診察を終えたキラが案内されたのは、通信室だった。 「……いいのですか?」 思わず、付き添いに来てくれたダコスタにこう問いかけてしまう。 「議長の許可が出ているそうだから、かまわないと思うよ」 何よりも、既にあちらも準備ができているはずだ……と彼は笑った。 「そうなんですか?」 いったいいつの間に、とキラは思う。 もちろん、それが嬉しくないわけではない。 ただ、自分だけこんなに厚遇されていいのだろか、とそうも思うのだ。 「そうですよ。我々は時間を見て家族に連絡を取れますが、キラさんはそういうわけにはいきませんからね」 相手が忙しい方ですし……といいながら、ダコスタは苦笑を浮かべてみせる。 「ですから、このくらいは厚遇なんていうほどじゃないですよ」 だから、気にしなくていい……と口にしながら、彼はキラをシートまで案内をした。そして、キラが腰を下ろしたことを確認してから、視線だけでオペレーターに合図を送る。 そうすれば、彼は即座に回線を開いた。 「では、我々は外にいるからね」 ゆっくりを話をしなさい……というと同時に、彼等は通信室を出て行く。 まるでそれを待っていたかのようにモニターにイザークの姿が映し出された。 『元気そうだな』 柔らかな笑みとともにイザークが口を開く。 「うん」 それだけで、他のことはキラの脳裏から一時的とはいえ追いやられる。 「僕も、この子も元気だよ」 こう言いながら、キラはそっと自分のお腹に手をやった。そこは、服の上からでもはっきりとふくらみがわかるようになっている。 『大きくなったな』 イザークの視線もそこに向けられた。 「うん」 彼と最後に会ったのは、自分が地球に降りる前だった。その時はまだ、ほとんどふくらみを見せていなかったのだ。だから、彼が驚いていたとしても仕方があるまい。 実際、自分でも信じられないのだから。 「もう、動くんだよ、お腹の中で」 元気に、とキラは微笑む。まだ、あれこれ信じられないが、これだけは事実だ、とそう告げる。 『そうか』 キラの言葉に一瞬目を見開いたイザークは、次の瞬間、さらに優しい笑みを浮かべた。 『本当なら、側で確認したいところだが……』 「わかっている。僕たちのことは心配しないで」 本当は側にいて欲しいと思う。 だが、イザークの立場を考えれば、そんなわがままは言っていられない、とキラはわかっていた。だから、彼を安心させるように微笑みながら言葉を口にする。 「僕のことは、みんなが守ってくれるから」 だから、イザークには自分のなすべきことを優先して欲しい。そう付け加える。 『わかっている』 子供が生まれるときには、かならず側にいるから……とイザークが囁いた。それにキラは安心したような微笑みを口元に刻んだ。 「本当、わけわかんねぇ……」 自分がしたいことはわかっている。 しかし、その理由が自分でもわからない。 そんなことは、今までの決して長いとは言い切れない人生の中でも初めてなのだ。 自分の世界は、いつだって単純明快だったように思う。 好きか、嫌いか。 敵か味方か。 そんな風に単純に割り切ることができた――いや、割り切ってきたのかもしれない。あの日、全てを失ってから。 だが、どうしても《キラ》という存在は割り切ることができないのだ。 自分にとって、彼女の存在はきっとプラスにならない。 彼女が背負っているものを、自分はどうするものもできないと言うこともわかっている。 何よりも、周囲の連中の様子を見ていれば、自分の存在が歓迎されていないこともわかっているのだ。 「まぁ、あんなことしちゃな」 キラがミネルバに乗っていた間に自分がしたあれこれを思い出せば、納得するしかない。 だから、さっさと切り捨ててしまえばいいのに、とシンは思う。 今までなら普通にできたことが、どうしてできないのだろうか。 「ったく……」 いくら考えても答えが出ないということも知っている。そして、そんなことで時間を無駄にしてもいいはずがない。 「気分転換に、散歩でも行くか」 基地内ならかまわないだろう。 そう判断すると、シンはベッドから起きあがった。そして、そのまま部屋を抜け出す。 いくら南国とはいえ、さすがに夜になれば涼しい。 屋外へ出たシンは、風に髪をなびかせながらそんなことを考える。 「……月がない夜、か」 あまり、嬉しくないよな。こんな夜は、誰かが潜入してきても見つけにくい……とふっとそんなことを考えてしまった。 「そんなことがあるはずないのに、な」 デュランダルがいる今は、普段よりも警備が強化されている。そんなところに侵入するなんて、バカがすることだろう。 そう考えていたのに。 「……嘘だろう」 そんなバカの姿を、シンは見つけてしまった。 だが、そいつらの狙いは《デュランダル》ではないらしい。 「あっちは……」 キラ達の家があったはず。 なら、狙いは…… 「ちぃっ!」 見かけてしまった以上、気づかなかったふりはできない。何よりも、彼女は、今その体の中でもう一つの命を育てているのだし。 そう考えるよりも先にかけ出していた自分に、シンは気づいてしまった。 |