「わけ、わかんねぇ!」
 知りたいと思っていたキラの秘密はわかった。だが、それが新たな疑問を生むとは思っても見なかった、というのがシンの本音だ。
 キラ個人を失うわけにはいかない。
 それはあの説明からもわかった。
 だが、どうして誰もがあれほどまでにあの細い肩に全てを預けようとしているのか。それがわからない、と思う。
「ったく……」
 それを当然と思っている連中も、どこかおかしいのではないか。
 相手がプラントの最高責任者と同僚達だとはいえ、シンはこうぼやきたくなる。その思いのまま、バイクのスロットルを開けた。
 ひょっとしたら、この心地よい風がそんな気持ちを吹き払ってくれるかもしれない。そう思ったのだ。
 もっとも、実際にはそんなことはない。
 それどころか、さらに疑念は大きくなっていく。
 地球軍が《キラ》の存在をどこから知ったのであろうか。
 JOSH−A以降だとするのであれば、時系列につじつまが合わない。そう思えてならないのだ。
 つまり、地球軍――ブルーコスモスは事前に彼女のことを知っていた。
 それが可能だったのはいつのことだろう。
「ヘリオポリス時代?」
 オーブの上層部の誰かがブルーコスモスと結託をしている、というのであれば十分考えられる。
 しかし、そのころのキラはただの民間人だったはず。
 キラがどれだけの才能を持っていたかはわからないが、ただの民間人に注目し続けられるほど、連中に暇があったとは思えない。
「……違うよな」
 それなら、どうしてアークエンジェルはザフトに投降したのだろうか。
 いや、あの状況では投降したとしてもおかしくはない。だが、彼等が向かったのはバナディーヤだ。その距離を考えれば、もっと別の場所で投降した方が楽だったはず。
「やっぱり、俺がまだ知らされていないことがあるんだ」
 それは何なのだろう。
 考えかけて、シンは一度やめる。その代わりに、彼はバイクを停止させた。運転中にそんなことをすれば事故を起こしかねないことぐらい、自分でもわかっていたのだ。さすがに、それでは言い訳もできない。
「それは、俺だからか?」
 スタンドで固定をしたバイクに体をも垂れかけさせながらシンはこう呟く。
 それとも、自分でなくても話せない事態なのか。
「……鍵は、やっぱり《ヘリオポリス》と《アークエンジェル》か」
 だからといって、のこのこと聞きに行くわけにはいかないだろう。そして、自力で調べようにも、アークエンジェルにハッキングを仕掛けることは不可能だった。
「あのシステムも、みんな、キラさんが作ったのかな」
 今まで自分が手にしたデーターから推測すればそうなのではないかと思える。
 それも、いつ作られたものなのか。
 連中がバルトフェルド隊に投降した後なのか、それとも、もっと前か。
「……後答えがありそうなのは、地球軍のマザーか」
 それこそ、侵入するのが難しいよな……とため息をついたときだ。
 彼の視界の隅を人影がよぎる。何気なく視線を向ければ、少女が一人、崖の方へと向かっているのが見えた。しかも、彼女は踊ることに夢中になっているのか、周囲の様子に気づいていないようだ。
「落ちなきゃいいんだけどな」
 無邪気で楽しそうな様子は見ていて楽しいんだけど……とシンが呟く。
 まさにその瞬間だ。
「あのバカ!」
 少女は足を踏み外して、真っ逆さまに下へと落ちていく。その様子に、シンはとっさに崖へと駆け出していた。

 ふっとキラは視線を彷徨わせる。
「どうかしましたか?」
 その仕草に、レイがこう問いかけて来た。
「今、悲鳴が聞こえたような気がするんだけど……」
 気のせいかな、とキラは小首をかしげる。もっとも、すぐにまた耳を澄ませた。
「……気のせいではないようですね……」
 同じように耳を澄ませていたレイにも聞こえたのだろう。彼は頷いてみせる。
「本当なの?」
 もっとも、ナチュラルであるフレイには聞こえなかったらしい。どこか不審そうな口調で問いかけてきた。
「多分、そう遠くないと思うんだけど……」
 キラはそんな彼女に答えを返す。ナチュラルでも、聴力が良ければ聞こえるのではないか、と思う。
「……あんた達二人がいうなら、本当よね」
 他の連中なら信用しないけど、とフレイは微笑む。
「場所まではわからないのよね?」
「あっちの方だと思うけど……」
 彼女の問いかけに、キラはある方向を指さした。
「そうですね。俺もあちらだと思います」
 それに、レイも頷いてみせる。
「なら、行きましょう。もし、治療が必要ならあたしがいた方がいいじゃない」
 資格なら持っているし……とフレイは口にした。
「そうだね」
 フレイの言葉にキラも頷く。
「では、車を回してきます」
 レイがこう言って動き出そうとしたその瞬間だ。不意に足を止める。
「レイ君?」
 どうしたの、と問いかけながら、キラもまた彼が見ている方向へ視線を向けた。次の瞬間、息をのむ。
「あの人……」
 フレイも同じ人間を見つけたのだろう。信じられないというような呟きを漏らす。
「フラガさん?」
 いや、違う……と彼女はすぐに言い直した。
 確かに、フラガに――いや、よく見ればクルーゼに――よく似ているが、その身に纏う雰囲気はまるっきり別のものだ。
 だが、他人のそら似とも言えないくらいよく似ている。
 そんな人物がゆっくりとキラ達の方へ歩み寄ろうという仕草を見せた。
「失礼します」
 何かを感じ取ったのか。レイが言葉とともにキラを抱きかかえる。
「どうしたの?」
 そのまま駆け出した彼に、キラは思わずこう問いかけてしまう。フレイも何が何だかわからない、という表情でレイの後を追いかけてくるのが見える。
「あの男は……多分、危険です」
 二人の疑問に答えるかのようにレイはこう口にした。
「うまく説明できませんが……」
 それでも、あの男をキラの側に近づけてはいけない。
 レイはこう言い切る。
 彼の真剣なその態度に、キラもフレイも、それ以上何も言うことができなかった。