「レイ」
 どこかに出かけていたらしいシンが戻ってきた。そう思った次の瞬間、彼はレイの名を呼んだ。
「何だ?」
 ひょっとして、何かまたやらかいしてきたのだろうか。そう思いながら、レイは聞き返す。
「アスラン・ザラとキラさんの間に……何かあったのか?」
 だが、彼の口から出た言葉はレイがまったく予想していないものだった。
「何故、お前がそれを聞いてくる?」
 イザークとキラの関係について聞いてくるのであればまだわかる。本人は認めたがっていないようだな、どう見てもキラに対するシンの《執着》は恋情から出ているものだ。
 だが、シンの様子からすれば、誰かから聞いてきたとも思える。
「フラガなら、知っていると思ったんだよ……だから……」
 直球勝負で聞きに行ったのだ……とシンは口にした。そのストレートな行動は相変わらずだ、とも思う。そう言うことがあるからこそ、自分は彼を嫌いになれないのかもしれない。
「その途中で、本部に向かう人影を見て……その瞬間、フラガが『まずい奴が来た』って言ったんだ。聞いていい雰囲気でもなかったし……だから、そいつの名前だけを他の奴から聞いてきたんだけど……』
 キラのデーターがあれだけ厳重に管理されていたところから判断して、自分では調べられようがないのではないか、と判断したのだ、と呟く。
 だが、レイなら知っているのではないか。そう判断したのだ、とも付け加えた。
 そういう推察力はさすがだと言えるかもしれない。
「……なんだよ! 知りたいと思っちゃいけないのか?」
 どうしようかと考えていたレイの沈黙をどう判断したのか。シンは噛みつくようにこう言ってくる。
「いや、そういうわけではない」
 ちょっと難しい問題も含んでいるから、どこまで説明していいものかどうかわからない……と口にした。
「難しい?」
 どういうことなのか、とシンは首をひねっている。
「事実だけを話すが……アスラン・ザラとキラさんは幼なじみだ。で、戦場で再会をして、キラさんがイザーク・ジュールに恋をしたことを間違いだ、と言い出した。二人が結ばれて、自分もラクス・クラインと結婚した今も、キラさんに対する執着を捨てていない……と言うところだな」
 キラの方は、本当にただの《幼なじみ》という感情しかアスランに抱いていないらしいのだが、とレイは口にする。
「なんだよ、それ……」
 わけわかんねぇ……とシンは呟く。
「心配するな。アスラン・ザラのキラさんに対する執着の強さの理由は、俺にもわからない。ただ……」
 そう言えば、とレイはあることを思い出して言葉を一度切る。彼がこう言っていたはずだ、とも。
「ラウが言っていた。アスラン・ザラはキラさんに、過去の、幸せだった頃の記憶だけを見ているのだ、と。そして、その時のキラさんに、今のキラさんを押し込めようとしているのだ、と」
 それがキラさんにとって幸せなのかどうかは関係ないらしい。
 だからこそ、今のキラさんを好きな人々はアスラン・ザラを彼女のそばに近寄らせたくない、と思っているのだ。その中に自分はもちろん、デュランダルも含まれていることは否定しないしする気もない。
「……それって……」
 だが、シンにしてみればアスランの言動に何か思い当たるものでもあったのか。さりげなく視線を彷徨わせている。
 そう言えば、彼もまた過去から抜け出せていなかったのだな、とレイは思い当たった。
 もっとも、彼の怒りは当然だし、そこから今の選択をしたのだから前を見ていないわけでもないのだろう。
 それでも、振り切れないものがある、というだけだ。
「どちらにしても、今のキラさんにあの男は近づけたくない。ただそれだけだな」
 いや、できれば一生。
 彼が自分の考えを変えたときにはその限りではないが、不可能に近いだろう……とも思う。
「でなければ……キラさんのお腹の中の子に影響があるかもしれない」
 いや、それ以前に『二人で話し合いたい』という名目で、基地外に連れ出しかねないのだ、彼は。
 実際、そのような事例が以前にあったと聞いている。
「……過去の……幸せの象徴……」
 だが、シンは別のことに興味を抱いたらしい。
「それが悪いとは言わない。ただ……それに固執するあまり、相手が成長をすることを否定していては意味がないのではないか?」
 それが好ましいか好ましくないかは別の問題だが、どのような人間にしても、年を重ねるごとに変わっていくものだ。
 レイ個人の考えだが、今のキラの方が好きだと思う。それは、彼女が前を向いて生きているからだろう。だから、きっと明日のキラの方が好きになれるのではないかと思えるのだ。
「成長か……」
 かすかな自嘲を滲ませてシンが言葉を口にしたのは、タリアか誰かから言われたセリフを思い出しているからかもしれない。
「……お前だって、最初にあった頃と比べれば、それなりに成長しているが」
 このセリフに、シンは目を丸くする。
「レイ?」
 何を……と彼は呟いた。
「本当のことだろう。いい加減、毎日顔を合わせていれば、その程度は見えてくる」
 もっとも、まだまだの所の方も多いが……とレイは苦笑を返す。
「お前が『地球軍を憎い』という気持ちを変えないというのであれば、それは当然のことだ。だが、それとただそこにいたからと言って個人個人を憎むのとは違うと思うぞ」
 それを言葉ではなく自分自身の認識として受け入れられるかどうか。それによって、これからのシンの成長の度合いが変わってくるだろう。
「……そう言えば、イザーク・ジュールはキラさんに恋をしてから、人間として深みが出てきたとラウが言っていたな」
 それまでは、ナチュラル蔑視の言動が目立って、それが視界を狭くしていたのだ、と聞いたと付け加える。
「……俺は別に、あの人に認められたいって言うわけじゃ……」
 ない……と言いながらも、キラと他の人間――さすがにデュランダルやタリアあたりは別格らしいが――に対する呼称が違っていると本人は気づいていないらしい。
「そうか」
 これ以上何かを言って、彼を混乱させるのも逆効果だろう。そう判断して、レイは引き下がることにする。
「……そう言えば、キラさんがこの前のことでお前に礼を言いたいようなことを言っていた。どうする?」
 周囲の人々の問題も、キラの言葉であればあっさりと解決をするだろう。何なら、ラクスにも同席をしてもらえばいいのではないか。さすがに、デュランダルは難しいだろうな……と思いながらレイは問いかけた。
「そうだな……あの人と、ゆっくりと話をしてみたいしな」
 やはり何かをつかみかけているのかもしれない。それでもまだためらいを捨てきれないという態度を見せながらも、シンはこう言ってきた。
「もっとも、うかつなことを言うようなら、すぐに追い出すが」
 これならば大丈夫だろうか。
 そう思いつつも、こう釘を刺す。
「……わかっている」
 シンにしてもその程度の認識はあったらしい。素直に首を縦に振ってみせる。
「では、今度キラさんにあったときにはそう言っておく」
 話はここまでだ……と言外に告げると、レイは視線をシンから移動させた。それを合図に、シンもまたシャワーブースへと移動していく。
「……アスラン・ザラか……厄介ごとが起きなければいいが……」
 その姿が完全にドアの向こうに消えたところで、レイはこう呟いていた。