「俺たちが、地球軍……と言うよりはブルーコスモスでどのような存在であったかは、ご存じだ、とは思いますが」
 かすかな自嘲とともに彼は言葉を口にし始めた。
「あそこにいた《実験体》は俺たちだけではありません」
 淡々とした口調に、彼の強い自制心を感じる。
「俺たちは一番手軽に使い捨てにできる道具、と言うことで前の戦いに投入されましたが、逆に言えば、それだけ不安定だったと言うことですがね」
 そのことについては、デュランダル達もよく知っているだろう。その言葉に名指しされた本人は頷いてみせる。
「俺たちの欠陥は早々にわかっていたので、他の連中には別の強化方法がとられたか、と」
 まぁ、それに関してはどうでもいいのだが……とオルガは笑う。
 そんな彼の気持ちは、レイには少しだけわかった。
 自暴自棄になる段階すら通り過ぎてしまえば、本当に、笑うしかないのだ。自分たちの状況を。
 それでも、彼等には《キラ》がいたし、自分にはラウとギルがいてくれた。だから、それですますことができたのだ。
 でなければ、自分もあるいはブルーコスモスへと身を投じていたかもしれない。
「問題なのは、その中の一人……と思える人間を俺がこの地で見かけたことです」
 だが、そんな考えもオルガのこのセリフできれいさっぱりと吹っ飛んだ。
「おい!」
「……本当なのか?」
 シンもさすがに反目ばかりしていられなかったらしい。視線を彼へと向けた。
「一瞬だけだったからな。人違い、という可能性もある」
 三年近く、会っていなかったしな……と彼は付け加える。その間、自分たちは幸せだったが、連中はわからない。だから、顔が変わっている可能性もあるのだ、と言う。
「ただ、ここには連中が欲しがるものが今、集まっているからな」
 デュランダルとラクスを暗殺できれば、プラント国内は大混乱に陥るだろう。
 そして、何よりも《キラ》だ、と彼は口にする。
 キラの身柄を手に入れることができれば、現状を簡単にひっくり返せるはずだ。そう考えているはずだ、と言う言葉に、レイの眉間にくっきりとしわが刻まれる。
「何で、キラさんが!」
「あの人にとって見れば、コーディネイターだろうとナチュラルだろうと、俺らみたいなエクステンデットだろうと、関係ない。大切だと思う相手のためなら、努力を惜しまない人だから、な」
 だからこそ、自分たちは前の大戦時に製造された機体で、最新鋭の機体に勝るとも劣らない戦闘ができるのだ。
 それは全てキラが整えてくれたOSがあの機体の性能を絶妙なバランスで引き出してくれている。
 どれだけすばらしい性能を持った機体でもOSのバランスが取れていなければ旧型機に劣るのだ。それだからこそ、未だに自分が使い慣れた機体で戦闘に臨むものも多い。
 逆に言えば、身体能力が劣る《ナチュラル》ですら、優れたOSさえあれば《コーディネイター》に勝てる。
 オルガの言葉に、レイだけではなくデュランダルも小さく頷いて見せた。
「確かに」
 フラガは今でも、トップクラスのパイロットだ。それには、キラが整えたOSが大きく寄与していることは疑いようがない。
「それに……連中はキラさんの子供も欲しがるはずだ」
「それって……」
 信じられない、とシンは呟く。
「キラさんとイザーク・ジュールの子供だ。優秀でないはずがないだろう」
 だが、オルガは冷静な口調でこういった。
「そして、連中には倫理観なんてないからな」
 この心着く前の子供をキラから引き離して自分たちの都合の良いように教育をするぐらい、絶対やる。
 いや、それどころか子供をクローニングするぐらいするだろう、とオルガは吐き捨てた。
「テロメアの問題も、それで解消されるしな。あぁ、使い捨てるという意味なら、キラのクローンも十分に考えられるか」
 そして、子供を盾にキラに協力を強要する。
 十分にあり得る図式だ。レイもそう考えてしまう。
「……そこまでする価値が、あの人にあるって言うのか?」
 だが、シンだけはまだ納得できないらしい。こう呟いている。
「彼女を奪われれば、私の命を奪われるよりもプラントにとっては大損失かもしれないね」
 さらりと、デュランダルがとんでもないセリフを口にしてくれた。
「ギル!」
 そんなことを、とレイは慌てたように言い返す。そんなレイを指先の動きだけで征してデュランダルは言葉を続けた。
「私の代わりを務められるものはまだいるが、彼女の脳内に収められている膨大なデーターはザフトだけではなくプラントそのものの生命線でもあるからね」
 重要なシステムの開発には、かならずキラが呼ばれている。
 つまり、それはプラントのシステムのどこが弱いかも熟知している、と言うことなのだ。
 その知識をブルーコスモスに奪われるわけにはいかない。
「……問題なのは、その相手の顔を、君達しか知らない、と言うことだね」
 自分たちの身柄は護衛の者達が守るだろう。何よりも、すぐにこの地を離れるのだ。だから、大丈夫だろうが……とデュランダルはため息をつく。
「キラさんは、今、大気圏を抜けることができませんからね」
 そんなことをすれば、彼女の体がどうなるかわからない。それはレイにもわかっている。
「いっそ、アークエンジェルなりミネルバに押し込めとけよ」
 シンが吐き捨てるようにこう告げた。
「そっちの方が、確実に守れるだろうが」
 それはそうかもしれないが。だが、キラを艦から離したのにはきちんとした理由があるのだ。
「それで、彼女にストレスを与えるのかね? 何よりも、艦内では十分な運動ができまい」
 安定期に入った以上、キラには適度な運動が必要なのだ。そして、彼女本来の症状もあわせてストレスを与えることは厳禁だ、とも。
「そんなんで、どうやって守れ、と言うんですか!」
 不可能に近いだろう、とシンが叫ぶ。
「お前に守れ、なんて、誰も言ってないだろうが!」
 それに負けじと、オルガが怒鳴り返している。
「むしろ、来るな! キラを不安にさせる」
 それでなくても、今までのことでシンは《要注意人物》と言うことになっているのに、とオルガは言い返す。
「……なんだよ、それ」
「自分の言動を顧みてみるんだな!」
 目の前で始まった言い合いにどうすればいいのかレイにはわからない。思わず助けを求めるようにデュランダルへと視線を向けた。
「まぁ、彼等が一緒だし、ハイネもここにおいていく予定だからね。心配はいらないと思うが……」
 それでも、保険をかけておくべきだろうね……と彼は呟く。
「レイにも、もっとががんばってもらわなければならないが」
 そのまま、彼は視線をレイへと向けてくる。
「わかっています」
 大丈夫だ、とレイは彼に微笑み返した。