シンは、おぼれた少女を何とか崖下の洞窟まで引き上げた。 お互い、全身がずぶぬれだ。 それだけならばまだいい。 よほどショックが大きかったのか。彼女はしっかりとシンにすがりついている。 だが、彼女の様子ではこのまま崖を上らせることは難しいだろう。では、どうするか。 いくら考えても、答えは一つしかないだろう。 崖をあがれないなら、海からあがれる場所へ移動するしかない。 だが、ここで新たな問題がわき上がってくる。 あの様子では、どうやら少女は泳げないらしい。しかも先ほどおぼれたという記憶があるから、きっと海の中に戻っただけでパニックを起こすに決まっている。 「本当、どうしようかな」 そう言いながら、少女のことを見つめたときだ。彼女が小さく震えているのがわかる。 「火!」 どうやら海水につかっていた、というだけではなくショックで体温が下がっているらしい。少しでも早く暖めてやらなければ体調を崩す。 幸い、周囲には枯れ枝もある。 「いいこだから、離れてくれる? 抱きついていたいなら、後ろに回ってくれていいから」 そして、別段ライターがなくても火をおこすことはできた。 何で原始的な方法を学ばなくてはいけないのか。アカデミーでその課題を当てられたときにはそう思っていたが、現実にそのような場面に遭遇してみればあるがたいとしか言いようがない。 「今、火、付けるから。もう少し我慢していて」 そうすれば、彼女は震えながらも小さく頷いてくれた。 「大丈夫。俺がいるから」 手早く枯れ木を集めながら、シンは少女にこう声をかける。何も心配しないで……といいながら、シンは作業を続けた。 そんなシンに向かって、少女はうっすらと微笑んでくれる。 そして、彼女もまたそっと枝に手を伸ばした。 あの男の気配をようやく感じなくなった。 だからだろう。レイはようやく車を止めた。 「……レイ、君……」 そんなレイを心配してくれているのか、キラがそっと声をかけてくる。 「大丈夫です……」 自分でもあきれるような弱々しい声が唇からこぼれ落ちた。これでは、余計にキラに不安を与えてしまうのではないか。 それでは、何で自分が彼女たちに付いてきたのかわからない。 「ちょっと、驚いたので」 まさか、地球軍に……とレイは思う。 しかも、あのタイミングから考えて、キラを手に入れようとしているらしい。 他の誰かであれば、自分だけの裁量でバルトフェルド達に告げてもかまわない。しかし、あの男が相手では無理だ。 「……そう言えば、さっきの人、やっぱりフラガさんに似ていたわよね……」 フレイが訳がわからないというようにこう呟く。 「でも……どちらかって言うと、クルーゼ隊長に似ているのかしら……でも、クルーゼ隊長の方が百倍もまともだと思うけど」 どうやら、フレイも彼が身に纏っていた空気には気づいていたらしい。 考えてみれば、自分なんかよりも彼女の方が戦場にいた時間は長いのだ。そして、ずっとキラを守ってきた。だから、それも当たり前かもしれない、と思う。 「フラガさんのご親戚が、まだあちらにいるって、聞いたことがあるから……」 ひょっとしたら、彼なのかもしれない、とキラは口にする。だが、その声の響きから、彼女がそれを完全に信じているわけではないのだ、と言うこともレイにはわかった。それはフレイも同様だろう。 「なら、僕が憎まれる理由もわかるけどね」 くすりと、キラは自嘲の笑みを口元に刻む。 「フラガさん達が地球軍を脱走する原因になったのは、僕だものね……」 あの時、自分たちが出会わなければ、彼はきっと最後まで《エンデュミオンの鷹》でいられただろう。 しかし、その英雄が地球軍を離脱した。 残された者達はどのような立場におかれたのか、と考えれば、とキラは付け加える。 その彼女の言葉を否定しなければ、とレイは思う。 だが、何と言えばいいのか、わからない。 「何言ってんのよ、あんたは!」 もっとも、それを心配する必要はなかった。 「あんたがいてくれたからこそ、みんな、助かったの! だからこそ、みんなはあんたを守ることを自分で決めたの!」 わかる? と言われて、キラは困ったように微笑む。それでも小さく頷いて見せたのは、きっと言われ慣れているからだろう。 「だったら、余計なことを考えるのはやめなさい。今のあんたは、まず、お腹の中の子のことを考えるのが最優先でしょう?」 後のことは、レイに任せておけばいいのだ、と彼女はさらに言い切る。 「そうです。あの男に関しては、俺に任せておいてください」 そのために自分がいるのだ、と付け加えれば、キラはもう一度頷いて見せた。そして、そっと手を自分のお腹へと当てている。 だが、すぐに彼女は視線を移動させた。 「キラ?」 「どうかなさいましたか?」 あの男が追いついてきたのだろうか。レイはそう思いながら、こう問いかける。 「何で、たき火のにおいがするんだろう……ここ、禁止区域だよね?」 誰が、と言いながら周囲を見回す彼女につられてレイ達もまた視線を彷徨わせた。 「あそこ! 崖の下からよ!」 真っ先に答えを見つけたのはフレイである。彼女が指さした方向からは、確かに細い煙がたなびいていた。 「誰か落ちたのかな?」 キラの言葉に、レイは立ち上がる。 「レイ君?」 「確認してきます」 そのままレイは崖の方へと駆け出していた。 服も乾いたし、本格的に何とかしなければいけないな。シンがそう考えていたときだ。 「何をやっているんだ、シン」 頭の上から、よく知っている声が振ってくる。 「何って……女の子が落ちたから、助けたんだよ!」 そのままあがれなくなっただけだ……と付け加えれば、彼は仕方がないというようにため息をつく。 「ロープを下ろしてやる。それがあれば、あがってこられるか?」 この問いかけに、シンは『どうしたものか』と考える。確かに、ロープがあれば少女一人を抱えていっても登れるだろう。 「こう言っているけど、大丈夫か?」 今の会話は聞こえていたはずだから、と思ってシンは少女に問いかける。そうすれば、彼女は小さく頷いて見せた。 「大丈夫だと思うぞ」 「わかった」 返事とともに、レイが一旦崖から離れたのがわかる。しばらくして、ロープが下ろされてきた。先に輪が付いているのは、きっと、彼女があがれなくなったときの用心のためだろう。 「じゃ、行こうか」 ここまで来て、シンは少女の名前を知らないことに気づく。 「うん」 だが、そんなことは彼女には関係ないらしい。満面の笑みとともに頷いてみせる。そのまま、シンの方へと歩み寄ってきた。 |