目の前の相手の瞳の中に、自分たちに対する敵意が感じられる。
 それにしては別段どうでもいい。そんな瞳ならいくらでも向けられた。そして、そうされるだけの理由も自分たちは持っていたのだ。
 ここにいるのだって、キラ達がいるから……という理由である。彼女たちが自分たちを受け入れてくれるから、自分たちはここにいるのだ。だから、その存在だけがいてくれればいいと考える。
 だが、と思う。
 その憎悪をキラやフレイ、それにアリアに向けるのであれば話は変わってくる。
 彼女たちは無条件で守らなければいけない存在なのだ。
 フレイはともかく、キラもアリアも今は自分で自分を守ることすらできない存在なのだし、と。
 だから、今は《味方》である存在でも容赦はしない。クロトはそう思っている。
「お前の言うとおり、俺たちは元地球軍だからな……って、そういや、正確には地球軍の軍人でもなかったんだっけ、俺ら」
 MSのパーツ扱いだったよな、とオルガに確認を取った。
「書類上は消耗品扱いだったそうだぞ」
 後から教えてもらったが……と彼も苦笑を浮かべる。
「なんだよ、それ」
 信じられない、と言うように目の前の相手が呟く。
「お前には考えも付かないようなことがあったのさ。まぁ、あいつらにしてみれば、部下もみんなただの手駒だってことだろう」
 自分たちの存在以外は……とオルガが冷静に口にした。
「だから、俺たちにしてみればどこでも良かったんだよ――というと語弊があるかもしれないけどさ――俺たちを《人間》として見てくれれば、な」
 まぁ、プラントにはプラントなりの理由があったことはわかっているがな、と彼はさらに言葉を重ねる。こういった状況判断は彼にはかなわないかもしれないな、とクロトはぼんやりと思う。もっとも、そう言うことを考えられるようになったのも、バルトフェルドの所に引き取られてからだが。
「バルトフェルド隊長の所にいれば、おしおきと称して薬を取り上げられることも、無茶な命令をされることもないしな」
「何よりも、キラと連絡が取れるし、フレイもアリアもいるからな」
 まぁ、フレイは多少鬱陶しいこともあるが……と二人は頷きあう。それでも彼女は自分たちをさりげなく気遣ってくれているのだ。口の悪さは、キラが知る限り昔かららしい。何より、自分たちのそれよりもきれいだからかまわないか、とも思う。
「あの人達がわかってくれて、まぁ、俺たちの存在を妥協してくれる連中がいる。それだけで十分と言えば十分だな」
 最初から《人間》として見られている奴にはわからないだろうが、と付け加える。
「……何なんだよ、それは……」
 ますます訳がわからない、と相手は呟く。
 人間というのは、自分のキャパシティーを超えた事態には思考が働かなくなるものなのだ、と聞いていたが、目の前の相手を見ればやはりそうなのかと思ってしまう。
「わからないなら、放っておけ」
「……ついでに、恨みがあるなら、俺たちだけに向けるんだな」
 キラやフレイはもちろん、アークエンジェルの乗組員にも向けるんじゃない、とクロトは口にする。一番最後まで、ザフトと戦っていたのは自分たちだし、とも。
 第一、そんな感情を向けられるのは慣れている。
 もっとも、それは口にしないが。キラの耳に入れば、自分たちが彼女を悲しませることになることもわかっているのだ。
 ひょっとしたら、こいつに憎まれる、という事実もキラを悲しませるのかな、と心の中で呟いたときだ。
「二人とも。議長の許可が出た。中に入っていいぞ」
 レイ、という名の奴がこう声をかけてくる。
「……シン? どうかしたのか?」
 ふっと目の前の人間の存在に気づいたのだろう。レイはかすかに眉を寄せながらこう口にした。
「どうかって……俺も呼ばれたんだけど、議長に」
 この言葉に、レイは眉間のしわを深める。どうやら、彼にもシンが来ることは聞かされていなかったらしい。
「……あの人は何を考えているんだか……」
 よりにもよって、こんな時に……と彼は呟く。
「何が言いたいんだよ!」
 その態度が気に入らなかったのか。シンはこう怒鳴る。
「自分がしてきたことを考えれば、すぐに理由はわかると思うが?」
 違うのか、とレイは彼に言い返す。
「まぁ、いい。議長のご判断だ。責任もちゃんと取ってくださるおつもりなのだろう」
 入れ、と彼はどこか投げやりな口調でシンに告げた。
「君達もだ。飲み物は、コーヒーでいいのか?」
 今度はクロト達に視線を向けると、口調すら変えてこう問いかけてくる。
「キラさんは、コーヒーがダメなようだが」
「そりゃ、仕方がないよな」
 あんな事情があれば、と即座にクロトは口にしてしまう。だが、次の言葉を口にする前にオルガに口を押さえられた。
「俺たちも紅茶でいい。隊長のおかげでコーヒーはにおいを嗅ぐのもしばらく遠慮したい気持ちなんだ」
 そして、彼はさっさとこう口にする。
 そんな彼に『何をするんだ』とクロトは視線だけで文句を言った。
「あのことは、不用意に広めることじゃないだろうが」
 それもキラがおっさんにねらわれることになった原因だろう、とオルガは耳元で囁いてくる。レイはともかく、シンはその事実を知っているのかどうかも怪しいのだぞ、と言われれば、確かに自分がうかつだったとクロトにもわかった。だから、視線だけで謝罪を伝える。
「……お前ら……何か隠してないか?」
 シンがこう言いながら、二人に詰め寄ってきた。どうやら、自分の失言から何か引っかかるものを覚えたらしい、とクロトは気づく。同時に、どうやってごまかそうか、と慌てて考え始める。
「隠しているというか……話せないことはあるぞ。困ったことに、そういう風にされているからな、俺たちは」
 マインドコントロールでな、とさりげなく付け加えるオルガにクロトは内心で拍手を送っていた。
「と言うわけで、文句があるなら、ブルーコスモスか俺らをこういう風にした科学者に言ってくれ」
 どうやら、まだどこかに潜伏しているらしいしな……と付け加えられた言葉に、シンだけではなくレイも表情を引き締める。
「それに関しては、根拠を聞いておいた方が良さそうだな。もっとも……キラさんがいない場所で、だろうが」
 でなければ、余計な不安を彼女に感じさせてしまうことになる。その意見にはクロト達も同意だ。
「……あんな奴、関係ないだろう……」
 必要な情報であればどんなときにでも知らせてもらわなければならないのではないか、とシンは主張をしてくる。それも、ある意味正しいだろう。
「関係ありそうだから、言っているんだよ」
 もし、うかつに事実を知らせたせいで、キラと彼女のお腹の中の子供に万が一のことがあれば、どう責任を取れるんだ……とクロトは言い返す。
 この言葉に、さすがのシンも反論ができないらしい。悔しそうに唇をかんでいる。
「悪いが……俺たちが最優先する対象はキラだからな」
 ザフトでも何でもない。
 そうするように言われているし……というと、クロトは視線をレイに向けた。そうすれば、彼も頷いてみせる。
「さて、行くか」
 みんな、待っているだろうからな……と言うとレイはきびすを返す。その後にクロト達は室内へと踏み込んでいった。