アスランが基地内にいる以上、キラをここにおいておかない方がいい。
 だからといって、うかつな場所に連れ出してあの男にねらわれても困る。何よりも、キラに気づかれるわけにはいかないだろう。
 そんなことを考えていた結果、出た結論は『アークエンジェルのみんながキラに会いたがっているから』という理由で艦に連れて行く、と言うことだった。
 かなり苦しいこの理由を、キラはまったく疑っていないらしい。
 それがいいのか悪いのか。そう考えるとため息が出てしまった。
「どうしたの? フレイ」
 それを聞きつけてしまったのか。キラがこう問いかけてくる。
「マードックさんの突進を、どうやって止めたらいいのか、と思ったのよ」
 もう、キラは素早い動きができないでしょう……と付け加えれば、彼女は納得したらしい。
「うん……そうだね……」
 さすがにあれは恐かった、とキラも頷く。
「大丈夫だって。止めればいいんだろう?」
 ケガをさせなきゃ、どんな手段を使っても……とクロトが口を挟んできた。
「そうね。さりげなく足を引っかける程度なら許容範囲だわ」
 痛みを与えてでも正気に戻ってもらわなければ……とフレイも頷く。
「あの……二人とも……」
 キラがおそるおそるというように声をかけてくる。
「なぁに?」
「あまり、無茶は……」
 しないであげて……と彼女は口にした。
「大丈夫よ」
 その程度の手加減は彼等も覚えたから……とフレイは自慢げに告げる。その言葉に、クロトはもちろん、ハンドルを握っているオルガや今まで眠っていたはずのシャニまでが頷いて見せた。
「そうだな。それに、その程度で壊れるわけがなかろう、彼が」
 壊れるとしたら、アークエンジェルの方かもしれない……ととんでもないセリフを口にしてくれたのは、ナタルだった。
「……ナタルさんまで……」
 信じられないというようにキラが呟く。
「マードックよりも、今は君の方がか弱い存在だしな」
 何よりも、彼のタックルのせいでお腹の中の子に万が一のことがあってはいけない。彼なら、せいぜい打撲か擦り傷ぐらいですむだろう」
 そうなれば優先順位は自ずから決まってくる……という言葉に、オルガ以外のメンバーが小さく拍手をした。
「……いいの、それで……」
「いいのよ、それで。あぁ、見えてきたわ」
 アークエンジェルが……とフレイはさりげなく話題を変える。
「おっさん達がハッチのところで待ってるよな」
 フレイよりは視力がいいクロトがこう口にした。
「そうなの?」
「あれは……お義父さんとアイシャさんとフラガさんだね」
 フレイの言葉に、キラがこう答える。
「と言うことは……間違いなくマードック対策だな」
 あの三人が一緒にいてはうかつに近づくことはできないだろう。そういうナタルの言葉は間違いないはず、とフレイも思う。
「……本当に過保護なんだから、みんな」
 そんな彼女たちの耳に、キラの呟きが届いた。

「……確かに、それはゆゆしき事態ではあるね」
 アスラン達の報告に、デュランダルはため息とともにこう告げる。
「しかし、それならばこそ、君達には宇宙にいて欲しかった、と思うよ、私は」
 その方が万が一の時の対処を取りやすかっただろう、と言外に付け加えた。
「ですが、地球軍に悟られないようにご報告をするには、直接お会いした方がよろしいと判断させて頂きました」
 しかし、アスランはこう言い返す。
「それに、あの位置からは本部に戻るよりも地球に降りる方が無駄な戦闘を避けられると考えましたので」
 この言葉は自分が防衛以外の戦闘を禁じているからだろう。
 確かに、そう言われてしまえば『そうか』としか言い返せない。しかし、素直にそう言えないのは相手が《アスラン・ザラ》だからではないか、とも思う。
 本当の目的は《キラ》だろう、とデュランダルは考えていた。
 ここに来れば、彼女に会えるだろう。それを目的にしてきたのではないか、とそう思う。
「……そう言うことにしておこう、取りあえずは」
 だが、それはさせない……とデュランダルは心の中で呟く。
 昔の彼はどうだったかは知らない。だが、今の彼は彼女にとって《必要がない》存在でしかないのだ。
「議長?」
「即座に対策を取らなければならない、というのは事実だからね。君達には明日にでもジブラルタルに移動してもらおう。もちろん、私も同行させてもらうがね」
 そのまま、自分を護衛して本国に帰還するように、とデュランダルは付け加える。
「かまわないね?」
 彼等に『否』と言えるわけがない。
 本当であれば、もう少しキラの側にいて経過を見守っていたかったのだが、とは思いながらもアスランの表情を見つめた。
「わかりました……明日のいつ頃、になりますでしょうか」
 しかし、アスランは表情を変えることなくこう問いかけてくる。だが、その鉄面皮の裏でどうにかしてキラに会いに行こうと考えているはずだ。
「できるだけ早く、と考えているのだがね。こちらとしてもスケジュールを調整する必要がある」
 明日の朝までには調整を終えることができるだろう。そうは思うが確実ではない。
「後で連絡をする。部屋で待機をしていてくれるかな」
 こう命じては見たものの、目の前の相手がおとなしくしているはずがない、と言うこともわかっていた。
 もっとも、既に彼女はアークエンジェルへと移動させている。このホテルに置いておくよりも、アスランが押しかけていく可能性は少ないだろう。
「はい」
 意味ありげな響きを持った声でアスランがこう言い返してくる。そのまま彼は素直に部屋を出て行く。
「……おとなしくしていてくれればいいのだがな」
 間違いなく彼は行動を起こすだろう……とデュランダルはため息をつく。
「レイ」
 その姿勢のまま、デュランダルは呼びかける。
「はい」
 そうすれば、カーテンの影から彼の姿が現れた。
「聞いての通りだ。頼んでかまわないかね?」
 何を、とは言わない。それでも彼には伝わったらしい。
「わかりました」
 いつもの表情でこう言葉を返してきた。