目の前でほのぼのとしているのか、それとも殺伐としているのかわからない光景が繰り広げられている。
 その中心にいるのはキラとシャニ、そしてシンが拾ってきた少女――ステラだった。
「……キラは、ステラ達と一緒にいるの。ネオがそうしろって言ってたもん」
 その中で一番問題だったのはステラだ。
 本当に何も聞かされていないのか。
 それとも、全てを知っていて演技をしているのか。
 そんなことを考えながら、フラガはそっと目の前の様子を確認していた。
 だが、どう見ても彼女は演技をしているようには思えない。
「多分、精神操作をされていると思う」
 不意に、フラガの耳にオルガのこんなセリフが届く。
「なるほどな」
 あの言動も、あるいはあちらにとって都合がいいものなのかもしれない。実際に、キラは彼女の幼い言動に邪険にできないようだ。そして、何だかんだと言って面倒見がいいナタルも同様である。
「本人はともかく、あの子を操っている人間にはそれも計算されていた、と言うことだな」
 それがひょっとしたら……という話をレイから聞いたばかりだ。そして、自分よりももっと良く事情を知っているであろう人物に、彼が今問いかけている最中である。
「ともかく、あの子をキラから放すついでに、俺を見ての反応を確認するか」
 レイでは若すぎるからな、とフラガは内心で付け加えた。
 だから、彼女には《同じ》存在であるかもしれない、と判断できなかったのだろう。
 だが、自分ならほぼ同じ年代だ。
 いくら彼女でも、似ているかいないかぐらいはわかるのではないか。それがフラガの出した結論だった。
「手伝いますか?」
 オルガがこう問いかけてくる。
「今はいい。手に負えないようになったら、頼むがな」
 言葉とともにフラガはゆったりとした動作で入り口へと立った。
「キラ」
 そして、声をかけながらゆっくりと室内に踏み込んでいく。
「軍医殿がお呼びだ。検診がまだだろう?」
 その後でお楽しみが待っているぞ、と付け加えれば、キラが視線を向けてきた。そのまま本当に嬉しそうに顔をほころばせる。
「フラガさん」
 きっと、自分なら何とかしてくれる……と考えているんだろうなぁ、とその表情から判断をした。できれば、何とかしてやりたいんだが、これは状況次第だしなぁとフラガは心の中で呟く。
「キラ、診察? なら、出かける準備、しなきゃ」
 こう言いながら、シャニは一旦キラから離れようというそぶりを見せた。だが、すぐにステラの存在を思い出したのだろう。その動きが止まる。
「頼む。俺がここにいるから大丈夫だって」
 キラには何もさせないから、とフラガが笑った、まさにその瞬間だ。
「ネオ?」
 彼の顔を見つめていた少女が小さな呟きを漏らす。
「ネオも来たの? ステラ達に任せてくれるって、そう言ったのに……ステラ、何か失敗した?」
 言葉とともに、少女はキラから腕を放した。その代わりに、フラガのそばに駆け寄ってくる。
 それを見て、キラが何かを言いかけた。それをフラガは視線だけで制止する。
 キラもあの日々をともに戦った仲だ。
 フラガの視線だけで彼が何かをしようとしていると察したらしい。素直に口をつぐむ。
「で、俺が何だって、お嬢ちゃん?」
 苦笑とともにフラガはこう問いかける。次の瞬間、ステラの顔が混乱の色で塗りつぶされた。

「……さて、厄介なことになったものだな」
 クルーゼのこの呟きに、イザークはかすかに眉を寄せる。彼がこんな風に呟く、と言うことは、自分に聞かせたい内容なのだろう。
 そして、それは間違いなく《キラ》に関係していることなのではないか。
「何か、ありましたか?」
 そんなことを考えながら、イザークは問いかける。
「また、地球軍にねらわれているそうなのだよ、彼女は」
 もっとも、それは予想できていたことだがね、と彼は苦笑を返してきた。
「問題なのは、そちら側に厄介な人物が出てきた、と言うことでね」
 自分たちもまったく予測していない人物だったのだ、という言葉に、イザークはますます眉間のしわを深める。
 彼の口調からすれば、その人物と《知り合い》なのではないか。そう思えたのだ。
「ともかく……あちらにはまだ議長がいらっしゃるし、な。それに、歌姫も、だ」
 バルトフェルド隊長やアークエンジェルの面々もいる以上、そう簡単にキラを渡すとは思えない。
 だが、とイザークは心の中で付け加える。
 お腹の中の子を盾に取られればどうだろうか。
 本音を言えば、今すぐにでもキラの側に行きたい。そのような危険が迫っている、というのであればなおさらだ。
 だが、とイザークは心の中で呟く。
 そんなことをしても、キラはきっと喜ばないだろう。
 むしろ、怒るに決まっている。
 普段はほとんど手がかからないと言っていいのに、こういうことにだけは頑固なのだ、キラは。
「ともかく、少なくとも無事に出産の時を迎えられるように、手配はしておいたが……」
 だが、あそこまで地球軍の手の者が入り込んでいるとはな、とクルーゼはため息をつく。
「もっとも、住民をむやみに追い立てるようなマネは、反感を生むだけだから、な」
 それでは、ブルーコスモスにつけいる隙を与えるだけだ、という言葉にイザークも頷き返す。
「それは、自分もわかっています」
「君なら、そう言ってくれると思っていたよ」
 意味ありげなこの言葉に、イザークは彼が何を言いたいのか、と考える。もっとも、考えなくてもすぐに答えが出たが。
「……アスランが地球に行く可能性は?」
「取りあえず、ないと思いたいね」
 キラの情報に関しては、アスランに届かないようにしてある、とクルーゼは苦笑を深める。だが、それもどこまで通用しているのかはわからないが、とも。
「もっとも、今はそれどころではない、と信じたいがね」
 未確認とはいえ、地球軍が月面で大がかりな武器を製造しているらしいと言う情報があった。それを確認するように命じたのだとか。
「結果次第で、こちらでも大がかりな戦闘があるだろうな」
 それで終わりになってくれればいいのだが……とクルーゼは呟く。
「そうですね」
 できれば、新しい命が生まれる前に全てが終わって欲しい。イザークもそう考えていた。