キラ達の部屋の前で、シャニが苦戦している。
 普段あまり部屋から出ないせいか――それとも過去に投与された薬の影響か――青白いと癒える肌が今は朱に染まっていた。
 それが、その肌に刻まれた傷のせいだ、と言うことにレイはすぐに気づく。
 いくら彼等が《ナチュラル》以上の力を押しつけられた存在とはいえ、三対一では分が悪かったのか。
 それとも……あの三人も彼等と同じ存在なのかもしれない。
「シャニ!」
 どちらにしても、彼がこれ以上傷つけばキラが悲しむ。もちろん、自分もだ。
「そのまま、ドアの前にいろ!」
 銃をかまえながらこう叫ぶ。
 もちろん、彼が自分の言葉を信じてくれなければ意味がない。だが、シャニはレイの言葉を信頼してくれているようだ。自分が不利になるかもしれないとわかっていても、言われたとおりの行動を取ってくれる。
 それならば、自分も彼の信頼に応えなければいけない。
 レイはそう考えながら引き金を引いた。
 銃弾は、狙いを違うことなくステラの手からナイフを吹き飛ばす。
「……ちっ」
 うかつに動けばレイに撃たれるかもしれないと判断したのだろう。三人はシャニから少し距離を置く。
 その隙に、レイはシャニのそばに駆け寄る。
「もう少し頑張れ! 今、バルトフェルド隊長達がいらっしゃる」
 外にはシンもいるしな……とレイは囁いた。
「……そっか……」
 なら、大丈夫だな、とシャニは笑ってみせる。
「あぁ。だから、それまでここを守るんだ」
 そうすれば、キラが微笑んでくれるだろう。ついでに、シャニのケガも手当をしてくれるかもしれないな……とレイは囁く。
「フレイかもしれないけどな……」
 それでも、キラが側にいてくれることは間違いないだろう、とシャニは付け加える。
「側にいて、心配してもらえるだけ、いいんだよな」
 だから、と彼は表情を引き締めた。
「絶対、ここは通さない!」
 きっぱりとした口調でシャニはこう言い切る。
「同意だな」
 そんな彼に、レイもまた頷いて見せた。

 だが、何事にも予定外の出来事というものはあるものらしい。
 それでも、挟み撃ちにされないだけましなのか。
 テラスから現れた人影を見つめながら、キラはそう思う。
「すまないが、アリアを頼む」
 ナタルがこう言うと同時に、キラの腕に小さな体を押しつけてくる。おそらく、彼女も『自分が自由に動けるようにしておかなければいけない』と感じたのだろう。
 実際に、自分よりは彼女の方が戦力になる。いや、現状であればフレイの方が強いのだろう。
 でも、自分でもアリア一人なら何とか守れるかもしれない。
「わかりました」
 そう思って、キラはアリアを抱きしめる。
「別段、君達に危害を加えるつもりはないのだがね」
 不意に男が口を開く。
 容姿だけではなくその声も《フラガ》によく似ているような気がしてならない。
 だが、とキラは心の中で呟く。
 よく似てはいるが微妙に違う。
 むしろフラガと言うよりは《クルーゼ》に似ているように感じられた。
 だが、彼等に他に兄弟がいるとは聞いたことがない。
 もちろん、親戚とか他人のそら似……という可能性もある。だが、彼から伝わってくる気配が、彼等と同一の血を持つ存在だ、とキラに教えてくれた。
「我々が欲しいのはそちらにいる女性だけなのだが……」
 そう言いながら、男はキラを見つめてくる。
「そんなこと、許せるはずないでしょう!」
 真っ先に口を開いたのはフレイだ。
「キラはものじゃないわ! 欲しいからって、本人の意志を無視して連れて行かせるわけないでしょう!」
 そう言いながら、フレイはキラを全身でかばうような仕草を見せる。
「そうですね。キラさんの意志が優先です」
 だから、邪魔をさせて頂きます……とシホも口にした。
「確かに。あなた方に渡して、彼女が幸せになってくれるとは思えないのでね」
 ナタルもそんな彼女の言葉に頷いてみせる。
「我々にとって、現在最優先すべきなのは、彼女の幸せだ。だから、ブルーコスモス関係者に渡すわけにはいかない!」
 ナタルもまた、キラの前へと体を移動させて来た。
「おやおや……ずいぶんと嫌われたものだな」
 わざとらしい言葉の裏に隠されている感情は何なのだろうか。彼の周囲を包み込んでいる雰囲気にキラは恐怖すら覚える。
 反射的に救いを求めるかのように、腕の中の柔らかな体を抱きしめた。
「君達だとて、かつては同じ陣営に所属していた者達ではないのかな?」
 違うかね……という言葉に、ナタルが唇をかむ。だが、すぐに彼女は口を開いた。
「それが正しいと教え込まれていたからな! だが、今はそうではないと気づいてしまった。それだけだ」
 それどころか、地球軍――ブルーコスモス――が抱えている矛盾にもな、と彼女はきっぱりと言い切る。
 その時だ。
 彼女たちの耳に外から響いてくる足音が耳に届く。どうやら、誰かが駆けつけてきてくれたらしい。
「おやおや……残念だね」
 もっとじっくりと話をしたかったのに……と彼は苦笑を浮かべる。
「まぁ、今回は無理はやめておこう。もっとも、次からはこんな穏便な方法は使えないと思うがね」
 言外に、戦闘に持ち込んでもキラを連れ去りに来る……と男は口にした。
「そんな脅しには乗りません!」
 本当だとしても、全力で阻止させてもらう、とシホが言い切る。自分だけではなく、他の者達も同じ気持ちだろう、とも。
「では、またお会いしよう。バジルール中尉にアルスター二等兵……それに、ヤマト少尉」
 言葉とともに、男は合図のためらしい音を立てる。そして、そのままきびすを返した。
 その身のこなしは、やはり普通のナチュラルとは思えない。
 だが、それよりも先に解決しなければならない問題が目の前にはあった。
「何なんだよ……ヤマト少尉って!」
 入れ替わるようにして現れたシンがこう噛みついてくる。彼の瞳には複雑な晄が浮かんでいた。