時間は少し戻る。 「これ……確か、シン君のだ」 通路に落ちていた古ぼけた携帯電話を見つけて、キラはそっと拾い上げた。 「……それ、壊れているんじゃないの?」 脇からのぞき込んできたフレイが眉を寄せながらこう問いかけてくる。 「妹さんの、形見だって……」 しかし、キラの言葉を耳にすれば彼女の表情が変化した。 「それなら、届けてやらないといけないわね」 フレイも前の戦争でたった一人の肉親を亡くしている。だから《妹の形見》という言葉に反応をしたのだろう。 「そうだね。今なら、追いつけるかな」 「でなければ、あちらに伝言をしてもらうかね」 どちらにしても、追いかけてみよう……と言いながらフレイはさっさと歩き出す。キラもまた彼女の隣を歩いていた。 そのまま外に出ようとしたときだ。 「フレイ!」 不意に彼女を呼ぶ声が周囲に響く。 「何でしょうか」 視線を向ければ、医療技師の一人が彼女を手招いているのが確認できる。 「すまない。ドクターがお呼びだ」 この言葉に、フレイは眉を寄せた。それはきっと、キラを一人にするのが不安なのだろう。 「大丈夫だよ、フレイ。遠くには行かないし……途中で誰かに声をかけて迎えに来てくれるように頼んでくれれば」 ハッチはすぐそこだし、ここはザフトの基地内だから……とキラは微笑む。この言葉に、フレイはますます眉間のしわを深めていく。 「……仕方がないわね」 それでも行かないわけにはいかない……と判断したのだろう。フレイは深いため息とともに言葉をはき出す。 「わかっていると思うけど、無理はダメよ。それと、絶対、人目に付くところにいて! いいわね」 そうでないと、いざというときのフォローができないから……という言葉には少し艦論を試みたくなってしまう。だが、それが無駄だと言うこともわかっていた。第一、それで時間を潰してしまうのはもったいないし、とも考えてしまう。 「わかっているよ、フレイ」 ふわりと微笑みながらこう告げれば、彼女はどこか心配だという表情を隠さないまままた口を開く。 「あんたは、今、二人分の命を抱えているのよ。いいわね」 だから、絶対に無理をするな……と言われて、キラは素直に頷いて見せた。 「じゃ、すぐに誰かを捕まえるから。あんたも、出るときに声をかけるのよ」 さらに念を押してからフレイはようやくキラから離れていく。それまで彼も待っていたところを見れば、そうするのが当然だと考えるべきだろうか。 「……本当に、みんなってば」 まぁ、そうされても無理はないのかもしれないが……とキラも考えてしまう。自分のことながら認めないわけにはいかないあれこれをした記憶があるのだ。 「でも、最近はちゃんとしているよね……」 そんなに信用がないのかな、僕は……とキラはため息をつく。 だからといって、時間を巻き戻せるわけではない。そんなことを考えながらキラは歩き出す。 そのままハッチの所まで来たときだ。 いきなり誰かに腕を捕まれた。 「何?」 そのまま勢いよくひかれる。 まるっきり予想もしていなかったその動きに、キラは思いきりバランスを崩してしまう。 このままではお腹を打ってしまうのではないか。 とっさに、キラは反対側の手をお腹をかばうように回す。 しかし、キラがぶつかったのは固い地面ではなく確かなぬくもりを持った人の体だった。 キラに用事があったとしても、アークエンジェルの面々はこんなことをしない。 いや、ミネルバでもこんな扱いをされたことはなかった。 それなのに、いったい誰がこんなことを……とキラは思う。 ひょっとして、シンが戻ってきたのだろうか。しかし、彼もこんなことはしないはずだ。 「……誰……」 相手を確認しようと思ってキラは視線を上げる。 次の瞬間、信じられないというようにキラは目を見開く。 「……アスラン……」 どうして彼がここにいるのだろうか。 以前聞いた話であれば、隊を率いて宇宙にいるはずなのに。そして、バルトフェルドも誰も、彼の隊がここに来ているとは教えてくれなかった。 しかし、今、目の前にいる彼が偽物だとは思えない。 「久しぶりだね、キラ」 だが、アスランはキラの表情に気づくことなく、こう言ってきた。 いや、彼もキラがどれだけ困惑しているのか気づいているのかもしれない。それでも、気にすることなくこう言ってきた。 「……アスラン、放して……」 用事があるの、とキラはこう言ってみる。もちろん、そんなことでアスランが放してくれるはずがないこともわかってみた。 「やっぱり、子供がいるからかな。前よりも、体がふっくらとしてきたね」 予想どおりというのか。アスランは言葉とともにキラを抱きしめる腕に力をこめてくる。 「アスラン! こう言うことはラクスにしないと!」 彼の《妻》はラクスなのだ。 それに、とキラは思う。こんな光景を他の誰かが見たら間違いなく誤解されてしまうだろう。それでは彼のためにならないのではないか。そうも思うのだ。 「ラクスに? なんでだ」 しかし、アスランはまったく気にする様子はない。 「いつも言っているだろう。ラクスのことは気にしなくても大丈夫だって」 優しい笑みを浮かべると彼はこう言ってくる。その微笑みが優しければ優しいほど、キラにとっては恐いものに思えてならない。 「アスラン……」 「それよりも、立っていると辛いだろう? ゆっくりと休めるところに移動しよう」 いろいろと話をしたいこともあるからね。と付け加えると、アスランはキラを抱きしめたまま歩き出そうとする。 「アスラン!」 その腕からキラは何とか逃げ出そうとした。しかし、今のキラが彼にかなうはずがない。 「アスラン、やめて!!」 それでも何とか逃げ出さなければいけないのに。 キラはその思いのままこう叫んだ。 |