「シン!」
 いったい、何をする気なのか……という意味をかけてレイは彼に呼びかけた。
「侵入者!」
 シンはこう叫び返してくる。
「侵入者?」
 一体どこに……と思う。だが、シンが向かっている方向を見れば答えは一つしか思いつかない。
「……キラさんの所か?」
 デュランダルをねらっているのであれば、ホテルの方へと向かうはずだし、とレイは考える。
 無意識に、腰に付けたホルターを確認した。そこには冷たい感触がずっしりとした重みとともに存在している。
「あの人を守るのも、俺の義務だ!」
 ラウから任されている、とレイは呟くと同時に駆け出した。
 いや、彼だけではない。
 キラを自分の手で守りたいと思っている人間は多いはず。
 ただ、その多くは立場上他のことを優先しなければいけないのだ。その代わりに、自分に信頼してくれているだ、とレイは考えている。
 だから、その信頼に応えなければいけない、とも。
 一足先にあちらに向かったのが《シン》だと言うことに一抹の不安を覚えている。しかし、彼だってザフトの一員だ。守るべきものを間違えるようなことはないはず。
 レイは自分にこう言い聞かせる。
 それでも、無意識のうちに速度を速めてしまうのは、できればキラ達に気づかれる前に侵入者を処理してしまいたいと考えているからだ。
 それでも、自分が思い描くような速度で走ることはできない。
 しょせん《コーディネイター》とはいえ《人間》なのだ。機械のように限界をいくらでも変えられるわけではない。それは当然のことなのだが、もどかしいと思ってしまうこともまた事実だ。
 できれば、他の誰かが気づいてくれれば……と思いながら、レイはそれでも懸命に走り続けていた。

 最初に異変に気づいたのは、やはりシホだった。
 あの少女のことが気になる。だから、誰かがキラの側にいた方がいい。皆がそう考えた結果、シホがこうしてキラの部屋に泊まることになったのだ。
 もちろん、シホ自身にそれが『いやだ』というつもりは全くない。むしろ、自分にその役目を与えてくれてありがたいと考えていた。
 ただ一人、キラ本人だけは、その決定にとまどいと不安を覚えていたらしい。それでも、シホが側にいてくれるのは心強いのか、あえて反対の言葉を口にするようなことはしなかった。その事実が、余計にシホに『キラを守らなければ』という思いを強めさせる。
 だからだろうか。
 それとも、訓練された《軍人》としての意識がそれを感じ取ったのかもしれない。
「……何だ?」
 何か違和感を感じる。だが、それが何であるのかまではわからない。
 しかし、自分の感覚を疑ったあげく重大な失態を犯すよりは無駄だとわかっていても確認した方がいいだろう。特にこのような状況ではなおさらだ。
 そう判断して、シホはゆっくりとベッドから抜け出した。
「……シホさん?」
 キラには気づかれないように、と思っていたのにとシホはかすかに眉を寄せる。だが、考えてみれば彼女も戦場暮らしを経験しているのだ。何かを感じ取ったとしてもおかしくはない。まして、今は《母親》となろうとしているのだし、とも思う。
「まだ眠っていてください。今、確認してきますから」
 あるいは、他の誰かが気づいているかもしれないが……と思いながら、慎重にベランダの方へと向かう。
 そのままカーテンの影に姿を隠してそっと外の様子をうかがった。
 視力だけではなく聴力や肌に感じる空気の流れなども総動員する。
 そんな彼女の耳に、ドアの方から控えめなノックの音が聞こえた。
「キラ、シホさん?」
 その後に続いたのはナタルのものだ。と言うことは彼女も何かを感じ取ったらしい。そして、おそらく守るべき存在は一カ所にまとめた方がいいと判断したのだろう。でなければ、彼女がこんな時間にここに訪れるはずがない。
 しかし、状況を考えれば、キラにドアを開けさせるのは危険だろう。
「キラさん、私と一緒に」
 不本意だが、キラに付き合ってもらうしかない。
 側にいれば、何があっても対処できる自信がある。
 そう考えて、シホはキラにこう声をかけた。
「はい」
 シホが考えていることがキラにも伝わったのだろう。体を起こすと小さく頷く。そんな彼女に歩み寄ると、シホはその細い肩にそっとカーディガンを羽織らせた。
「私の側から、絶対に離れないでくださいね」
 ナタルを疑いたくはないが、万が一の可能性を否定できないのだ、と素直に告げる。
「そう、ですね」
 そんなことになっていなければいいのだが、とキラも頷き返す。
「ともかく、これ以上お待たせするわけにはいきません。私の杞憂と言うこともありますから」
 そうであって欲しいと思う。
「アリアちゃんも一緒に来てくれているといいのですけど」
 彼女が一緒であれば、何も心配はいらない……とキラも考えているのか。こんなセリフを口にする。
「大丈夫ですよ、きっと」
 考えてみれば、あの部屋にはフレイとシャニも一緒にいるのだ。だから、いくら何でも、そう簡単にあの子に手出しをできるはずがない。そうなる前に、二人のうちのどちらかが騒ぐに決まっている、とシホは口にする。
 それはキラを安心させるだけではなく、自分のための言葉だ。
 キラの肩を抱きしめるようにしながらシホはドアへと向かう。そして、キラの肩に置かれたのとは反対の手でドアを慎重に開けた。
「大丈夫ようだな。今、オルガとクロトが外を確認しに言っている。私たちはキラと一緒の方がいいと思ったのだが……」
 入れてくれるか、と問いかけてくるナタルの周囲には怪しい人物の姿は確認できない。
「……わかりました」
 だが、何か不安を感じてしまう。
 そう言えば、あの少女はどうなったのだろうか……と思いながらも、シホはようやく人が一人入れるだけの隙間を作る。
 そこから真っ先に室内に滑り込んできたのはアリアを抱いたフレイだ。その後をナタルが続く。
「閉めて!」
 最後に入ろうとしたシャニが、何かに気づいたらしくこう叫ぶ。
 反射的に、シホはドアを閉めた。
「シャニ?」
 どうしたのか、とキラがドア越しに問いかけようとしている。
 その時だ。
「邪魔するな!」
 ステラの声が彼女たちの耳に届く。
「うるさい! お前らに、キラ、渡すかよ!」
 その後に争うような音が続いた。