急に艦内が騒がしくなった。 「……どうしたのかな?」 その事実に、キラが不安そうな表情でこう呟く。 「聞いてきてあげるわ。だから、あんたはおとなしく横になってなさい」 腰が辛いんでしょう、とフレイは彼女に微笑みかける。 「そう言えば、このそばには温泉があるって言うし……ついでに誰かに連れて行ってもらえないか、聞いてみてあげるわ」 そうすれば、気分転換にもなるだろう、とフレイは思う。キラはもちろん、お腹の子にとってもいいはずだ。 「……でも……」 みんなの迷惑になるのではないか、とキラは言い返してくる。 「大丈夫。逆に希望者が殺到して大変だと思うわ」 温泉だけではなく、キラも一緒となれば間違いなく……とフレイは口にした。特に、マードックとドクターは止めるのが難しいかもしれない。 それでも、バルトフェルドが何とかしてくれるだろう。 「と言うわけで、シャニを中に入れるから。一緒に昼寝でもしていれば」 あれはソファーにでも転がしておけばいいから、と付け加える。 「フレイ」 「あいつの方が、今のあんたより丈夫だもの。心配はいらないわ」 今だって、間違いなくドアの外にいるはずだし……と言う言葉はあえて口にしない。そんなことをすれば、キラが気にかけることはわかっているのだ。 だからといって、四六時中、あれを部屋の中に入れておくこともできない。そんなことがばれれば、イザークはともかくエザリアがどのような行動に出るかわからないのだ。 「……どうせ……」 むっとしたようにキラは頬をふくらませる。 「あんたの場合、お腹の赤ちゃんも関係しているんだから、仕方がないの」 むくれないの、と苦笑を浮かべると、そのまま部屋から出る。そうすれば、予想どおりシャニが目の前で眠っているのが見えた。 「起きなさい」 軽く肩を揺すりながら声をかければ、彼はすぐ目を覚ます。こう言うところは、間違いなく《軍人》なのだ、彼も。 「なんだよ」 それでも、眠りを妨げられたのが気に入らないのか――それとも、単に眠いだけか――機嫌悪そうに問いかけてくる。 「……そういう態度に出るわけ」 それに、少しだけ意地悪をしてやろうか……とフレイは思う。 「キラの護衛と言うことであたしがいない間、部屋に入れてあげようと思ったけど、やめたわ。他の誰か、探してくる」 言葉と共に歩き出そうとすれば、慌てたようにシャニはフレイの服の裾を掴んでくる。彼もキラと同じで、言葉よりも視線の方が雄弁だな、と心の中で呟いた。 「何よ」 そう言うところが、ちょっと可愛いかもね……とは思うのだが、それを態度には出さない。 「……ごめんなさい……」 そうすれば、シャニはこう言ってくる。 どうやら、さっきの態度が悪かったのだと言うことだけはわかったのか。ついでに、彼にしてみれば、これが精一杯なのだと言うこともわかっている。 「なら、ちゃんと埃を落としなさい。そうしたら入っていいわよ」 その瞬間、ぱっと表情が変わる相手に、フレイは苦笑を浮かべるしかできない。 「勝手に誰彼入れちゃダメよ」 いいわね、と言えばシャニは素直に首を縦に振ってみせる。そのまま立ち上がると、ぱたぱたと服から埃を落とす。 「入っていいわよ」 確認を求めるように自分を見つめてきた彼に、フレイは頷いてみせる。そうすれば、シャニには即座にドアに向かっていった。 「尻尾があったら、絶対振り切れるわね、あれは」 だからこそ、安心できるのだけど……とフレイは苦笑を浮かべる。 「任せておいても間違いなく大丈夫だわね」 こう呟くと、フレイは歩き出した。 「……何なんだよ、いったい……」 そのころ、シンはこっそりと調べものをしていた。 公的に入手できたキラのプロフィールには、一見おかしいところはないように思える。だが、何かが引っかかるのだ。 「そもそも、ヘリオポリスの人間が、どうやってバナディーヤにたどり着いたんだ?」 あの後、少なくとも脱出した救命ポッドはオーブ軍によって回収されていたはず。 それならば、バナディーヤに行くことはなかったのではないか。 「ひょっとして、ザフトあたりに回収されたものもあったのか」 そう思って検索したのだが、そのような記録はない。 となれば、残されている可能性は一つしかないだろう。 「そういや……保護されたって言う記録のちょっと前に、第八艦隊との戦闘があったんだっけ」 もし、その際に地球軍から射出されたのであれば、この近辺にたどり着く可能性もあったのではないか。 いや、もっと違う可能性がある。 あの後、確かアークエンジェルがあの地で目撃されていたはず。 「……まさか……」 あの艦に、あの二人が乗り込んでいたのではないか。 そう考えれば、あの後、バルトフェルド隊やイザーク達の行動で不審に思っていたことが全て解消するのだ。 最初から、彼等は知り合いだった。 だからこそ、地球軍から見捨てられたアークエンジェルはわざわざバルトフェルドの元へ行って投降したのだろう。 そして、その二つをつなぐのが《キラ》の存在だったのではないか。 「って言っても……まだ、仮説でしかないんだよな、これは」 確固とした証拠があるわけではない。だから、いくらでも言い逃れをしようとすればできるはずだ。 第一、そう簡単に自分をあの二人に近づけてくれるはずがない。 「どうすれば、いいんだろうな」 確認したからと言って、どうなるものでもない。それはわかってはいるが……何か気持ちが収まらないのだ。 「チャンスを、待つか……でなければ、もっと奥まで探すしかないな」 ばれたらまずいだろうが。そうは思うが、もう止められない。 レイがいない今は、ある意味チャンスだろう。 シンはそう思うと、再びキーボードを叩き始めた。 |