「……申し訳ありません……」
 おそらく、先ほどの騒動のことを刺しているのだろう。タリアがため息と共にこう言ってくる。
「本当に、気になさらないでください」
 キラは静かな声でこういった。
「この程度の騒ぎでしたら、慣れていますから。もっとも、怒られているのは隊長なんですけどね」
 お義父さんは、あいかわらずなの……とフレイが付け加える。
「……でも、その分、アイシャさん達ががんばっているから」
 だから大丈夫なんでしょう? とキラは問いかけた。少なくとも、地球におりるさいに連絡を取ったときに彼女はそう言っていたし、とも思う。
「そうそう。下がしっかりしているから多少羽目を外してもいいんだって」
 明るい口調で言っていいことなのか、それは。キラは思わず頭を抱えたくなった。同時に、彼は変わっていなくて安心した事も事実だ。
「そちらまではお送りできませんが、少なくともカーペンタリアにつけば、連絡は取れると思いますわ」
 その後で、キラがプラントに戻るかそれとも彼等の元に身を寄せるか決めればいい、とタリアは微笑む。
「そうね。問題は、あんたの体調よ」
 キラの体調さえ許せば、プラントの方が安全に決まっている。何よりも、エザリアが側にいればどんな無理だって通すはずだ。
 だが、妊娠しているキラが大気圏を抜ける衝撃に耐えられるかどうか。
 何事もなければ、カリダの元で出産まで終えるはずだったのだ。もちろん、その時にはプラントから専門医がやってくる手はずになっていたのだが。
「そちらに関しては、できる限りの事をさせて頂きます。私も子を持つ身ですから、相談に乗れると思いますし」
 それを知っているからこそ、ウズミ達は自分たちで保護する代わりにミネルバへとキラを預けたのだろう、とタリアは付け加える。
「なら、安心ね」
 フレイがふわりと微笑む。
「確かに勉強はしたけど、実際に妊娠したことも出産したこともないもの、あたしは」
 だから、経験している人が側にいてくれれば安心だわ、とも。
「大丈夫だよ、きっと」
 つわりも終わったし……とキラは小首をかしげる。
「そうやってすぐにあんたは油断するからダメなの!」
 わかっているとは思うが、この艦にいる間は自分の言うことを聞いてもらうからね、とフレイは言い切った。
「フレイ」
「あんたに何かあったら、あの銀色こけしが何をしでかすかわからないでしょう! いいえ、あの男だけじゃないわ。もっと恐い人が出てくるに決まっているわよ!」
 そんなことになったら、大変なことになる……とフレイが追い打ちをかけてくる。
「……うっ……」
 そして、困ったことにキラはそれに関して否定することができないのだ。
「……本当に、みんな、過保護なんだから……」
 キラはわざとらしいため息をつく。
「あんたが普通の体で、放っておいても大丈夫だったら、誰もここまで心配しないわよ!」
 とんでもない無茶をしたことが一度や二度じゃないから問題なんでしょう! とフレイは怒鳴る。それに返す言葉がないキラだった。
「まぁまぁ」
 そんな二人の間に苦笑交じりにタリアが割り込んでくる。
「そこまで言わなくても……この艦でキラさんにして頂くことはないと思いますわ」
 多分……とタリアが最後に言葉を濁したのは、いつ何が起こるかわからないのが戦場の常だからだろう。
「そうだといいんですけど」
 フレイにもそれがわかっているのか。文句を言う様子は見せない。
「ストレスは、おなかの子供に悪いって言いますし」
 それでも彼女がこう言うのは、自分を心配してくれるからだと、キラは知っていた。
「でも……必要なときは、声をかけてください」
 そのせいで、最悪の事態になっては意味がないだろう……と口にすれば、仕方がないというようにフレイはため息をつき、タリアも頷いてくれた。

「ここが談話室ですわ。とりあえず、ここまではいつでも自由に使ってくれてかまいません」
 言葉と共にタリアが室内に足を踏み入れた。その後を、二人の女性――と言っても、ほとんどルナマリアと同じ年だろうと推測できる――がついてくる。と言うことは、彼女たちがそうなのだろうか、とシンは心の中で呟いた。
「あら、丁度よかったわ」
 周囲を見回して、タリアがこう告げる。
「紹介させて頂きますね。我が艦のパイロットと整備クルーですわ。お二人と年齢も近いので、話が合うと思います」
 彼女の態度からして、ザフトの中でも重要な相手なのだろうか、とシンは思う。
「フレイ・バルトフェルドです」
 先に挨拶をしたのは、ルナマリアやメイリンとよく似た赤毛の少女の方だった。その気位が高そうな態度が、シンにはどこか気に入らない。
 しかし、他の連中は別の意味でその存在に驚きの声を上げていた。
「キラ・ジュールです」
 しかし、それはもう一人の少女が自分の名を口にした瞬間どよめきに変わる。
「キラ・ジュールって……あの、キラ様よね」
 うきうきとした口調でルナマリアがこう呟いた。
「ルナ?」
 何で他の者達がこんな風にどよめいているのか、シンにはわからない。だから、ついつい彼女にこう問いかけてしまった。
「何言っているの。あの人がザフトの天使様よ! 前の戦いの時に、たくさんの命を救ってくださった方。バルトフェルド隊長の養女で、今はイザーク・ジュール隊長の奥様よ」
 と言うことは、あのフレイという少女と義理の姉妹と言うことか。
 しかし、だからといって……とシンが思ったときだ。
「……レイ君?」
 キラがこんな呟きを漏らす。
「クルーゼ隊長と一緒に、何度かお会いしましたよね?」
 ふわりと微笑む様子は、まさしく《天使》かもしれない。シンにすらそう思わせるような優しい表情だった。
「覚えて頂けたとは、光栄です」
 そして、レイもまたこう言って微笑みを返す。
「クルーゼ隊長って……あの愉快な仮面の隊長さんよね?」
「……フレイ」
 本人は囁いたつもりなのだろう。だが、その場にいた者達の耳にはしっかりと届いてしまった。
「だって……お義父さんがそう言っているんだもの」
 昔ほど毛嫌いしていないようだけど……とフレイは言い切る。
「そう言うことは、部屋で話そう。ね?」
「あんたがそういうなら、わかったわ」
 キラの言うことには素直に聞き入れるのか。フレイは即座に引き下がった。
「変なところをお見せして申し訳ありません。イレギュラーな存在で、皆さんにご迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願いします」
 それを確認してから、キラはこう言って頭を下げる。
「お気になさらずに。貴方をお迎えできたことの方が我々には重要です」
 そして、無事に本国かそれに準ずると事にお連れすることも……とレイは付け加えた。それに誰もが頷いている。
「そう言うことですわ。特に貴方は新しい命もはぐくんでいらっしゃるんです。余計な心配はしないでくださいね」
 タリアのこの言葉に、シンはそれならば何が何でも無事に連れて行ってやろうと心の中で呟いていた。