ラクスのコンサートの前に顔を見たい。デュランダルからそう連絡があったのは、彼等が戻ってきてすぐのことだった。
「……ごめんね」
 休む暇もなくて……とキラはすまなそうに口を開く。本当なら、お茶をするくらいの時間はあったのだから、と。
「命令だろ。仕方がないって」
 お偉いさんとはそういうものだろうし、とクロトが言い返してきた。
「気まぐれだからな、あっちは」
 命令すれば周囲は従わなければいけないから、余計に……とオルガも頷いてみせる。彼等がそういうのは、きっとあの男のせいなのだろうが……とキラだけではなくナタルも思う。だからといって、偉い人間が全部あれと同じだと思われては困る、とも考えるのだ。
「あちらも、ようやく時間が空いたと言うことだろう」
 キラを護衛していった先で不機嫌な空気を振りまかれては困る。そう判断したのだろう。ナタルがため息混じりにこう告げた。
「議長はお忙しい方だから」
 キラも苦笑とともに言葉を口にする。
「何なら、留守番をしているか?」
 護衛なら、シャニでも十分だろう……とナタルが最後通牒を突きつけた。
「俺! 俺が行く!!」
「……シャニでは、向こうで居眠りをしかねないからな」
 即座に彼等は持論を引っ込める。
「本当に、貴様らは……」
 あきれたようにナタルがため息をつく。だが、すぐに意識を切り替えたようだ。
「では、キラの護衛はお前達二人に任せる。向こうでバルトフェルド隊長と合流できるはずだ。後はあちらの指示に従え」
 いいな? と問いかけられ、二人は首を縦に振る。
「シャニはアリアの護衛だ。どのみち、動けまい」
 既に彼女のベッドとなっているシャニに反論の余地はない。
「いつも言っているが、我々が周囲からあれこれ言われるのは仕方がないことだ。無条件で受け入れてくれたバナディーヤの人々の方が特別だ、と言うことを忘れるな」
 自分たちは、かつて《地球軍》に所属していたのだから……という言葉に、キラは思わずうつむいてしまう。
「……おばさん、キラの前」
 ナタルにしても、まだ『おばさん』扱いされる年齢ではない。だが、クロトにしてみれば、年上の人間は皆『おじさん、おばさん』であるらしいのだ。
「あ、あぁ……すまない」
 キラの表情に気づいたのだろう。ナタルが慌てたように謝罪の言葉を口にする。
「いえ……気になさらないでください」
 全ては、自分の選択だったのだし……とキラは付け加えた。だから、何を言われても大丈夫だ、と。
「そうは言うがな……君の場合、自分の内にため込みすぎるからな」
 ストレスはお腹の中の子供に悪い……とナタルが告げる。
「そうですよ、キラさん」
 不意に入り口の方から声が響いてきた。その方向へと視線を移動すれば、レイとフレイの姿が確認できた。
「こいつは信用できるから、入れちゃったけど……いけなかった?」
 だとしたら、ごめんなさい……とフレイは頭を下げる。
「申し訳ありません。キラさんをお迎えに来たのですが……」
 ついつい話を聞いてしまった……とレイもまた謝罪の言葉を口にした。
「それよりも、少なくとも、俺とギル――議長、それにあなた方を知っている人間は皆、そんなことを考えていませんし、許しません。ですから、堂々としていてください」
 この言葉に、キラはふわりと微笑みを浮かべる。それが自分たちを安心させるための言葉だったとしても、嬉しいと思う気持ちに間違いはないのだ。
 その表情のまま、キラはレイのそばに歩み寄る。
「ありがとう」
 この言葉の意味を彼はどう受け止めただろう。その答えを問いかけることなく、キラは『行こう』と彼に声をかけた。

 シンは目の前に、自分と同じ年代の少年を二人見つけた。
 彼等が元は地球軍の中核をになっていた者達なのだ、と耳打ちをしてくれたものがいる。それでも、処分されずにここにいるのは、バルトフェルドが彼等を引き取ったかららしい。
 そして、現在はザフトとして地球軍と戦っているのだとか。
「……何やっているんだか……」
 アークエンジェルの連中は……と思う。
 彼等には彼等なりの理由があるのだろうか……とはわかっている。それでも、自分にしてみれば許せないのだ。
「キラって……あんな偉い人とも知り合いなんだな」
 そんな彼の耳に二人の会話が届く。
「当たり前だろう。キラの旦那は、あれだし……」
「あれか……あいつがいなかったら、キラは、俺たちを選んでくれたのかな」
「無理だろう。あれもいることだし」
 そもそも、キラが彼と出会わなければ自分たちと出会う前に死んでいたかもしれないんだぞ、とくすんだ金髪の方が付け加えている。
「そっか……おっさんがキラのことを知ったときには、もうそんな状況だったんだよな」
 その内容から、連中は事前に彼女のことを知っていたのではないか、とシンは推測をする。だが、それはどうしてなのか、とそう思う。
「……キラさんが、死んでいたかもしれない?」
 それ以上に気になったのはこちらのセリフの方だった。
「誰だ!」
 その声が届いたのだろう。赤毛の方がこう言って視線を向けてくる。もう一人も何があってもすぐに行動できるよう、さりげなく体制を整えていた。
「誰だってなぁ……ここに敵がいるかよ!」
 そんな彼等の反応が気に入らなくて、シンはこう言い返す。
「もっとも、元敵はいるようだけどな」
 地球軍だった奴になんて愛想を良くする必要はない。こいつらが、自分から家族を奪ったのだから。そう思いながら、言葉を口にした。
「……それが、何か?」
 だが、相手の方も言われ慣れているのか、平然としている。
「俺たちが敵だったのは、そういう環境にいたからだ。ここにいるのは、俺たち自身の選択の結果だがな」
 選択することを許されたから、それを選んだだけだ、と金髪の方が言い返してきた。
「だから、俺たちがどんな環境におかれていたのか、知らない人間に何を言われようとかまわねぇよ」
 一人でもいい。
 わかってくれる人間がいるのなら。
 そう言いきる目の前の二人が、シンには妙にしゃくに障った。