何故、彼が今ここにいるだろう。
 目の前の人物の姿を見て、ラクスは眉を寄せた。
「久しぶりですね、ラクス」
 それに気づいているはずなのに、アスランはあくまでも礼儀正しい口調でこう言ってくる。
「えぇ、本当に」
 彼に言葉を返しながらも、ラクスは何故ここに相手がいるのかを考えてしまう。
 彼のキラに対する執着を知っているデュランダルが、必要があったとしてもこの場に呼び寄せるはずがないのだ。
 それなのに、今、相手は目の前にいる。
 となれば、考えられる理由は一つしかない。
「まさか、命令がないのにおいでになるとは思いませんでしたわ」
 ザフトの隊長である貴方が……とラクスは棘を滲ませて付け加えた。
「……緊急事態だったのですよ。それも、直接議長の判断を仰がなければ言えない、と思われる」
 でなければ、自分はともかくニコルが許可をするわけがないだろう、とアスランは口にする。
 確かに、彼であればそうかもしれない。
 それでも、とラクスは思う。
「なら、クルーゼ隊長にご連絡を入れられてから……というのが筋でしょう? 私の《夫》は、いつから最低限の手順を行わなくても良いような立場になられたのでしょうか」
 それだけ偉くなられていたのに《妻》である自分が知らなかったとは恥ずかしい……と付け加える。
 もちろん、これは半分以上イヤミだ。そして、残りはあり得ないとわかっていての演技である。
「ラクス」
「私、何かいけないことを申し上げました?」
 相手もそれがわかっているはずだ。それでも、にこやかに聞き返す。
「……立ち話も何ですから、座りませんか?」
 その代わりというように彼はこう口にする。
「そうですわね」
 確かに、いくら《夫婦》の会話とは言え、立ち話というのはおかしい。事情が知らない《誰か》がこの光景を見たら奇異に感じるはずだ。
 それでは困る。
 自分たちが決して認めたくないと思っている関係ではあるが、それでもプラントの人々にとっては必要なことなのだ。
 何よりも、彼女を守るためには……と思う。
 それをアスランもわかっているらしい。公的な場では、理想的な《夫婦》を演じているのだ、自分たちは。
「何か飲まれますか?」
 取りあえず、このまま何もしてないのは手持ちぶさただ。同時に、言葉につまったときに間を取るためにも何かあった方がいい。そう判断して、ラクスはこう問いかける。
「そうですね。コーヒーという時間ではありませんか」
 なら紅茶を……と口にしたすぐ後で、アスランは嫌そうな表情を作る。紅茶好きで知られるある人物を思い出したのかもしれない。
「では、そうしましょう」
 かすかに顔をしかめているアスランを無視して、ラクスはこう口にする。そのまま、端末を持ち上げるとルームサービスを頼んだ。
 相手が彼でなければ、自分が手ずから用意してもかまわないのだが、アスランではその気にもなれないのだ。
「そう言えば……ここにはアークエンジェルも寄港しているようですね」
 今思い出した、と言うようにアスランがこう呟く。
「バルトフェルド隊長がいらしていらっしゃいますから……そうでしょうね」
 ここからは腹のさぐり合いになるな、と思いながらラクスはこう言い返す。
「それが何かしましたか?」
 彼が何を言いたいのかわかっているものの、ラクスはあえてこう問いかけた。
「……キラの話を聞ければ……と思っただけです」
 他人であれば見ほれてしまうしかない笑みを浮かべつつ、アスランはこう言い返してくる。
「お時間があれば、よろしいですわね」
 ラクスがこう言うと同時に、まるでタイミングを計ったかのように、ルームサービスが届けられた。

 目の前の人物を、いい加減ぶん殴りたい。
 カガリはそろそろ自分の堪忍袋の緒が切れかけていることに気づいていた。それでも、そんなことをまだするわけにはいかない。
「だから、コーディネイターの権利を少し制限すればいいんだよ。そうすれば、あちらだって余計なことを言ってこなくなる」
 それでは、オーブの理念に反するだろうが、と心の中でつっこみを入れる。
「別段、それでも困らないだろう?」
 何がだ、と思いながらカガリはさりげなく視線を窓の方へと向けた。そこにはキサカ達がいるはずなのだ。
 そこに一瞬だけ現れた手が、もう少し引き延ばすように合図を送ってくる。
「実際、あちらだってコーディネイターを利用しているんだし」
 まだこの苦行を続けなければいけないのか。
 ため息をついているカガリを無視して、ユウナはさらに言葉を重ねてくる。
「そう言えば、以前、頼まれてモルゲンレーテの技術員を派遣したことがあったっけ。あれもコーディネイターだったな」
 自慢げに口にし始めた内容に、カガリの眉が寄っていく。
「まぁ、その後であれこれ難癖付けられてきたけど、でも、有能な……と言われたしね」
 あちらも利用し終わった後で連絡してきたと言うことは、必要なくなったんだろうなぁ……とまるで道具を捨てるような口調で付け加える。
「……難癖?」
「コーディネイターだから、ザフトのスパイじゃなかったのかって。その時は派遣したのが誰だったか忘れていたから、適当に言葉を返したんだけどね」
 そう言えば、どうなったのか……と首をかしげている。
 しかし、カガリははらわたが煮えくりかえりそうな気持ちでいっぱいだった。
 同時にかならず調べ上げようと心の中で呟く。モルゲンレーテ関係であれば、すぐにわかるはずだ、とも。
「そう言えば、君の友人だったという彼女」
 本当にこいつは気に入らない……と思っていたカガリの耳に、さらに言葉が届く。
「彼女もここにいれば良かったのにねぇ。そうすれば、ただの技術協力ぐらいですんだのに」
 オーブを離れてしまった以上、あちらにしてみれば好きにしていい存在になったのだ、と彼は笑う。
 それが《キラ》のことだ、と言うことはすぐにわかった。
「……何故、地球軍がそれを知っているのだ?」
 彼女をミネルバに乗せたことも、いや、それ以前にオーブにいたという事実も内密に行ったことだ。少なくとも、オーブの書類上は《キラ・ヤマト》と《キラ・ジュール》は別人と言うことになっている。そして《キラ・ヤマト》はオーブにずっといることになっているのだ。
 しかし、ユウナの話だと地球軍はそれが嘘だと知っているらしい。
「教えたからね」
 自分が、と彼は平然と言葉を返してくる。
「ほぉ……」
 それが地雷を踏んだとは思っていないだろう。そして、カガリの堪忍袋の緒を断ち切ったと言うことも、だ。
「どの面下げて今のセリフを、私に言んだ、貴様は!」
 自分が友人をないがしろにするような性格だと思っているのか! とカガリは怒鳴る。
「カガリ!」
「さっさと私の前から消えろ! 二度と顔を見せるな!!」
 撃たれないだけましだと思え! という言葉とともにカガリはユウナを追い出す。キサカ達も止めなかったと言うことはかまわなかったのだろう、と判断をする。
「キサカ!」
「わかっています。大至急、事実関係を調査します」
 その結果、黒と出たときには覚えていろ。自分の権限を全て使ってでも、セイランを叩きつぶす。カガリは心の中でそう呟いていた。