
「どうなるんですか?」
 興味津々と言った様子で、アーサーが聞いてくる。
「まずは、攻撃システムをロックします。攻撃はできなくなりますが、撤退は可能なはずです」
 それで撤退をしてくれればいい。
 だが、さらに愚行に走ろうとすれば、その瞬間、全てのOSがシャットダウンするようになっている。
「……それは凄いですね」
 キラの説明に、アーサーはただ感心していた。
「インパルスにも、同じシステムが組み込まれているの? 外部操作ができるように」
 しかし、タリアは別のことが気になっているらしい。こう問いかけてくる。
「インパルスのシステムは、以前御邪魔していたときに解除しておきました。元々は、テスト中に、パイロットの限界を超えた場合、安全に救出をするためのものでしたので」
 外部から操作をして、安全に停止させるために……というのがデュランダル達の依頼だった。だから、そのためのシステムを組み込んだのだ、とキラは付け加えた。
「今のシン君に、それは必要ないでしょう」
 だから、それに関しては解除した……とキラは告げる。
「あら……それは残念だわ」
 いったい何を言いたいのだろうか。
 誰にも読み取らせない口調でタリアはこう口にした。
「艦長?」
「シンの暴走を、少しは止められたかもしれないでしょう」
 さらりと、とんでもないセリフを口にしてくれる。
「今のシン君は、大丈夫だと思いますが」
 少なくとも、彼は何かを悩み始めている。その中に、自分が戦う《理由》と言うものも含まれているらしい。それが解消できれば、きっと、彼は大きく成長してくれるはず。
 これは自分だけではなく、フラガの意見でもあるから間違いないだろう、とキラは思っている。
「貴方がそう言ってくれるのなら、大丈夫かしら」
 ともかく、この戦いが終わってくれることが先決だけど……と呟くタリアに、キラも頷いて見せた。

 動揺は地球軍だけではなくザフトにも広がっていた。
 もっとも、アークエンジェル――いや、キラのことを知っている者達はその範疇から除外されていたが。
「おやおや……思い切ったことをしたものだね」
 苦笑混じりにバルトフェルドはこう口にする。
「確かに有効だったようだが、味方も動けなくなっているね」
 説明をした方がいいかな……と彼が呟いたときだ。
『女神のご厚意だ! いいな、無駄な殺戮はするな!』
『三年前も同じように彼女が敵の動きを止めてくれた。降伏してくる人間まで撃つなよ』
 三年前のあの作戦に参加したらしい者達が、周囲の者に説明している声がスピーカーから響いてくる。
「これで、またあの子は人気を集めてしまうな」
 本人は別の理由から手を出したのだろうが……と言うことはわかっていた。それでも、無駄な戦いをしたくない者達にとってはキラの行動は歓迎できるものだ。
「しかし、あちらさんにはどうだろうね」
 まだ、機体の方の自由はきいているらしい。
 その気になれば、攻撃の方法がないわけではないのだ。
『キラちゃんのことだもの。ちゃんと対処を取っているわヨ』
 何も心配しないの……とアイシャが声をかけてくる。
「もちろん、わかっているよ」
 あの子は優しいから、たとえ《敵》だとわかっていてもその命が失われることを望まないだろう。
 それでも、バカはどこにでもいるはずだ。
「……まぁ、彼は信用できるようだからね」
 レイの顔を思い浮かべてバルトフェルドはこう呟く。
「事後処理について考えておくべきだろうね……議長とご連絡が取れるかな?」
 キラの願いを叶えてやろう。そう考えながら、バルトフェルドは心の中でそう呟いていた。

「……やはり、さっさと連れてくるべきだったな……」
 ウィンダムの中で、ネオはこう呟く。
 しかし、今となっては仕方がない。
「お前らは撤退しろ!」
 艦隊の者達に向けてこう告げる。
『大佐?』
「誰かが責任を取らないわけにはいかないだろう?」
 ここまで惨敗すればな、とネオは自嘲の笑みを浮かべながら口にした。その場合。切り捨てられるのはやはり自分たちだろう、とも。
「まぁ、どうでもいいことだがな、俺たちは」
 あの三人のことは気にかかる。だが、それも仕方がないことだ……とネオは心の中で呟いた。
「最後は好きにさせてもらうか」
 今まで我慢していたのだ。
 確かに、武器は封印されているが、まだ機体は動く。
 そして、その気になれば一機ぐらいなら倒せるだろう。
「なぁ……」
 にやりと口元をゆがめる。
 そのまま、ネオは視線をストライクへと向けた。