何故、ここにいる者達はこれほどまでに《キラ》を守ろうとするのか。 確かに、今、彼女の体内では新しい命が育ちつつある。それがコーディネイターに取ってどれだけ思い意味を持っているものなのか、シンにだってわかっていた。 だが、それとこれとは話が違うのではないか、と思う。 しかし、どうしてもラクスに対する反論が見つからない。 「……戦いが起こったのは、自分のエゴを相手に押しつけようとしているからでしょう……」 そして、それに従うのが地球軍じゃないか、とシンは何とか口にする。 「それは違います」 ラクスは彼の言葉を真っ向から否定した。 「貴方は彼等の話をお聞きになったのでしょう? そして、アークエンジェルの皆様にもお会いになった。それでもおわかりにならないのですか?」 だから何をだ、とシンは思う。 「オーブにいた貴方には、選択肢がたくさんあった。もちろんキラにでもですわ。しかし、地球連合に生まれた方々は、コーディネイターを憎むことしか教えられなかった。それは、その方々の罪ですか? 生まれる場所は、誰も選ぶことはできないのですよ」 違いますか、とラクスは問いかけてくる。 「それは、そうですが! でも!」 「でも、何ですか?」 彼等は《コーディネイター》が《敵》だと、物心付く前から教え込まれるのだ。もっとも、先の戦いが終結したときから、それは崩れ始めている。その原因を作ったのがキラだ、とラクスは言い切った。 「そのようなキラを地球軍の方々がどう思っていらっしゃると考えますか?」 あの時、キラが止めに入らなければザフトはどれだけの被害を被っていたことか。それは、資料を読んだだけの自分でもわかる。 「……逆に、キラさんが奪われれば……ザフトの士気は下がるかもしれないな……」 さりげなくレイが口を挟んできた。 「レイ君……」 そんな彼の言葉に、キラが困ったような表情を作る。 その時だ。 ドアの方から控えめなノックの音が聞こえてくる。 「入りたまえ」 今まで成り行きを黙って見つめていたデュランダルがドアの方へ向かって声をかけた。そうすれば、フェイスマークを付けた人間が二人入室をしてくる。そのうちの一人はシンも知っている人物だ。 「あぁ、もうそんな時間かね」 彼等の訪問を受けて、デュランダルは何かを察したのだろう。こう言いながら、視線をラクスに移す。 「残念ですが、仕方がありませんわね」 小さく彼女はため息をつく。 「では、次にお会いするときまでの宿題にさせて頂きますわ」 言葉とともにラクスは立ち上がった。 「キラもご一緒に。特等席を用意して頂きましたの」 そうして、ふわりと微笑んだ。その表情は先ほどまでの厳しさとはまったく違うものだ。 「じゃ、俺たちも……」 クロトがこう言いながらキラの側に移動をしようとする。 「あなた方は議長にお話しなければならないことがおありでしょう? ですから、シホさんにご足労願ったのですわ」 彼女であれば安心できるだろう、という言葉から、ラクスもシホが昔からキラの護衛に付いていたこと知っているのだろうか。 見かけどおりの相手ではない、と言うことだけは間違いないだろう。 「いえ……そんなことがばれたら、フレイに何を言われるかわかりませんので。ご報告でしたら、俺一人でも十分かと」 だから、クロトも一緒に連れて行ってやって欲しい、とオルガが口にした。 「わかりましたわ。そう言うことでしたら、クロトさんはご一緒に。キラもそれでかまいません?」 「みんながそれでいいなら」 キラはこう言って微笑む。 「では、参りましょう。私たちがいない方が、ゆっくりとお話しできそうですわ」 ハイネ様、案内をよろしくお願いします……というラクスの言葉から、もう一人のフェイスの名前がわかった。 「わかりました。では、こちらに」 「キラさん、転ばないでくださいね」 そう言いながら、シホがそっと手を差し出している。 「大丈夫ですよ。クロトもいてくれるし」 ね、と微笑みかけるキラの顔に、クロトが嬉しそうに微笑んでいた。そう言うところから、本気で彼――彼等は彼女の存在を支えにしているのだとわかる。 「では、他の皆様はお話を終えてからおいでくださいませ。できれば、コンサートが終わる前に」 失礼をいたします、とラクスは優雅な礼をしてその場を後にした。 キラ達もまた、その後を追いかける。 ドアが閉まった瞬間、寂寥感が室内に広がったのはどうしてなのだろうか。 シンがそんなことを考えていたときだ。 「シン・アスカ」 不意にデュランダルの声が投げつけられる。 「何でしょうか」 相手が相手であるから、シンもなけなしの礼儀をかき集めた。 「キラさんに関しては、これ以上詮索をするな。でなければ……私としては命令という形で指示しなければいけない」 だが、デュランダルの言葉はシンが予想もしていないものだった。 「どうしてですか!」 「……理由は、彼女が元はヘリオポリス難民だったこと。そして……ザフトのものの不手際のせいで、その性別を無理矢理変えられたから、だ」 君が知りたかったのは、後者のようだが……とデュランダルは続ける。 「ギル!」 「わかっているよ、レイ。だが、彼はうかつに口外はしない。違うかね?」 その程度の守秘義務を守れなくて、ザフトの《紅》を身に纏うことなど許されないだろう、とデュランダルは言い返していた。それは、自分に対する牽制なのかもしれない。 「それに、無理矢理調べようとするより、事実を告げた方がいいこともある」 ただ、と彼は続けた。 「現在、そのような症状に襲われ、生き残っているものは彼女を含めて数名しかいない。その中で、次世代を生み出せるまでに回復したのは彼女だけなのだよ」 もっとも、無事に出産まで行き着けるかどうかは、これからの環境次第だが……と彼は眉を寄せる。 「だからこそ、余計に我々は彼女の身柄の安全を確保しなければいけないのだよ」 キラを治療したことで、新たなデーターが蓄積できているのだ、と言われて、シンはかすかに眉を寄せた。それでは、彼女は言葉は悪いが『実験材料』ではないかと思えたのだ。 しかし、キラはその状況を受け入れているのか。 「……わかりました……」 同時に、どれだけの衝撃だったのだろうか、とも思う。自分であればそんな状況は認められないだろうし、とシンは考える。 「キラさんに関しては、これ以上詮索しないことにしておきます」 だからといって、地球軍に対する憎しみが消えたわけではない。それを失うことは、自分自身の存在意義を失うことかもしれないのだ。 「……いずれ、君が新しい道を見つけ出してくれることを、私は祈るよ」 そんな彼にデュランダルは小さくため息をつく。 「では、君の報告を聞こうか」 そのまま彼は、オルガへと視線を向けた。 |