周囲に軍人がいる、という環境でキラがストレスを感じないようにと言うことなのか。
 それとも、テラスからの侵入の可能性を少しでも減らすためか。
 あるいは、食堂に向かう距離を少しでも取って、キラに運動不足を解消させようと思ってのことか。
 彼女の部屋はホテルの三階に決められた。そして、その周囲にさりげなくシホやバルトフェルド達が詰めている。
 そのことは、キラにとっていいのかもしれない……とラクスは目の前の光景を見ながら心の中で呟く。
「……あっ……」
 その時だ。キラが小さな声を上げた。
「どうしました?」
 その声に、ラクスは反射的にこう問いかける。
「何でもないよ」
「動いただけだ、よな?」
 キラの足下に座り込んでいたシャニが彼女を見上げながら言葉を口にした。それに、キラは頷いてみせる。
「あらあらあら、まぁ……そうですの?」
 こう言ってみるものの、今ひとつぴんと来ない。
 自分の身近で妊娠しているのがキラだけだからだろうか。
「ラクス」
 ふわりと微笑んだキラが、ラクスを招く。その意図がわからないまま、ラクスはキラの側に歩み寄った。
「触って」
 そうすれば、彼女の細い指が負けないくらい細いラクスの手首を掴む。そして、そのまま自分の腹部へと導いていった。
「……まぁ……」
 確かに、キラの皮膚の下から何かが突き上げてくるような感覚が伝わってくる。
「お腹の中で暴れているんだって」
 昨日も、とても元気だとドクターに言われたのだ、とキラは微笑む。
「素敵ですわね……本当に」
 このように、子供は母親の胎内でも自己を主張するのだろうか。そして、そんな子供を母親は無償の愛ではぐくむのだろう。
「この子には、平和だけを差し上げたいですわね」
 彼女の体内で息づく小さな命だけではない。
 これから生まれてくる全ての子供達にもだ。
「うん。そうだね」
 キラも小さく頷いてみせる。
「でも……そのために、何ができるのかな、僕は」
 ふっと小首をかしげると、彼女はこう呟く。どうやら、今のままではいけないと思っているらしい。
「キラがなすべきことは、お腹の中の子を無事に産んであげることですわ」
 そんなキラに向かって、ラクスはふわりと微笑んだ。
「ラクス……」
「戦争を終わらせることは他の方々でもできます。でも、その子を育ててあげられるのはキラだけですもの」
 そうでしょう、と付け加えれば、彼女は小さく頷く。
「それよりも、その子のために歌わせてくださいませ」
 その子の誕生の場には立ち会えないかもしれないが、キラのお腹の中にいるその子のために今なら歌うことができるから。ラクスがこう言えば、彼女は柔らかく微笑んで見せた。

「……いったい、誰が許可を出したのかね?」
 その報告を耳にした瞬間、クルーゼは思わずこう問いかけてしまう。
「調べてみましたが……少なくとも誰もおりません」
 ただ、デュランダルの直接の指示だ、という可能性は否定できない。彼はこう口にした。
 しかし、その可能性はないだろう、とクルーゼは思う。
 あの場には彼女がいる。
 しかも、その細い体で新しい命をはぐくんでいる最中だ。
 そんな彼女に彼を会わせたらどうなるのか。
「……ともかく、至急議長に連絡を取ってくれ」
 対策を考えなければいけないだろう。クルーゼはそう考える。
「わかりました」
 この言葉とともに、彼は即座に行動を開始した。その背がドアの向こうに消えたところで、クルーゼはため息をつく。
「本当に厄介なことだ」
 まさか、そこまでするとは思わなかった。
 それがクルーゼの今の心境である。
 確かに、彼がそのような行動に出るかもしれない……とは思っていたが、それを制止できる存在を付けていたことも事実。そして、彼はそう簡単に丸め込まれるはずがないのだ。
 だが、現実に彼は行動を起こしてしまった。
「唯一の救いは……あの方があの地にまだいらっしゃることか」
 彼女であれば、きっと彼でも無視することができないだろう。
 そして、デュランダルの言葉も、だ。
「不本意だが、彼等に任せるしかあるまい」
 自分はこの場を動けないのだし……とクルーゼは思う。もし動けるのであれば、とっくの昔にあちらに向かっているはずだ。
「厄介ごとは少ない方がいいのだがな」
 ただでさえ既に彼等は厄介ごとを抱えているというのに、さらにか……とクルーゼは心の中で付け加える。
『クルーゼ隊長! デュランダル議長がお出になりました』
 その時、端末から報告の声が届く。
「わかった」
 その言葉にこう言い返すと、クルーゼは端末を操作する。
『どうしたのかね? 君からの緊急連絡とは珍しい』
 次の瞬間、モニターに彼の姿が現れた。休んでいたのか、上着を脱いでいるのがわかる。
「厄介ごとだ」
 ため息とともにクルーゼはこうはき出した。