シンの目の前で、キラが男の腕から逃れようと暴れている。 しかし、男はキラを解放する気はないようだ。 それどころか、キラをアークエンジェルではない《どこか》に連れて行こうとしているらしい。 「何してんだよ、あんた!」 言葉とともにシンは二人のそばに駆け寄る。 「シン君!」 それに気づいたのだろう。キラがすがるような視線を向けてきた。 「キラさんが嫌がっているだろう!」 もう、相手が何者であってもかまわない。それよりも、キラを……と考えるよりも先に体が動いていた。 「お前!」 そんなシンを遠ざけようと相手は動く。 しかし、それでもキラの手首を放そうとしない。片手でしっかりとキラの両手首を掴んでいるあたり、場慣れしているのだろうか。 「邪魔をするな!」 だが、それ以上に気に入らないのは、片手だけしか使っていない相手が自分と互角だ、と言うことだ。 「邪魔なんかしてねぇよ! キラさんが嫌がっているからだ」 キラが何も言わなきゃ無視するに決まっているだろう! とシンは怒鳴る。 悔しいが、自分一人ではキラを安全に男から引き離すことができない。 だが、こうして声を上げていれば誰かが来てくれるのではないか。そう思ったのだ。 「お前! どこの隊の人間だ?」 もみ合いながらも、相手はこんな質問をしてくる。 いきなり何を言い出すのか、とシンは思う。 「そんなこと、あんたに関係ないだろう!」 だから、さらに声量を上げるとこう言い返した。 「隊長クラスの人間の言葉を聞けないような部下を持つ奴が、どこの誰か、聞きたかっただけだ」 この時始めて、シンは相手が身に纏っている軍服の色に気づく。確かに、彼が身に纏っている色は《白》だ。 だからといって、どうしてそう言うことになるのか。 自分も他人の言葉を聞かないと言われているが、ここまでひどくはないのではないかとシンは思う。 「それこそ、あんたに関係ないだろう! 戦闘中ならともかく、これはプライベートじゃないか!」 それであれこれ言われてはたまらない。相手が隊長クラスの人間でもだ。 基本的に、ザフトは市民軍だから、階級の差はないはず。それでも、戦闘中に指示を出す関係上《隊長》と呼ばれる人間がいる。それだけのことだ、とシンは認識していた。 だから、隊長クラスの人間とそれ以外の人間が恋のさや当て、と言う状況になることもあるらしい。プライベートな点では平等だからこそ、できることだろう。 しかも、キラは今バルトフェルドの保護下にいるのだし、彼が許可を出したのであれば彼女がこんなに嫌がるはずはない。 「隊長だろうと何だろうと、いやがる女性に無理強いする人間には従えない!」 何でこんなに話が通じないのか、と思ってしまう。 同時に、彼の言動と同じような場面を体験したことがあるような……とシンは心の中で呟く。それも、地球に降りてからのことだ。 「……俺はキラと知り合いだが?」 「だから何なんだって言うんだよ! ストーカーだって、昔は知り合いだった人間が多いって言うじゃないか!」 そんな理屈、通るか! とシンはさらに言葉を重ねる。 「……お前……」 自分のセリフが相手の逆鱗に触れたらしいことはシンにもわかった。 と言うことは、今までにも同じようなことをして同じようなセリフを言われたのだろう。 「何だよ! 再犯かよ、あんた。最低だな!」 だったら、余計にあんたのセリフなんかに耳を貸せない! シンはそう言い返す。同時に、キラの体を心配して少し控えていた相手の足に対する攻撃も始めた。 さすがにこれには相手も余裕を失ったのか。 それとも、先にシンをたたきのめそうと考えたのかもしれない。 アスランはキラから手を放した。 その瞬間を、シンは見逃さない。 アスランの足をはらうと、そのままキラへと駆け寄る。 「失礼します!」 言葉とともに彼女の体を抱き上げた。そんな彼の首に、キラの腕がすがりついてくる。 「お前!」 アスランが体制を整えたときにはもう、シンはキラを抱えたまま走り出していた。 さすがの彼も、この状況ではうかつに手出しできないらしい。 守るべきキラを盾にしているような状況だが、この場合仕方がないだろう。 「しっかり掴まっていてください!」 ともかく、誰かがいるところまで一緒に行きますから……とシンは口にする。 「……ごめんね……」 「いいえ。気にしないでください!」 こう言いながら、シンはようやく相手が誰であるか思い当たった。 フラガやレイが『危険人物』と言っていた人間の名前が《アスラン・ザラ》だったはず。 そして、キラがあの男のことを『アスラン』と呼んでいた。 そうなれば、答えは一つだろう。 「ちょっと、シン! 何をしているのよ!!」 その時だ。二人の耳に車が近づいてくる音が届く。それと同時に、ルナマリアの声が周囲に響いた。 「丁度良かった、ルナ! キラさんが変な奴に絡まれてたんだ!」 追いかけてこられるとまずい! とシンは付け加える。 「……わかった。乗れ!」 こう言いながら、レイが助手席のドアを開けた。シンはそこにキラの体をそっと下ろす。そして、そのまま自分は後部座席へと飛び乗った。 「詳しいことは、後で聞く。今は……」 キラを安全な場所に連れて行くことの方が先決か……とレイが口にしようとする。 だが、それが声になることがなかった。 「……緊急警報?」 いきなり鳴り響いてきたそれにルナマリアが周囲を見回す。 「何があったんだよ!」 シンもまた同じような行動に出る。だが、答えが出ることはない。 「……わからない。だが、ミネルバに戻った方が良さそうだ。キラさんには申し訳ないが、付き合って頂くしかないでしょうね」 ミネルバから連絡を入れます、とレイは口にする。 「それしか、ないね……」 キラはそんな彼に頷いて見せた。 |