「今、いいですか?」
 通路を歩いていたレイの耳に、フレイの声が届く。
 いったい何を……と思って視線を向ければ、医務室の前に彼女の姿が確認できた。
「どうしたのかしら?」
 隣を歩いていたルナマリアが、興味津々と言った様子でこう呟いている。
「さぁ」
 こう答えるものの、レイは不安を感じていた。
 彼女が看護士としての資格を持っていることも耳にしている。そして、キラはかつてその身に降りかかったある事態のために、その存在そのものが不安定なのだ。その上、現在はその体内に子供をはぐくんでいるという状況でもある。
 それらを考えれば、何かあったのかもしれない……という結論に達してもおかしくはないだろう。
「レイ?」
 確認をしておいた方がいいか……と判断してそちらに足を向ければ、不審そうにシンが問いかけてくる。
「話を聞いてくるだけだ」
 もし、それが乗組員に関係していることなら、自分からも注意をした方がいいだろう……とレイは思う。市民軍であるザフトには、隊長や《FAITH》と言った一部の者達以外、地球軍のような階級の差はない。それでも、各部署のリーダー格の人間の言葉には従うはずだ。
 そして、自分はパイロット達のリーダー格である自分は、それなりの権限がある。
 そう考えてのことだ。
「私も付き合うわ」
 ところが、ルナマリアが即座にこう告げる。
「ルナ?」
「女同士の方がいいこともあるでしょう?」
 いろいろと……と言えば納得するしかない。それでも、それならばフレイやタリアでも十分ではないか、とも思う。
「どうせなら、三人で行くか。年が近いなら、話し相手ぐらいならできるだろうし」
 自分も気になるから……とシンまでもが口にした。
 それはいいことなのかどうか、レイにはわからない。だが、キラの味方は一人でも増やしておきたいと思う事もまた事実だ。
「わかった」
 なら、三人で行くか……といいながら、レイはさっさと歩き出す。その後を残りの二人もついてきた。
「どうかなさいましたか?」
 どうやら、看護兵の方にもキラとフレイのことは報告が行っているのだろう。しかし、どこか警戒をしているようにも思える。
「ちょっと薬品の在庫を教えて頂きたいんです」
「理由をお聞きしてもかまいませんか?」
 フレイの言葉に彼女はあからさまに警戒しているという態度を見せる。それがレイには気に入らない。
「その方は看護士の資格を持っていらっしゃる。それに、キラさんの日常生活の管理はその方が行うんだ。万が一の時のために、医薬品を確認したいというのは当然の事じゃないのか?」
 なければ、大至急手配をしなければいけないだろう……ともレイは付け加える。
「……あんた……」
 その言葉に、フレイが驚いたように目を丸くしていた。もちろん、看護兵もだ。
「ですが、許可がなければ開示できません」
 ある意味、これも当然のことだろう。
「あればいいんだろ。なら、今艦長の所に行ってもらってこようか?」
 シンの言葉にルナマリアも頷いてみせる。
「それがいいんじゃない。そのくらいなら、すぐだし……でも、キラさん、今、お一人何じゃないですか?」
 そちらの方は大丈夫なのか? とシンがフレイに問いかけた。
「今はねているから大丈夫だと思うけど……そう長い時間は無理だわね」
 いつ目を覚ますかわからないから……とフレイはかすかに眉を寄せている。
「なら、許可が出たら、一覧を持っていくように手配しよう。そのくらいは、融通を利かせてくれるだろうしな」
 自分たちの誰かがその役目を担ってもいいし……とレイは口にした。
「……許可さえいただければ、私がお持ちしますよ。他にもいろいろと相談しておいた方がいいでしょうし……ドクターよりは、私の方がそちらの方も話しやすいのではありませんか?」
 しかし、意外なことに看護兵がこう言ってくる。
「私だって、あの方のことは聞いていますから……」
 協力できることはするつもりなのだ、と彼女は苦笑を浮かべた。それでも、規則は曲げられないからという彼女に、フレイも笑みを返す。
「うちの義父の隊が特別なのね。無理を言って申し訳ありませんでした」
「こちらこそ、すみません」
 お互いにこう言い合う女性達にレイもまた苦笑を浮かべた。

 よく知っている声の他に、まだ耳慣れない声がする。それはどうしてなのだろう、とキラは思う。
「……フレイ?」
 ゆっくりとまぶたを上げると、キラは側にいてくれるはずの相手の名前を口にする。
「起きたの?」
 体を起こせば、即座にフレイが呼びかけてくれる。
「……うん……」
 どれだけ寝ていた? とキラは彼女に向かって問いかけた。その間に、何かあったのだろうか、とも思う。
「二時間ぐらいよ」
 気にするほど寝ていたわけじゃないわ、とフレイは笑う。
「それに、暇つぶしの相手をしてくれた人がいるからね」
 さっきあったでしょう? と言われてみれば、タリアに紹介されたパイロットの顔が確認できる。
「えっと……ルナマリアさん?」
 確かそういう名前だったはず……とキラは相手の名を口にした。
「覚えていてくださったんですか! ありがとうございます」
 そうすれば、彼女は華やかと言える笑みを口元に浮かべる。
「本当は、レイとかシンも来たいって言っていたんですけど、キラさんが眠っているからって追い出しました」
 さすがに、恋人でも何でもない女性の寝顔を盗み見るのは礼儀知らずだ、と彼女は口にした。
「そうよね。肉親とかなんかなら別だけど。あぁ、ドクターはまた別の次元だわ」
 女性でも、ちょっと困るときがあるものね……とフレイは明るく言い返す。それでも、彼女が認めたのであれば大丈夫だろう、とキラは思う。
「と言うわけで、寝癖!」
 なおしなさいよ! と言いながら、フレイがキラの側に歩み寄ってくる。そして、そのまま手にしていたブラシでそっとキラの髪をすき始めた。
「あんたの髪の毛は、手入れしないとすぐに大変なことになるんだから」
 まぁ、触るの好きだからいいけど……と口にするものの、フレイの手つきは優しい。
「本当、綺麗な髪の毛ですよね」
 レイのも綺麗だけど……と言いながら、ルナマリアがフレイの手元をのぞき込んでくる。
「そうなんだけど、無頓着なのよ、この子」
 本当に……と言う言い返すフレイに、キラは苦笑を浮かべるしかできない。自分でも、そうだとはわかっているのだ。
「……本国にいると、お義母さまが全部やってくれるんだもの……」
 自分でする前に……とキラはため息をついてみせる。
「あぁ、あの方ならそうよね」
 納得と言うようにフレイもまた苦笑を浮かべた。彼女も、エザリアの過保護ぶりはよく知っているのだ。
「そうなんですか?」
 ルナマリアだけが目を丸くしている。しかし、評議会議員だった頃の彼女しか知らない人間であれば信じられなくても仕方がないだろう。
「実の息子がかわいげがないから、キラを猫かわいがりしているのよね、あの方」
 気持ちとしてはよくわかるけど……とフレイは笑う。跡継ぎとしてはあれでいいのだろうが、母としてはどこか物足りないのだろう、と付け加えた。
「あぁ、そう言うことならわかります」
 確かに、そうかもしれないです……とルナマリアに頷かれてしまっては、どうしていいのかわからない……とキラは思う。
「……あのね、二人とも……」
 一応、自分だってきちんとするときはするのだ。ただ、今は寝起きだったし……とキラは反論しようとする。
「これでよし、と」
 しかし、それよりも早くフレイが口を開いた。
「と言うことで、食堂に行きましょう? あんた、少しでも食べないと」
 お腹の子のためにと言われてしまえば、キラに反論できるはずがない。こう言うところがフレイなんだよな、と思いながら、彼女は頷いて見せた。