「……イザークは、何、いらついているんですか?」 久々に会ったと思った次の瞬間、ニコルがこう問いかけてくる。 「いらついてんじゃねぇよ。あれは、不安でたまらないだけだって」 どこまで話していいものか……と悩みながらも、ディアッカは口を開いた。あるいは、先に彼をこちら側に引き込んでおいた方がいいかもしれない、とも思うのだ。 「不安、ですか?」 ニコルがいまだ可愛らしいと言われる顔をしかめながら先を促してくる。 「キラがな……オーブに帰ってんだよ」 昔の友達の結婚式と、実の母親の元で出産をするために……と声を潜めながら告げた。 「そうなのですか!」 同じようにニコルも声を潜めてくる。それは《キラ》の名前がザフトにとってどれだけ影響を持っているか彼もよく理解しているからだ。 「あぁ。だが、あいつは今、動けないからな」 イザークが動けば、キラのことがばれる。 それがわかっているからこそ、彼はいらだちつつもここにいるのだ。本当は、今すぐにでも地球に降下したいと考えているはずなのに、我慢強くなったものだと……とディアッカは心の中ではき出す。 「……そうですね……」 イザークの場合、最悪の行動を取ったとしてもそれでも、まだ周囲の理解を得られるだろう。キラは彼の妻であり、そしてその体内に彼の子供を宿しているのだから。 だが問題は《アスラン》だ。 キラ達の話を総合すると、まだキラを手に入れることを諦めていないらしい。 今回のことだって、彼の耳に入った場合どのような行動を取るかわかったものではないのだ。 「ただ……アスハ家がキラを危険にさらすとは思えないし……何よりも、地球にはバルトフェルド隊長がいらっしゃるからな。何とかザフトの支配区域まで行ってくれれば、どうにかなるんだ」 本国に戻れないまでも、バルトフェルドの元にいてくれさえくれればイザークも安心できるだろう。何よりも、連絡を取るのに支障がないはずだからな、と思う。 「キラさんを守ろうとしてくださる方はたくさんいらっしゃいますから……」 ニコルもそれには同意のようだ。 「……そう言えば、ミネルバはどうなったのでしょうか」 不意に思い出した、と言うように彼はこう呟く。 「確か、カガリさんが乗り込んでおられたはずですよね」 ならば、オーブに寄港しているかもしれない……と彼は付け加える。 「そうだな。名目もあるし……」 そこでキラ達を保護している可能性もあるかとディアッカは思い当たった。 「なら、大丈夫か」 もっとも、それはそれで不安がないわけではない。 あの艦の乗組員は優秀だが、経験がないのだ。むしろ、キラの方があるだろう。 何か、彼等だけでは対処できないような事態があれば、絶対、黙っていられないはずなのだ。 「本当は、誰か絶対に安心できる人間が、キラの側にいてくれればいいんだろうがな」 バルトフェルドか、それこそアークエンジェルの連中のように……とディアッカは心の中で付け加える。 「それに関しては、後でクルーゼ隊長にご相談してはいかがですか? キラさんに何かあった場合、それこそザフトの士気に関わります」 「……それ以前に、隊長二人が使えなくなるぞ、きっと」 イザークとアスランが……と呟くディアッカに、ニコルもまた苦笑を浮かべながら頷いて見せた。 二人だけになった瞬間、キラはくったりとベッドに横たわった。 「大丈夫? 疲れたなら、少し寝ていた方がいいわ」 そうでないと、体に悪いわ……とフレイは口にする。同時に、彼女のそばに腰を下ろすと、そっとその髪をなでてやった。 あのころよりも長くなったそれは、さらさらと心地よい感触を与えてくれる。 「……うん……」 そんなフレイの言葉に、キラは小さく頷いてみせるものの素直に従おうとはしない。それは、精神が緊張しているからなのか。それとも別の理由からなのかは、フレイにもわからない。 「あんたは、おなかの中の子供を優先しないとダメでしょう?」 それでも、少しでも休んで欲しい。 そう考えて、厳しい言葉を投げつけた。 「……それもわかっているんだけど……」 だが、何かあったときに起きていないと困るのではないか……とキラは呟くように口にする。 「大丈夫よ。少なくとも、この艦が出航するまでは何もないわ」 ミネルバがいるのが《モルゲンレーテ》である以上、なおさらだ……とフレイは微笑む。 「モルゲンレーテの人たちは、みんなキラの味方だもの。だから、大丈夫」 何もないわ……とフレイはキラの上に言葉を降り積もらせる。同時に、髪をなで続けた。 自分の指がキラに与える刺激が、少しでも彼女に安らぎを与えられればいい。 フレイはそう思う。 「大丈夫よ、大丈夫」 この艦の中までは、誰も手出しができないから……とフレイはさらに言葉を重ねた。 「……うん……」 それが功を奏してくれたのだろうか。キラの声に眠気が滲み始める。 「ゆっくりと休んで……それから、考えればいいわ」 そのための時間はあるのだから……と付け加えれば、キラは小さく頷いて見せた。 「フレイは?」 「ここにいるわよ。あんたを一人にできないし……それに、ここならゆっくりと休めるわ」 誰も邪魔しに来ないはずだから、と言いながら笑みを深める。 「あたしは、大丈夫。あんたと違って無理はしないもの」 ね、と言えばキラはふわりと微笑む。 「フレイがいてくれて……本当によかった」 だから、僕のために無理はしないでね……と呟く。 「当たり前でしょう」 それは自分のセリフだ、とフレイは思う。 あの時、キラがいてくれたからこそ、今の自分がいるのだ。そうでなければ、きっと、世界を恨んだまま呆然と過ごしていたに決まっている。フレイはそう考えていた。 「あたしは、あんたを無事に安全なところまで連れて行かないといけないの。それを考えれば、無理なんてできないわ」 だから、難しいことは考えなくていいの……と言い切る。 「……バカだよ、フレイは」 キラはこう言って、綺麗な微笑みを向けてくれた。 |