バルトフェルド隊の軍服を身に纏った二人を見て、キラがほっとしたような表情を作る。 「あらあら……キラは私たちより彼等の方がよろしいんですの?」 そんな彼女をからかうようにラクスは口を開く。 「ラクス、そういうわけじゃ……」 慌てたようにキラが視線を向けてくる。 「怒っているわけじゃありませんのよ」 こう言って笑ってみせれば、からかわれたのだとわかったらしい。キラはぷっと頬をふくらませた。そんな表情をすると、もうじき一児の母になるとは思えない愛らしさを持っている。 「ラクスさま」 だが、あまり度が過ぎてはキラのためにはならない。そう判断したらしいデュランダルが口を挟んできた。 「わかっていますわ。キラで遊ぶのはここまでにしておきましょう」 苦笑とともにこう告げれば、キラの頬がさらにふくれる。 「いい加減にしないと、破裂するぞ、キラ」 そうすれば、クロトがこう言いながらキラの頬をつつく。そんなことをすれば、ますますキラの頬がふくれるとわかっているだろうに、だ。 「クロト」 「だって、可愛いじゃん」 この言葉に苦笑を浮かべるところから判断して、オルガもまた同じように考えているらしい。それでも、彼には口に出さないだけの常識があるようだ。 「君達も、そこまでにしておきたまえ」 ため息とともにデュランダルが口を開く。 「それよりも、異常はないかね? もう一人も含めて」 異常が出ているなら、薬を変えなければいけないだろう、とさりげなく彼は話題を変えた。 「今のところは特に。俺もこいつらも、普通に暮らせていますから」 「MSにも乗れるしな、普通に」 何でもないというような口調でこう言うが、そこまでの道のりが彼等にとってどれだけ辛いものだったかを、間接的ながらながらラクスも知っていた。状況が許す限り彼等を見舞いに行っていたキラであればなおさらだろう。 「……二人とも……」 「何よりも、今はキラがここにいるしな」 だから、気分は凄くいいんだ……というクロトに、自分は何と言えばいいのだろうか。ふっとそんなことも考えてしまう。 「それよりも、御用事とお聞きしましたが?」 精神的にはオルガの方が上なのか。丁寧な口調でこう問いかけている。 「あぁ。単純に、君達の今の体調を聞きたかっただけだよ。彼女のことはもちろん、君達に関しても、私が責任者のようなものだったからね」 治療の……と彼は穏やかに微笑んだ。 もちろん、実質的なものではないはずだ。既にあのころから彼は評議会のメンバーだったのだし、専門が遺伝子とはいえなかなか自分で検査をする時間は取れなかったはずだ。 それでも、タッドの下で症状のチェックや助言をしていたのだろう。 ラクスがそう考えたときだ。 「……議長のご専門は、遺伝子学でしたよね……」 不意にシンがこう問いかけてくる。 「そっちの二人についてはさっき、ちょっと事情を耳にしましたけど……キラさんはどうして議長が診察をすることになったんですか?」 キラも地球軍の実験材料にされていたわけではないだろう、と彼は口にした。 その表情を見た瞬間、レイがどうして彼を『要注意だ』と言ったのか、ラクスにもわかってしまう。 「それを聞いて、どうする気かね?」 自分の何気ない一言がシンに疑念を抱かせたのだ、とわかったのか。デュランダルが逆にこう聞き返している。 「どうって……」 自分でもまだの何を欲しているのかわかっていないのだろう。それでも、心の奥に隠された欲求のままに真実を掴もうとしている。ラクスにはシンの姿がそう感じられた。 別段、それは悪いことではないと思う。 ただ、その有り様は問題だろう、とラクスは心の中で付け加える。 キラは既に、自分の全てをゆだねる相手としてイザークを選んだ。それは誰がどうしようとも変えようがない事実だ。 それでも、キラを望むものは多い。 オルガ達のように、キラの存在に自分たちが生きていく支えを求めるなら、それはそれでかまわない。彼女には彼等を支えていくだけの強さがある。 バルトフェルドやエザリア、クルーゼ、そしてキラの両親のように肉親として彼女に愛を注ぐ存在は、そんなキラを影ながら支えているものだ。 自分やアークエンジェルの者達、そしてレイやディアッカ達は彼女にとっては友人といえる地位を得ている。それが彼女の微笑みにつながっていることもラクスは自覚していた。 しかし、そんな風にキラに愛情を持つ人間の中で、一人だけ彼女に近づけてはいけない人物がいる。 キラを愛している、という点では他のものに勝るとも劣らないだろう。 だが、とラクスは心の中で続ける。 問題なのは、その愛情の示し方だ。 イザークは《キラ》という人物をあるがままに受け入れ、そして、その背負っているものを全て理解した上で彼女の成長を手助けしている。いや、それだけではない。イザークはキラの成長を手助けしながら、自分自身も成長しているのだ。そんな関係ならば、誰も何も言わない。むしろ祝福をするに決まっている。 だが、アスランが見つめている《キラ》は、既に時間の向こうに駆け抜けていってしまった過去の姿だ。 アスランだけを無邪気に認め、受け入れる存在。 そんな型に無理矢理相手を押し込めようとする、そんな身勝手さを許せるわけがない。 名目上は自分の《夫》である男のキラに対する感情を、ラクスはこう切って捨てる。 「貴方は、キラの秘密を知って、どうなさりたいのですか?」 それよりも、今問題なのは目の前の少年の方だ。 ラクスはそう判断をしてこう問いかける。 「……ラクス?」 どうかしたのか、とキラが不安そうに声をかけてきた。そんな彼女を安心させるようにラクスは微笑んでみせる。しかし、すぐに厳しい表情を作ってシンを見つめた。 「人には、誰にでも知られたくないことの一つや二つあるものではありませんか? それを無理矢理聞き出そうとするのは傲慢と言うものでしかありません」 違いますか? と問いかけながら、ラクスは冷静に相手を観察し始める。 いったい、彼はキラと知り合ってどうなるのだろうか。 「そうは言うけどなぁ……そいつ、地球軍にいたことがあるんじゃないのかよ!」 そいつらと同じように、とシンは言い返してくる。 「だから、何なのですか?」 キラが今ここにいること。それ自体が奇跡なのだ。 そして、その奇跡があったからこそ、前の戦争は取りあえずの終結を向かえることができた。 重要なのは、その事実だけだ、とラクスは思う。 「そのような考えを持つものがいるからこそ、また戦いが起こった。そうは思わないのですか?」 この問いかけに、シンは唇をかんだ。 |