キラ達は、ザフトの基地の側にある小さな家に移動していた。
 ザフトが宿舎としているホテルよりも、こちらの方が静かでいいだろう、とそう判断されたのだ。
「別に、かまわないのに……」
 キラは小さな声でこう呟く。その膝に、黒髪の子供――と言うよりはまだ赤ん坊と言うべきだろうか――が小さな寝息を立てている。
「好意は受けておくものだ」
 その子供の母親がこう言いながらキラへとカップを差し出してきた。
「あそこでは有事の時に落ち着いた環境を保てないからな。普通の女性でも妊娠中は落ち着いた環境が必要なのだ。君の場合は注意に注意を重ねても、しすぎることはない」
 言葉は相変わらずだが、口調は優しい。
「わかっています。でも……」
 それこそホテル内の方がいろいろと都合が良かったのではないか。室内を見渡しながらキラはそう呟く。
「……お前達! だらけている暇があるなら、フレイに付き合って買い物に行ってこい!」
 男なら、荷物持ちぐらいは当然だろう! とナタルは言い切った。
「……ウザイ」
「何で俺たちが……」
「キラの側がいい」
 ついでにアリアの……と口にしたのは、シャニ達三人組だ。
「シャニはずっとキラの側にいたからいいけど、俺たちはさっき着いたばかりだし」
 だから……とクロトが果敢にも反論を試みようとする。しかし、そんな彼もナタルの一瞥であっさりと口をつぐんでしまった。
「キラが使う小物の他にアリアのおむつとミルクも欲しかったんだが……お前達が買ってきてくれないのなら……」
 さらにナタルがこう言えば、彼等も白旗を揚げるしかない。
「行ってくりゃいいんだろう、行ってくりゃ」
 ぶつぶつと文句を口にしながら、オルガとクロトは立ち上がる。しかし、シャニはキラの足下から動こうとはしない。
「シャニ?」
「……ねてるんだけど……」
 しかも、彼の腕をアリアが枕にしている……とキラは付け加える。
「……本当、そいつって何げにおいしい役だよな」
 キラの足下にいるだけならともかく、アリアの枕じゃ起こせないじゃないか……とクロトが文句を言う。
「……ごめんね、二人とも」
 そんな彼等に向かって、キラは謝罪の言葉を口にした。
「キラが謝ることじゃねぇじゃん」
 苦笑とともにクロトがこう言ってくる。
「でも……僕がラクスのコンサートを見たいっていったから」
 買い物が増えたのでは……とキラは小首をかしげた。そのせいで、朝からフレイもぱたぱたしているのだし、とも。
「何を言っている。気分転換できるのであれば、した方がいい。これらは殺しても死なないようだしな」
 第一、買い物には行ってもらわなければいけないのだ、とナタルは苦笑を浮かべた。
「君が出かけるときの護衛をこの二人に任せればいい。シャニはアリアがお気に入りのようだからな。一緒に留守番をさせておく。それで良かろう」
 違うのか、と言われてとたんに瞳の色が変わったのは買い物を押しつけられた二人だ。
「間に合うように帰ってくるから!」
「勝手に行かないでくれよ」
 矢継ぎ早にこう言い残すと、そのままリビングを駆け出していく。
「……相変わらず、わかりやすい奴らだ」
 扱いが楽でいいがな……と言い切るナタルに『それは貴方だけでは……』と言いかけてキラはやめる。
「それにしても、前に写真を見せてもらったときよりも大きくなりましたね」
 代わりにキラは腕の中の少女に視線を向けてこういった。
「何を言っている。君のお腹の中の子も、ずいぶんと大きくなったではないか」
 そろそろ動いているのではないか? と言われて、キラは素直に頷いてみせる。
「フレイもですけど、シャニも動いているのを実感するのが好きなようで……良く触ってくるんですよ」
 お腹を……とキラは微笑みながら口にした。
「そう言えば……私の時もそうだったな」
 意外と、子供好きだし……というナタルに頷いてみせる。その次の瞬間、あることを思い出してキラは口を開く。
「マリューさんやお義父さん、アイシャさんはもちろん、フラガさんやマードックさんも触りたがるんですけどね、実は」
 みんな好きなのかな、と付け加えた瞬間、ナタルの表情が険しくなった。
「ナタルさん?」
「バルトフェルド隊長やアイシャさん、艦長にフレイは無条件でいい。シャニ達三人も犬のようだからな。それに彼等の情操教育のためには必要だ、と言うことにしていいだろう」
 しかし、と彼女はさらに言葉を重ねる。
「フラガ氏とマードックの二人に関しては許可をしなくていい。マードックは力の加減だけだから多少は大目に見るとしても、フラガ氏は絶対に下心があるに決まっている!」
 そこまで言い切るのか……とキラは思わず目を丸くしてしまった。だが、あるいは何かあったのかもしれない……とすぐに思い直す。
「本当、変わってないなぁ、みんな」
 それはそれで嬉しいけど……とキラはこっそりと呟いた。

 気が付けば、頼まれたもの以上の荷物を持たされているような気がする。もっとも、それはフレイと出かけると決まった時点からわかりきっていたような気はするが……とオルガは心の中で付け加えた。
「あ、ちょっと待って」
 その上、フレイはまだ買い物をする気らしい。
「なんだよ、いったい」
 いい加減にしてくれ……と思わずため息が出てしまう。
「果物。キラが好きなの。あの子、最近、お腹の子が動くせいであまりいっぺんに食べられないから」
 果物は誰かさん達もつまむしね……と付け加えられては口答えもできない。
「だったら、あれ買ってくれよ、あれ」
 オレンジ、とクロトは明るい口調でリクエストをしている。その割り切りの早さには頭を抱えたくなってしまう。
「オレンジね。キラも好きだから買ってもいいわね」
 後は……と言いながらフレイは店頭に並んでいるものを物色し始める。
「……これからが長いんだよな……」
 それでも、キラのためだし……と自分に言い聞かせた。同時に、周囲を警戒するように視線を流す。それは、たたき込まれた条件反射故の行動か。
 その時だ。
 視界の隅を見覚えがある顔が横切っていった。
「……クロト……」
 とっさに、オルガは仲間の名を呼ぶ。
「何だ?」
 どうかしたのか……と彼は即座に聞き返してくる。だが、その時にはもう、その姿は人混みに紛れていた。
「……俺の見間違いかもしれないが……スティングがいた……」
 同じラボで過ごした仲間。しかし、ロールアウトは自分たちの方が早かった。
 そして、自分たちが自由を取り戻したときにはもう、ラボごと彼等は行方不明になっていたはず。
「マジ?」
「百パーセントとは言えないがな」
 だが、可能性はゼロではない。
「……目的はなんだろうな」
「心当たりがありすぎる」
 キラでないことを祈るしかないのか……とオルガは呟く。
「誰が相手でも……守るだけだがな、俺たちが」
 しかし、彼とは戦いたくない。そう思ってしまうのも事実だった。